見つけないで

 

久々にランチを一緒にしましょう、と言ったのは姉さんから。
そういえば、ここ暫く一緒にご飯なんてしてなかった。

二つ返事でOKして、お互いの仕事を手際よく片づけて。

 

ランチはこないだ出来た、ていう展望の良いお店にした。
職場からは結構離れてるけど。のんびり歩いて帰れば、いい食後の運動になるわ。
幸い、今は珍しく時間に余裕のある時期で。急ぎの仕事もない。
帰りにケーキでも買って帰れば、少し遅れても姫は何も言わないわ。

 

そんな感じで。二人、サボりの計画を冗談交じりに話しながら。
案内された気持ちの良いテラス席で、窮屈な城から解放されたことを思いっきり。伸びをして享受する。

午後からの仕事の為に英気を養わなくっちゃ。

 

テラスからは城下町が望めて。
待ち合わせの定番、噴水の広場もしっかり見えた。
あそこのドーナツ屋さんが美味しいのよね。おやつに買って帰ろうかしら。
姫も大好きだったから。二人でランチに行って自分を誘わなかったことにむくれても、きっと機嫌を直すわ。

上司と部下、というよりは三姉妹のような私達の関係。
そのおしゃまな妹のことで、姉との話題は盛り上がった。

 

すっかりお腹いっぱいになって。
食後の珈琲を飲みながら、ぼんやりと景色を眺めていた。

あと数カ月したら、パプ二カは一年で一番美しい時期になる。
その時期には忙しくて、こんな風にのんびりと眺めることなんて出来ない。

時期はズレてても、この国は本当に美しいわ。
私は眼下に広がる、自分の生まれ育った、そして今忠誠を誓う国を眺めて、感慨深い気分に浸っていた。

それを。

 

姉が中断させる。

 

 

「アレ、ラーハルト君じゃない?」

 

全く、予測もなく飛び出した名前に。
なんの準備もしてなかった心が跳ね上がる。

 

見下ろす広場。指差す先。

 

「どれ?」

 

遠くてよくわからない。

 

「アレよ、今噴水の前…ああ、隠れたわ。 ………あ、出てきた。ホラ、あそこ」

 

姉の指を追って。
私はどうやらそれらしい人を見付けることが出来た。

よくわからないけれど、金色の髪が見える。
金髪がそんなに存在するはずがないので、多分にアレがそうだろう。

きっと。

多分。

 

あの方向は市場があるわ。
今日のお昼ご飯?それとも夕飯の買い出しかしら。
結構な人混みなはずなのに、器用に避けて進んでいく姿はやはり戦士なのね。
間合いの取り方が上手いんだわ。

 

暫く、姿が見えなくなるまで目で追って。

顔を上げると。

 


にやにや笑う姉さんと、ばっちり目があった。


 

「…何よ…?」

 

「いいえ、次はラーハルト君なんだ、て思っただけよ」

 

瞬間。

体中の血が一気に顔に集まったみたいに。

 

「ちっ…違うわよ!!」

「あら。それにしては随分御執心な感じで見てたけど?」

 

にやにやと、くすくすと笑われながら。

私は一生懸命誤魔化す言葉を脳の中から引っ張り出そうと。

だけど結局なにも思い浮かばないで。

 

残った珈琲を一気に呑んだ。

 

 

「知ってたけど面食いよね、貴女」

 

楽しそうな姉の問いに。
確かにヒュンケルはカッコ良かったけれど、あの男はどうなのだろう?と考える。
いや、確かに綺麗な顔をしているのだけど。
それより何より、いつものあの嫌味な表情がカッコイイも何も。すべて台無しにしちゃってるのだもの。

そんな風に見たことなんて…

 

あんまり…ないわ(全然とは流石に言えない)

 

「…放っておいて」

 

言い訳するのも馬鹿馬鹿しくて。
そんな気力もなくなって。

 

私は空になったカップを手の中で弄びながら。
もう一度、見失ったあの男を探すように眼下に視線を投げる。

 

そこにはいつも通りの、賑やかな城下町の様子が広がっている。

 

 

「次は幸せになれそうなの?」

 

姉さんの声はほんの少し。心配そうな色を伴ってる。

 

 

「…わからないわ。だってアイツ、本当にイヤな奴なんだもの」

 

 

なんでアイツのことを好きだなんて思うのかしら?

こんなにも嫌いなのに。

 

次の恋は幸せになる、て決めたのに。

なんでこんなことになってるのかしら?

 

気持ちは袋小路。

出口も、逃げ道もないのに私はまだ二の足を踏んでる。

 

 

けどきっと。

あの姿を見付けてしまったら、私の鼓動は気持なんか関係なく高鳴ってしまうのよ。

全く。なんて忠実な身体なのかしら。

 

 

「…やんなっちゃうわ」

 

 

独り言は弱々しく響いて。

机の上に置かれた手に、そっと姉さんが掌を被せてくれる。

 

 

「さぁ…ドーナツでも買って帰りましょうか」

 

 

その誘いはとても魅力的で。
私は気持ちを振り切るように笑いながら、その手を握り返した。

  







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