PEARL WHITE   




ソレが何か、恥ずかしながら知らなかった。

見たことがナイわけではなかったが、どうやって作られるかなど、考えもしなかったのだ。
ガラスケースの中で鎮座するソレを眺めて、店員の説明をただただ感心しながら聞いていた。

 

クリスマスを二週間後に控えた週末。
街は活気に満ちていた。

特別な人に、少しでも喜んでもらえるように、特別なプレゼントを。
誰でも思うことは同じ。そしてソレは例外なく俺自身も。

街をあてどなく、何か気になるモノはないか、とさ迷ってたどり着いたのは女性への贈物の基本とも言える装飾商。
皆、その向こうに贈る相手の笑顔が見えているのか、ドコか幸せそうに、そして真剣にキラキラ輝くガラスケースの中身に目を向けている。
それに倣って俺もガラスケースを覗き込む。

彼女の笑顔。

ソレを思い描きながら商品を眺める。商品の横に笑顔が思い浮かばない物は却下。
そうやって品定め。

 

ピタリと足が止まったと同時に店員がやってくる。
そして商品の説明をしてくれたのだ。

 

 

 

 

綺麗にラッピングされた箱。コレを開ける時、なんとも言えない気持ちになる。
幸福と緊張と。
開ける方も同じだろう。
シャンパンで少しピンクに染まった頬に、優しい笑顔を浮かべたまま、彼女は箱に結ばれたリボンを解きにかかる。
銀色の箱に鮮やかな青いサテンのリボン。ソレがしゅるり、と彼女の指によって封を解かれる。

開けられる箱。

そして彼女の笑顔。

 

 「真珠…!綺麗…」

 

彼女の笑みにつられて、自然に自分の顔にも笑みが浮かぶ。
それだけで他に必要ないほどに、充分美しいから、出来るだけシンプルなデザインのイヤリング。
彼女は指でそっと大事そうに摘み、耳にあててみせる。 

 「付けてもいい?」 

当然、と頷いて。
彼女の柔らかく優しい色の髪に、真珠は溶けるように納まって。
自分が予想してた以上の出来に、ついつい微笑んでしまう。

 

 「…真珠、て…貝から出来る、て知ってたか?」 

 「知ってたわ」

 

やはり、常識だったようだ。俺は少し照れながら、ソレを知らなかったことを白状した。
彼女は「確かに、意識しなかったら知らないことかも…考えてみたら凄い不思議だわ」と何度も頷きながら言ってくれる。 


 「不純物を体内に取り込んで、こんな美しい物を造りあげるんだ」 


彼女の耳元で乳白色に輝くソレを眺めながら、俺はその場の、彼女が作り出してくれる幸せな空気に後押しされて、何時もなら言わないことまで白状してしまう。

  

 「どんな『不要』なモノでも、輝く宝石に変えてしまうんだ」

 

まるで、魔王軍の中で荒んでいた俺を連れ出してくれたお前のように。
どんな『無価値』と思えるものでも、素晴らしいのだと教えてくれる、お前のように。  


彼女は何度かパタパタと瞬きをして、それから少し困ったような顔で笑う。 


 
「ソレは私の力じゃなくて、貴方自身の、最初から持ってたモノよ?」
 

机の上で組んでいた俺の手の上に、そっと彼女は自分の手を被せて
幼い子供にでも言い聞かすように、ゆっくりと

 

 「誰でも、どんな人だって『原石』なのよ」

 

と、まるで世界の秘密を教えるように囁いた。 

耳に擽ったい言葉に、俺は重ねられた手を握る。

  

 「だが俺がここにいるのは、お前のおかげだ」

  

彼女は、俺をどこまでも幸せにする笑顔を浮かべて

 

 「私は何もしてないけど、それでも貴方がここにいてくれることは私にとって『特別な幸せ』だわ」 

 と、何よりも嬉しい告白をしてくれる。

 

 

きっと今、この世で1番幸せだ、と思っている者は大勢いるのだろう。
何故なら今日はクリスマス。誰もが幸せを許される日だ。

 

 「俺は幸せ者だな」 

 「私もよ」

 

もう一度。
カチン、と小さな音をたてて、乾杯をして。

俺達はどちらともなく微笑みあう。

 

 

これから俺達は、それこそ色々なことを経験するだろう。
嬉しいことも、悲しいことも、辛いことも、楽しいことも。

そしてそれらは核になり、いつかはどんな思い出も光り輝く。
この真珠のように。

彼女と一緒なら、どんなことでも。
まるで宝石のように輝くだろう。


そう、きっと。

彼女の耳に輝く乳白色の奇跡は、まるで自分達のまだ作りえない未来を象徴しているようで。
俺はただ、その暖かな未来予想図を満ち足りた気持ちで眺めていた。

 


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