それは、かけがえのないモノだから

 

ラーハルトと一緒に生活するようになって三日目。

まだまだぎこちない。

考えてみれば、先の大戦で会話をしたのなんて5分程だ。

たったそれだけ。

ぎこちないのも仕方がないと思う。

 

しかしそのたった5分しか会ってない相手の為に、血を流して。

そして自分が行方不明の間の一年弱。彼は他の仲間とともに自分を捜索してくれて。

感謝はしている。

だけど、実感がわかない。

というよりも、理解が出来ない。

よく、わからない。

 

しかしこれから彼とは暫く一緒に住むことになるので、そのうちきっと理解出来るだろう。

少なくとも、一緒に居るのがイヤではない。

 

何よりラーハルトの作る料理は吃驚するくらい美味しい。

 

夕ご飯を食べ終わって。

一服。

心地よい満足感。幸せ。

余韻を満喫していると、目の前に食後のコーヒーが出てくる。

俺好みに、ミルクをたっぷり入れて。

至れり尽くせり。

 

 

「お願いがあるんですけど、よろしいでしょうか」

 

半分ほど呑んだところで、ラーハルトが。

 

「なに?」

 

何度聞いても、この敬語は慣れない。

辞めて欲しいのだけど、やんわりと、それでいてはっきりと「それは無理だ」と最初の日に言われた。

 

ラーハルトは床に膝をついて頭を下げる。

その態度に、初め同様俺は慌てて。

「いいから!普通に座ってよ!」と横の椅子を。

 

しかしラーハルトはそれを受け入れず、顔だけ上げてもう一度目礼する。

父さんともこんな調子だったのかしら??

 

「…で、なに?」

 

俺は諦めて、先を促すことにした。

ラーハルトはじっと、俺の顔を見て。

 

 「ディーノ様、とお呼びしてもよろしいですか?」と。

 

 

 俺はぽかん、と。

 それは前に言ったことだ。

 だから。

 

 「そのことはもう…」

 「ええ。

  あの時は決選前で、気持ちを煩わせるわけにはいかなかったので承諾いたしましたが、
  
  今は戦闘も終焉を迎え、少なからずも世界は平和と呼ばれる状態を保っております。

  然れば、貴方様の御心も今現在は何に惑わされることも、苛まれることもなく、平穏であるとお見受けする所存ですが如何ですか?」

 

 如何、も何も…

 言われたことの半分も理解出来ない。

 

 「もうちょっと簡単に言ってくれる?」

 

 ラーハルトは真剣なその顔に、ほんの少しだけ笑みを浮かべて見せた。

 

 「あの時は大変な戦いの前だったから、貴方の気を反らすわけにいかなかったので『ダイ様』とお呼びすることを了解しましたが、

  今は戦いの前でもないのでいくら気が反れても困らないでしょう?と言ってるんです」

 

 困るとか、困らないとかじゃない。

 

 「俺…あの時言ったよね?」

 「はい、仰りました」

 

 きっぱりと言い返されて、二の句が継げなくなる。

 分かっているのに、尚。

 俺を『ディーノ』と呼びたいのか。

 

 「ラーハルト…俺は…」

 「だからこそ、です」

 

 またも言葉を遮られて。

 

 「だからこそ?」

 「貴方が…その名前で呼ばれるとお父様のことを思い出して辛い、というのは解っています。

  しかし、呼ばれる瞬間。辛くとも、その瞬間…一瞬でも貴方がお父様を思い出すというのならば…

  私は貴方を『ダイ』様ではなく『ディーノ』様と呼びたい。

  ほんの一瞬でも、それが例え辛い想い出だろうとも。

  貴方が…あの人のことを思い出してくれるのなら。

  貴方が…あの人のことを想ってくれるのなら…」

 

 ラーハルトの顔が、歪む。

 

 「それにね…もう、俺しかいないんですよ…

  俺が呼ばなかったら、貴方のその名前はもう…誰にも呼ばれないんです。

  その名前は、貴方のお父様と…貴方のお父様が唯一愛した人と一緒につけた、大事な大事な貴方への贈り物なんですよ?

  幾重もの思いを込めてつけられたものです。

  確かに貴方には、貴方を育ててくれた方がつけてくださった大事な名前がある。

  勿論、そちらの方が愛着もあるでしょう。

  ですが…覚えていてほしい。

  そして、思い出してほしい…」

 

 言葉を失う。

 そして思う。

 

 この人は、本当に父さんが好きだったんだ、と。

 

 

 「…うん…わかった」

 

 最初はきっと呼ばれ慣れないだろうけど。

 それでも。

 最初は辛いことばかり思い出してしまうかもしれないけど。

 きっと慣れれば、他の想い出も思い出せるから。

 

 

 「ねぇ、ラーハルト」

 

 今度は俺が、間髪いれずに話しかける。

 ラーハルトはちょっとだけ驚いた顔をして、「なんですか?」と。

 

 「父さんの話をして」

 

 この人は、俺の知らない父さんをいっぱい知っている筈だから。

 

 「…はい、ディーノ様」

 

 

 

 今夜は父さんのことを思い出して眠ろう。

 俺の知らない父さん、知っている父さん。色んな父さんの姿を想像して眠ろう。

 きっと吃驚するような話も聞けるはず。

 ラーハルトのことも分かるかもしれない。

 

 ラーハルトが躊躇いがちに話し始めるのを聞きながら、俺はちょっとだけ。

 ほんのちょっとだけ、父さんを近くに感じた。








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