若干着膨れ。
白いファー付きのムートンコートに、千鳥格子のマフラー。
揃いの手袋。
鞣した革のブーツに芥子色の靴紐を通して。
久々の外が嬉しいのか、くるりとその場で回ってみせる。
動きに合わせて金髪が揺れて、光を反射し目に残像を残す。
寒さの為、頬は鮮やかな青に染まり、吐く息は白い。
寒さに弱いこの子を、こんな気候の時期に外に連れ出すことは滅多になかった。
だが、こうして嬉しそうに駆け回られると連れ出さなかったことが間違いだった気になる。
「バラン様っ」
随分と先に行った子供が早く来い、と急かすように名前を呼ぶ。
その様が愛らしくて、つい笑みが零れてしまう。
「転ぶなよ?」
「転びませんよ!」
頬を膨らませ、子供扱いするなと拗ねる。
確かに気付けば14歳だ。
子供と呼ぶには大きいのかもしれないが、態度や仕種がまだまだ子供らしくて、笑いを噛み殺しながら謝る。
拗ねた子供は暫く頬を膨らませたままだったが、また直ぐに気になる物を見付けて走り出す。
そして機嫌は簡単に治って、また「バラン様、バラン様」と名前を呼んでは楽しそうに笑顔を向けて。
冬の日差しも少しずつ優しいモノに変わり、そんな柔らかな陽はこの子に似合う。
暫くして探索に飽きたのかラーハルトは湖の辺で覗き込むように湖面を見ていた。
まだ薄く氷の張った湖は覗いても見るモノなどないだろう。子供の好奇心が飽きるのも時間の問題、となんとはなしにその様を見ていた。
しかし。
ソレは一瞬。
ラーハルトはふわり、と湖面に足を踏み出して。
「――――――───────── っ!」
薄くなった氷が、子供の体重を支えることなど出来るハズもなく。
凍りついた水がドレだけ危険なものか。
無意識に。
竜闘気がほとばしる。
「ラーハルトッ!」
パリン。
涼しい音を立てて。
子供はソコに居た。
笑いながら。
駆け寄ったソコには、氷を踏み抜く前に移動する、信じられないような光景。
足元の氷の割れる感覚が楽しいのだろう。
まるで舞うように。
穏やかな冬の日差しの中で、ソコだけ重力から解き放たれたように。
ふわり、ふわり、と。
そしてソレに合わせて、パリン、パリン、と。
ソレはまるで現実味がなく、酷く幻想的で美しい。
あまりに美しい光景と、ホッとしたのと、身体から力が抜け落ちて。
怒る気力すらなくなる。
砕けた氷の破片がキラキラと光を。
そして跳ねる飛沫が、これもまた光を反射して。
乱反射した光を、金色の髪が受け止めて。
翡翠の瞳が宝石のように輝いている。
暫くそのまま、氷と水の上を駆け回り。
幾重の波紋をぶつけあわせながら。
ラーは鮮やかな程の笑顔を浮かべて。
私の目の前に、ふわりと着地した。
その笑顔に釣られて、そっと自分のマントで包むように抱きしめる。
「…危ないだろう?」
すっかり怒気は抜かれてしまったけれど。だから声には笑いすら混じっていたけれど。
ラーハルトは腕の中で私と同じように笑いの混じった声で「ごめんなさい」と謝った。
「お前、悪いと思ってないだろう?」
「思ってますよ」
互いに笑いながら。
悪びれない仕種。
頬に触れるとすっかり冷えてしまっている。
その頬を両手で包んで、加減をした竜闘気を使って温めながら、その鮮やかな、春の新芽を彷彿させる碧の瞳を覗き込む。
キラキラと輝く瞳は、猫のように細められながら、私を見つめ返している。
「温かい」
嬉しそうに笑いながら。ラーハルトは弾んだ声でそう言って、包む手の上から自分の手を重ねる。
その手の冷たさに。
「冷えたな。もう帰るか?」
言えばほんの少し、瞳に淋しい色が浮かぶ。まだ遊び足りないのだろう。
「また連れてきてやるから」と約束をしてみせると、ふんわりと笑ってみせる。
この笑顔に弱い。
自然にこちらまで笑顔になってしまう。
私は柔らかい髪を撫でてやりながら、自分の親バカぶりを自覚して気付かれないように溜息を落とす。
「今度は暖かくなったら」
「ああ」
戯れに指切りをして。
私達は歩き出す。
穏やかな光が、金髪に反射する。輝くように笑いを零す姿は愛らしく、日差しは優しい。
春はもうすぐそこまで来ているのだろう。
約束は意外に早く叶えてやることになりそうだ。
駆け出す子供の背中を見ながら、私はもう一度「転ぶなよ」と声をかける。
日だまりの中でラーハルトは振り返り、満面の笑顔を返した。
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