4 甘い憧憬を棄てられますか 答えは、否。 私はきっと、いつまでも。遠く過ぎ去った憧憬を胸に抱き続けて生きて行くのだろう。 それがどれだけ、愚かしいことだろうと。 それがもう全て、変質してしまって、今では何処にも存在しないものだったとしても。 それでもきっと。 「見て見て。懐かしいの出てきた」 一人暮らしも長い恭介が、実家の部屋を片付ける為に帰郷するというので。半ば強制的に付き合わされる形となった。 思い返せば、私自身も随分と久し振りの帰郷な気がする。 感慨も深い、父も愛した忌野の庭園を眺めていると後ろから恭介が。 振り返れば、随分と色々ひっくり返しているようで、明るい色の髪の所々に埃が付いている。 「なんだ?」 「写真。僕達の」 手渡された写真には、幼い時分の二人が写っていた。 「着物着てるし。七五三かな?」 「そうだな。これは」 緊張気味なのか、表情の硬いその写真を眺めながら。 その当時のことを思い出す。 着物は母が設えた物だったはず。 双子で色違いの羽織袴。子供用の小さなソレを、母が嬉しそうに着せてくれたのを覚えている。 「けど、可愛くない顔してるよね。写真イヤだったのかな?」 「多分、それは父が写しているからだと思う。どうしても緊張してしまうのだろう」 私の言葉で。 はらり、と恭介の手から写真が落ちた。 「父さんが写真?僕達の??」 「ああ。どうした?」 「意外。すっごい意外。そんなことするタマだった?あの人」 「え?何?じゃあ、僕達に「ハイ、チーズ」とか言ったのかな?ないね!!絶対にない!」 相変わらず、独り言のように捲し立てて、恭介は首をぶんぶんと横に振る。 確かにそんなことは言ってなかったが。それでも「撮るぞ」くらいは言っていたように記憶している。 まぁ、確かに考えてみれば。あまり、らしくない行動な気もするが。 「そんなに意外か?」 「何?意外じゃないの?めっちゃ意外だよ」 信じられない、と口の中で呟きながら、恭介はもう一度マジマジと写真を眺める。 そこにはぎこちないながらも笑顔を浮かべようとしている恭介と、当時から無表情な私がいる。 ふ、と。写真の後ろに写っているのが、今、目の前にある梅の木だと気がついた。 この庭が出来てから、ずっとそこにあるだろう古木は、私達が成長するくらいの歳月では、もうその風貌を変化させることはないけれど。 そう、あの日。私達はここから庭に出て、あの樹の前で写真を撮ったのだ。 私達、二人は。 感慨に耽り、顔を上げるとそこには恭介の笑顔があった。 私が決して浮かべることのない、爽やかな笑顔だ。 「…どうした?」 「ねぇ。せっかくだから、写真撮ろうよ。 多分だけど、この写真に写ってるの、てあの梅の木だよね? 同じように、あの樹の前でさ。これもなんかの記念じゃない?」 写真はあまり好きではないのだけれど。 断る言葉を探しているうちに、恭介は使用人を捉まえてカメラの準備を用立ててしまった。 「ね?」 こんな風に。にっこり笑われるとなんとも弱い。 仕方がない、と重い腰をあげて。 私達は庭に降り立つ。 あの日と同じように、樹の前に並び。 恭介は笑顔で。私は相も変わらない無表情さで。 それは遠く過ぎ去ったと思っていた過去が、一直線上に繋がっているような不思議な感覚だった。 あの憧憬は、憧憬ではなく、いまここにあるモノ。そのものなのかもしれない。 変質したと思っていた。もう何処にも存在しないのだと思っていた物は、実はすぐ側にあるのかもしれない。 ただ、私に捉える事が出来ないだけで。 そう、捨て去ることが出来ない憧憬は。 未だ色濃く、私の周りを彩ってくれているのだ。 濃厚な既視感に苛まれながら。その何処までも穏やかな空気に。 私はほんの少しだけ。 昔の写真の恭介程に。 微笑んだ。 |
背景素材提供 十五夜 様