回復魔法

 

剣を使えば同じように傷を負わすことが可能だが、その切り口は千差万別。
一瞥しただけで、腕の良し悪しは見てとれる。

その太刀筋から、相手の性格まで。
それと同じように、魔法にも使い手の性格が表れるように思う。

俺自身は魔法が使えないけれど。それでも見ているとなんとなく、わかる気がする。

その最も顕著なのが回復魔法だ。
使い手によって、回復の仕方が違う。

 

確かに同じホイミ、ベホマなのだけど。
使い手によって、回復する時間も違えば、回復した感じも違う。
それは手料理のようなもので、どれが一概に良いとは言えないのだけど。

 

例えば、姫のベホマの場合。

感覚でいえば、腕を思いっきり引っ張られて起こされるような感覚。
効きは勿論素晴らしいのだけど、回復と同時に気合も注入されてるような気がする。

 

例えば、ポップのベホマの場合。

あいつらしく、かける相手によって効きが全然違う。感情にとても左右されて、気分屋。
本当に大丈夫なんだろうか?と疑いたくなるけれど、気付けば全快している。

 

例えば、エイミのべホイミの場合。

真面目で神経質な彼女の性質がよく出ていると思う。
掠り傷すら見逃さないように張詰められた感覚。頼もしいと思うが、融通が利かないあたりは戦場では不向きだろう。
きちんと回復していないと、戦場に戻らせてくれなさそうだ。
それが例え、そんなこと言っている場合じゃなかったとしても。

 

例えば、アバンの場合。

ポップをもっとキナ臭くしたような。胡乱にしたような回復魔法をかける。
確かに治ってはいるのだが、その間に受ける精神的な苦痛は肉体ダメージより遥かにでかい。
俺に構いたいのか、必要以上に時間をかけている気がする。

 

 

そして。

マアムの場合。

 

俺は今、目の前で小言を言いながら回復魔法をかけている彼女に神経を集中する。
大した怪我ではないのだが。
彼女にとっては怪我の大小は関係ないらしい。

 

「聞いてるの??」

 

おっと。

 

俺は手をあげて、服従の意を表明する。

回復してもらってる相手と喧嘩する気はない。

 

「なんでこんなに平和なのに、怪我するの?」

 

それはちょっと、ヒムとじゃれたからなのだが。
平和なことはわかってて、だからこそお互いに加減もしたのだけど。
それでも、だんだん熱くなってしまってこのザマである。

 

「まぁ…掠り傷だよ」

「骨にヒビが入ってるのは、掠り傷って言わないの!」

 

その丁度、ヒビの入った傷口を叩いて。

彼女は子供のように頬を膨らせて怒る。

 

心配してくれているのは解るのだけど。その仕種がどうにも幼くて愛らしくて。

反省は勿論しているのだけど、つい笑ってしまいそうになる。

 

「解ってるの??」

 

笑いそうになる俺の気配をよんでいるのか、彼女の機嫌は悪くなる一方。

 

「反省はしてる。心配をかけたいわけじゃない。済まないと思ってるさ」

 

出来る限り。心情を込めて言うけれど。
疑わしそうな彼女の機嫌はなかなか直りそうもない。

 

 

「もうしないって約束出来る?」

 

これには応えられない。

多分に俺は繰り返すだろうから。

戦っていないと、どうにもおかしくなりそうになるから。

 

「それは…俺が戦士な限り無理だ」

 

正直に告白して。

彼女の呆れた視線をおとなしく受け止めることにする。

 

 

「じゃあ…怪我をしてもいいけど。

 私に回復させてくれる、て約束してくれる?」

 

自分の知らないところで怪我されるのはイヤなの、と。

正直、彼女に心配をかけたくなかったので、最悪ポップにでも回復させれば良いと思っていたのだが。

 

不機嫌な顔は、今は元の心配そうな顔に戻っていた。

余りこんな顔をさせたくはないのだけれど。

俺の生き方ではきっと無理だから。

 

「解った。急を要さない限りは、お前に回復してもらうよ」

 

その妥協案は受け入れるしかない。

 

 

再び再開された回復魔法。

彼女の回復魔法は、本当に彼女そのままで。

力強く、穏やかで。どこまでも暖かく包み込んでくれるようだ。

 

徐々に引いていく痛み。

肉体的に、だけでなく精神的にも癒されていくような充足感に浸りながら。

 

 

回復魔法を受けるということは、死んではならないということ。

彼女の元に帰る、ということ。

そう、この場所の戻ってくるということ。

 

 

それはなかなかのプレッシャーと、責任を科せる事案だ。

だがそれでも。

 

きっと俺はここに戻ってくるのだろう。

 

 

 

「約束するよ」

 

 

俺の言葉に、やっと彼女が笑ってくれる。

その笑顔は、どこまでも愛しくて。

 

彼女のかけてくれる回復魔法と同じくらい。

 

 

俺の全てを癒していった。

 

 

 

俺にとっては、魔法云々じゃなくて。

彼女の存在自体が、回復魔法なんだと思う。

 

きっとそんなことを言えば、兄ちゃん辺りは「馬鹿じゃねぇの?」と一蹴するのだろうけど。

それでもそれは紛れもない事実で本音だ。

普通の回復魔法では癒せない部分までも、直してしまうのだから。

 

 

すっかり痛みが取れて全快した腕に彼女を抱いて。

鼓動と体温を感じながら。

 



俺は心の奥深くが癒されていくのを感じた。







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