声を聞かせないで この男は名前を呼ばない。 名前を呼ぶのは、ダイ君とヒュンケルくらいで、後の人物は… 例えばポップ君は『魔法使い』だし、姫は『小娘』。メルルは『占い師』で、アバン様は『カール王』。 私の場合はマシな時で『賢者妹』。最悪な時で『ストーカー女』 本当に。 むかつく。 だから私は基本的にこの男のことは『腐れ魔族』と呼ぶようにしている。 腐れ魔族、性悪男、憎らしい皮肉屋。 だって本当にイヤな奴なんですもの! 下手をすると名前なんて覚えてないのかもしれない。 覚える気すらないのかもしれない。 最初から呼ぶ気がないのなら、覚えもしないだろうから。 けど、親しくなったら名前で呼ぶようになるのかもしれない。 私は知らず溜息。 別に名前を呼ばれたいわけじゃない。 私達、少なくとも半年以上一緒に旅をしてたのよ?? 「おい、賢者妹」 ああ。また。 後ろからかけられる声に。 「あんたねぇ。ここはパプ二カよ?賢者の国なの。 「呼ばれた当人が自分のことだと認識してるんならいいじゃねぇか」 憮然と言い放たれた言葉は、私のイライラを一層引き立たせて。 「名前を呼ぶのは最低限の礼儀でしょう?」 「俺が礼儀を尽くすのは主だけだ。最低限にしろ、最大限にしろ」 全く会話は平行線。 噛み合うどころか悪化の一途。 「ああ、そうですか。そうですか。 じゃあ、あんたも自分に礼儀が尽くされないことに腹は立てないでよね! あんたが周りに失礼なことをしたら、それが主に返ってくるってわかるでしょう?ソレくらい。 あんたが馬鹿だと迷惑すんのはあんたじゃなくてダイ君なのよ 全く。どれだけ死んでたか知らないけど。 死んでる間に脳が腐ったんじゃないの?だから名前ひとつ覚えられないのよ」 まくしたてる私を、男はさめざめと眺め じっと。 この男のこうゆうトコロが嫌いなの。 この猫みたいな。 何があるでもないのに、ふいにじっと一点を見るこの仕種が。 落ち着かなくさせるのよ。 そんな気分を誤魔化そうと、口を開きかけたその瞬間。 「エイミ」 男がぽつん、と私の名前を。 呼ばれた瞬間、鼓動が一回。 跳ね上がる。 「……………な…」 「覚えてる。そこまで馬鹿じゃない」 にっと笑われて。 見慣れた嫌味ないつもの笑顔のはずなのに。 いつもの、いつもの笑顔なのに。 思考が働かない。 碧の瞳に射竦められたように。 「はい。コレ、ヒュン坊からの書類」 差し出された書類を機械的に受け取って。 去って行く背中をただ眺める。 耳の奥にはさっきの『エイミ』が残ってて。 ずっと残ってて。 たった一言。 ソレだけなのに。 呼ばれ慣れた私の名前が。 貴方に呼ばれた瞬間、まるで違う音みたいに聞こえた。 その声はズルイわ。 私は手渡された書類を眺めるふりをしながら。 暫く耳に残ったその音に耳を澄ませた。 |
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