7 本当に答えはひとつですか

 

そんなわけないじゃないか、と。恭介は言う。

答えは常に選択肢と同じだけ存在するが、ひとつの選択肢にはひとつの答えだろう、と雹は言う。

数学的で、文学的な二人の答え。

 

そして俺の答えは。

 

答えなんて、ない。だ。

 

「それはズルっこだよ、伐」

「あながち間違えではないが、お前にしては随分と哲学的だな」

 

従兄弟達の評価は微妙だけれど。

 

「まぁ、数学とかさ。学校のテストなんかだと答えはひとつなんだと思うけど。

 人生とか、そんなのはさ。答えなんて出るもんじゃねぇし。

 確かに選択肢によって答えは変わってくるかもしんねぇけど、気に入らない答えだったらその選択肢をやり直せばいいわけだろう?

 答えはその度に変わるだろうし、俺たちだってどんどん成長するんだから、得た答えが変化しないとも限らない。

 もし死んだとしてもさ。その死を受け入れる側がどんな答えを出すかわかんねぇし。

 恨まれてた、としても。その思いは風化することもあるだろ?

 仲が悪い親子が、孫が出来た途端に仲良くなったり、親の苦労を理解して和解することだってきっとあるだろうしさ。

 答えがひとつ。

 そしてその答えは変化もしないでずっとある、て考える方が不自然じゃねぇ?」

 

俺の言葉に、恭介は感心したような視線を向けて。雹は相変わらずの無表情。

 

「成程ね。それも一理あるかも」

「だろ?」

 

恭介の同意を得られたので、ちょっと調子を取り戻す。

しかしそこに間髪いれずに。

 

「まぁ。それもそうかもしれぬが。つべこべ言わずにとっとと決めろ」

 

コツコツ、と。机を指先で叩いて。

そこにはこの数分間、ずっと穴が開くほど見続けている『進路希望』のプリントが。

 

俺自身。勉強は嫌いだし。

本当なら高校も行くつもりはなかった。

だけど母さんがどうしても、高校くらいは出ておいて欲しい、と言ったから。だから通うことを決めたわけだけど。

だけど高校を卒業したらすぐに就職して、母さんを少しでも楽にさせるつもりだった。

 

つもりだったのだが。

 

父親の出現により、俺の生活は激変。

安アパートから、でかい庭付き一軒家にランクUP

親父の車は運転手付きの外車とくる。

 

で。

 

大学に行け、と。

それには母さんも大賛成で。

「前の生活だったら、伐を大学に行かせてあげることは出来なかったけど、今なら大丈夫だから…」と。

確かに、俺が就職して楽させてやるまでもなく、母さんは今充分楽な生活をしてる。

なんなら家政婦さんだって雇えるくらいの経済力だ。

 

しかし。

俺は大学なんて行くつもりもなかったし、何より勉強が大嫌いで。

 

そんなこんなで親父と大喧嘩。

 

売り言葉に買い言葉。

結局飛び出して、避難所である恭介のマンションに転がりこんだのが三日前。

 

そして「様子を見てきて欲しい」と親父に頼まれた雹がやってきたのが数時間前。

 

「どうするつもりなんだ?」と凄まれて。

頼みの綱の恭介も「進路希望の提出、もうすぐでしょう?」と簡単に裏切って。
(これには「裏切ってなんかないでしょう?」という断固とした抗議の声が飛ぶ)

 

で。この状況。

 

「だってさ。俺、大学なんか行っても、勉強なんかしないぜ?」

「そんなもの、行ってみなければわからぬであろう?」

「わかるって」

「だけどさ、興味があるジャンルとかだったら楽しいんじゃないかな?」

「興味があるジャンルって…忍者とか?」

「そんな学校ないよ…てか、それはきっと俳優系の専門学校だよ…」

 

双子の溜息がハモる。

 

「確かに母君を手助けしたい、という思いは称賛されるものだとは思うが…
 それを『大学に行かなくても良い』理由にするのはいただけないぞ」

 

うぐ、と言葉に詰まる。

確かに、指摘された通り、そうゆう部分がなかったわけではない。

勉強が嫌いだから、という理由より、経済的+母親を手助けする為の方が聞こえも通りも良いことは確かだ。

 

「まぁさ…とりあえず、ネットででも伐が行けそうなレベルの学校調べて、どんな感じのトコか観てみようよ」

 

重い空気を変えようと。恭介が明るい声で提案を。

 

しかし、この流れでは結局。俺は大学に進学させられることになるんだろう。

全く。

ずっと居なかったくせに、急に帰ってきて親父面を振りかざす。あの親父には本当に頭にくるが。

何より母さんが、幸せそうだから。俺には何も言えなくなって。

 

「さっき、お前も言ったではないか。出した答えが気に入らなければ、やり直せばよい。と。

 行ってみて、どうしても自分には合わなくて時間の無駄だ、と思うのなら辞めても良いわけだろう?」

 

雹は。本当にこうゆう時にはお兄ちゃんで。全く以て気に入らないけれど。

言ってることは、最もだから。

 

俺は不貞腐れて、机に突っ伏す。

 

きっと数日後には、俺は進学希望のプリントにどこかの大学の名前を書いて提出するんだろう。

 

きっと。

 

 

きっと。

 

 

 

答えはひとつじゃない。

だけど未来はひとつだ。

 

 

俺の盛大な溜息は。

報われないで、霧散していった。

 

 

 





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