(エピローグ)

  

  鉄筋コンクリートが剥き出しになった、解体途中の廃ビル。
 企業倒産の憂き目を見て、解体費用もまま成らず途中で止まってしまっているのが現状だ。
 地べたに蹲み込みながら、眼下に広がるロンドンの夜景を何をするでもなくぼうと見つめる。
 白い髪をビル風が、遊びに夢中になった子供のように散らかしていく。

 背後から近付いてくる気配に、少しだけ視線を眼下から動かして存在を確かめる。

 「父上・・・・」

 「何が見える?」

 「別に何も・・・・只恭介のことが気になって」


 闇の血に目覚めれば迎えに行くと約束した。
 あれから五年の歳月が流れ、此処頓に恭介から闇の胎動を感じ始めた。
 叶うならば、一生目覚めなければ良いと思っていた呪わしい力に、弟が搦め捕られようとしている。
 一人でその恐怖に打ち震えているだろうことを思うと、心が痛んだ。

 そんな自分の心情を察するように、父がそっと肩に手を置く。

 その父の、自分のものより幾分か骨ばって太い指を感じながら瞳を閉じた。
 この腕があるのならば、自分が迷うことなど一切ない。恭介を恐怖から解放するのもまた、この父の力以外には考えられない。


 「父上、近いうちに恭介を迎えに行こうと思います・・・・」

 「ああ・・・・承知した」


 低い声。

 父の口から発せられるその音に、心が溶けそうになる。

 恭介も愛しいと思っているけれど、父へのものとはまた違う。父への愛は心酔にも近い、そんな感情。

 置かれていた手に力が込められ、振り向かされる。 

  振り向いた瞬間唇を合わされて、生暖かい血液を喉に流し込まれた。

 「食事だ」

 与えられる血液よりも、むしろその唇を味わうように瞳を閉じて嚥下する。
 喉を下っていくドロリとした液体の独特の感触に噎せそうになりながら、父の気配を身体で探る。

 自分の全てを確かめるように。

 この存在が自分の全てなのだと言い聞かすように。