(四)

  

オークションの翌日。

結局、オークションの目玉とされたドラゴンも何者かによって奪い取られて。
オークション自体もなんだかんだ言ってる間に中止になった。

主催者、首謀者共々、姿を消してしまったらしい。
詳しいことは、今ギルドが調べている。

 

そして、そんなことはこっちには関係ない。

 

何時もの酒場で、早い時間から酒を飲み。フラッシュはカウンターに突っ伏す。

逃した魚のことは忘れろ、というのは無理な話で。

あまりに大きすぎる魚は逃げる時に、全てのやる気と気力も奪い去って行った。

 

仕事はしなければならない。
今回のオークションはなくなったけれど、リストに載ってる期限は何もこれだけじゃない。

 

「マスター、もう一杯」

 

「じゃあ、それは俺の奢りで」

 

声に顔を上げて、スツールをひとつ開けて座ったその男に。

フラッシュはぽかん、と。

 

その視線を受けてラーハルトはにっこり、と笑顔を返す。

 

「こないだはどうも」

 

「…こちらこそ」

 


 

あの後、ガルの言葉通り。登録番号を照会してみて。

フラッシュ達は竦み上がった。

 

この世界には手を出してはならない金髪が三匹、存在する。

一匹は天界を謀反により追放され、その後とある国家元首に買われ、乗っ取り、今現在、その美貌と魔力で一大勢力を牛耳っている女帝フェリキア。

一匹は魔界の三大商人に数えられるドドルの愛人に収まったテリア。

そして、三匹目が竜の騎士の所有する、ラーハルト。

 

これが。

この男がそれである。

 

それぞれが、過去幾度となく狙われては、優しい言い方で倍返し。

はっきり言えば壊滅させられていた。

手を出すだけの価値はあるが、あまりにリスクが高すぎる三匹。これが共通する事項。

 

「何か用かい?」

「別に…用って程のことはないんだが…
 まぁ、仕事の妨害もしましたし、アジトも半壊させちゃったし…
 帰る前に挨拶くらいはしとくのが筋かなぁ、と。お姉さん、割と好みだったし」

 

ああ?と半眼で睨むも。
ラーハルトは気にするわけでもなく笑顔を浮かべたまま。

 

「…今回のオークション、潰したの。あんた達だろう?」

 

密猟されたドラゴンを追ってくるとすれば、それはドラゴンライダーに他ならない。
そして、ドラゴンライダーのトップには竜騎衆、そして竜の騎士が存在する。

 

「さぁ?」

 

ラーハルトは嘯いて、注文したフラッシュと同じ酒を一口呑んだ。

 

「まぁ、お陰である意味助かったけどね」

「なんのことだか」

 

今度はフラッシュが笑う。

逃した魚は確かに大きい。

これは過去、類を見ない損失。

だけども、手に入れていれば失うモノはコレ以上。

それが解っているだけに。

何とも言えない気持ちになる。

 

「因果だね、あんたも」

 

強人に寵愛を受けるのは、幸福か、否か。

 

「応報だよ、これは」

 

自分にそれだけの価値があるのは、幸福か、否か。

 

愛されていることは幸せですか?

求められていることは幸せですか?

必要とされていることは幸せですか?

 

その結果、どれだけの血が流されるようなことになっても。

 

 

 

カウンターをひとつずれて。

フラッシュの横のスツールにすべり込む。

屈みこんで一度だけ。

触れるか触れないかのキスをして。

 

ラーハルトはいつもの、笑みを浮かべたまま。

 

 

「それじゃあ。また機会があれば。今度はちゃんと遊んでよ」

 

 

鮮やかな残滓を残して。

隙のない動きで跡にする。

その後ろ姿を眺めながら、フラッシュは。

 

噴出し笑った。

 

 

「あれは、相当遊んでるねぇ」

 

 

どこまでもスマートに。

揺るぎなく。

 

成程、ジョーカーとは良く言ったものだ。

 

 

カウンターには、酒代にしては多すぎる、身に着けていた金のバングルが置き土産として残されていた。

アジト半壊の修理費?

持ち上げ、腕に通して。

 

そのズシリ、と重い感触を楽しむように。

表面を撫でた。

 

 

§§§§§§§§§§§§

 

 

強人に寵愛を受けるのは、幸福か、否か。

 

自分にそれだけの価値があるのは、幸福か、否か。

 

愛されていることは不幸ですか?

求められていることは不幸ですか?

必要とされていることは不幸ですか?

 

その結果、多くの血が流れ過ぎるのならば。

 

ラーハルトは空を見上げる。

魔界の空には太陽は存在しない。

ただ、重く暗い、それでいて何処までも高い空が広がっているだけ。

 

 

 

これを不幸だ、と嘆く人もいるだろう。

確かにそれは不幸とも言えなくもない。

 

しかしそれでも。

 

俺は言うだろう。

はっきりと明瞭に。鮮明に予断なく。明確に澱みなく。屈折なく。誤解なく。

何処までも何処までも疑問を挟む余地もないまでに。

 


 

俺は『幸福である』と。

 

 

 

 

「さてと。帰りますか」

 

郊外で待ち草臥れる様にルードに凭れかかるガルに声をかけて。

 

「ん?お前、バングルどうしたよ?」

「ああ、迷惑かけた詫びにくれてやった」

「はぁ?気に入ってたんじゃなかったのかよ?」

「気に入ってたけど別に。バラン様からいただいたわけでもないし。
 どうせ、女からの貢ぎ物だし。欲しかったらまた買ってもらうわ」

 

「…お前…絶対ろくな死にかたしねぇわ。絶対」

「お互い様だろう?」

 

「…まぁな…」

 

ガルの後ろに跨って。

ルードは相図と共に上空に舞い上がる。

回収したドラゴンが護送されるのを上空より見守りながら、俺達は悪戯に軽口を叩き合う。

 

そう。

決してろくな死に方なんてしないだろう。

 

そもそも、ろくな死にかたってなんだ?

 

 

「ところで、バレてねぇって本当に思うか?」

「バレてたら、多分今頃この景色はないと思うけど…」

 

眼下に広がるのは。ごちゃごちゃと汚らしい、生命の集合体。

幾重に重なり合った生活の営み。

『生』のリズムと、色。

 

 

「確かにね…だけどあんまし油断すんなよ?あの人、勘は恐ろしく冴え渡ってんぜ」

 

言われなくとも重々承知。

 

 

バレたら…

きっと長い説教だろうなぁ…

 

 

俺達はどちらともなく溜息をついて。

そしてどちらともなく笑いあって。

 

自分達のテリトリー。

竜の騎士に守られし、崇高なドラゴン達の住まう場所。

ドラゴン領へと家路を急いだ。

 









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