行ってきました!トルコ!!!!!!
思い立ったが吉日。安いツアーを見つけて勢いのまま申し込んだ某日。出発までは一カ月切ってる所がどれだけ勢いで突っ走ったかを物語っている。
ハワイ、イタリア、とアジアから離れていたので、久々のアジア。中東。
だって行きたかったんだもん。だってパムッカレ見たかったんだもん。だって飛んでイスタンブールなんだもん。
ある意味、無職の醍醐味。長期休暇へっちゃら!うひひ。気にしなきゃならないのは貯金残高くらいよ!いやっはい!
さて。関西からはトルコの直行便が出ていないため、ドーハで乗り継ぎ。初めてのカタール航空利用です。
『空の五つ星』と揶揄されるらしいですが・・・・個人的にはJALのがいいかなぁ・・・・とは言っても、エコノミーでもゆったり設計の椅子(並びが2.4.2人がけシート)機内食のメニュー表示に前菜、メイン説明(しかもメニューの冊子を配布)アメニティ(歯磨きセット、イヤホン、アイマスク、耳詮など)の配布。などなど・・・・なんだか「成程・・・・」と納得させる個所も有り。
利用する機会があれば(多分中東とか行く時には利用する旅行会社も多いのでは?)楽しんでください。
★そしてイスタンブールへ!!!!
ごめんなさい。僕、トルコの首都はイスタンブールだと思っていました。アンカラなんですね。そしてイスタンブールがコンスタンティノープルと一緒だと言うことも知りませんでした。
反省。
ローマ帝国の首都だったんですよ!!!
こんな所にローマ帝国の首都が!当時の繁栄っぷりというか、ローマ帝国・・・・広いなぁ・・・・・というのが実感出来ますね!
この季節、丁度チューリップが見ごろで、街中見事の一言。咲き誇ってました。
チューリップはトルコの国花なんですって!原産国らしいですよ!イスタンブールの街のあちこちに綺麗に植えられたチューリップは本当に見事!
500万株だか、5000万株だか植えられてるらしいです・・・・凄いよ!(桁うろ覚えなのよねぇ)
イスタンブールは間に流れるボスフォラス海峡によって、アジアとヨーロッパに二分されます。橋を渡ればアジア、ヨーロッパと。結構成程、と思わせる町並みが面白いです。
アジアとヨーロッパの文化衝突地点であり、融合した場所。実感。
★トブカプ宮殿へ。
まずは、トプカプ宮殿観光です。
トプカプ宮殿はイスタンブール市内の見晴らしの良い丘の上に、コンスタンティノープルを制圧したメフメット2世によって建てられました。
ハーレムの語源となった『ハレム』や、宝物殿など、見所はいっぱいです。
しかしハーレム、て実際は違ったみたいです。日本でいう大奥の様ではなかったらしく、文化を日本に伝える途中でフランスや、色々な国を経由し、結果少しねじ曲がった感じで伝わったよう。
確かに男子禁制の場所で、沢山の女性が生活をしていたようですが、大奥と言うよりかは女性寮。
スルタン(王)の妃(一夫多妻制により、四人まで認められている)とスルタンの母。そして彼女達を世話する女中さん達などの生活の場所が、ハレムです。
しかしまぁとりあえず、タイルが見事!
偶像崇拝を禁じるイスラムなので、題材は植物(国花であるチューリップやカーネーション等)見事なイズミックタイル。
建てられた当時のオリジナルのタイルも多数残っており、500年以上の時を重ねたとは思えない程の鮮やかな青が素晴らしいです。
精巧で緻密な職人技。しかもタイルなので、触れることも出来ちゃいます。
というか、トルコ・・・・余程の物以外は『触るな!』表示がないのですけど・・・・お国柄?
スルタンの母の部屋や、浴室など、何処を見ても素晴らしいタイルにキラキラしながら、宝物殿へ。
流石に此処は警備も厳重。
有名な『トプカプの短剣』や、86カラットの巨大な『スプーン職人のダイヤモンド』などが見れます。
なんか余りに大きくて、装着したら死にそうになるのではないか?と思う程大きな宝石群に、ちょっと眩暈。
赤ちゃんの揺りかごもゴロゴロギラギラですことよ・・・・
まぁ当時のオスマン帝国の力をまざまざと見せつける場所であります。はふん。
★ブルーモスク
トプカプ宮殿から歩いてすぐ。特徴的な6本の尖塔(ミナレット)。ブルーモスクです。
しかしこの名称は正式ではなく、正式にはスルタンアフメット・ジャミィ(ジャミィはモスクの意)地元の人にブルーモスクと言っても通じないことがあるそうです。
名前を見て解るように、スルタンの建てたジャミィ。教会を改修して作られたアヤソフィアに対して、それに対峙するように建てられた荘厳なモスク。
アヤソフィアに負けないほど立派なモスクを!という命令の元に建てられたモスクはいやはや。美しいですよ。
ブルーモスクの名前の由来は内部に使用されている青いタイルから。当時タイルの値段が一枚辺り金貨7枚分相当。それがなんと2万1000枚以上使用されているのは凄いこと。
これまた植物をモチーフにしたステンドグラスとタイルの調和に時間を忘れます。
教会は懺悔をする場所なので薄暗く、が主流ですが、モスクは神の家という考えなので明るく、美しく!です。
掃除も行き届いています。だって神の家だから。
そんなモスクの中にダチョウの卵があります。ドーム天井から伸びるシャンデリアみたいな(明かりをいっぱい吊してる所)に付いているのですが、それは蜘蛛がダチョウの卵を嫌うからだそうです。
高い天井は掃除がしにくい場所なので、そこに蜘蛛の巣をはられると困る。だから蜘蛛が寄りつかないようにダチョウの卵を付けてあるそうです。
説明を受けて、見上げて、その卵の小さく見えること!改めて天井高い!!!!!!を実感です。
ちなみにブルーモスクに関わらず、総てのモスクは大体礼拝時間は見学が出来ないのでお気をつけください。
★カッパドキアへ!
初めての寝台特急は長時間の飛行機疲れもあって、楽しむという余裕もなくバッタリぐっすり。
気が付いたら首都アンカラに着いていました。
↓これ、駅構内なんですけど、素敵じゃないですか??うっとりする!
そして首都を満喫する間もなく、カッパドキアまで今度はバスで!
正直。あんまり期待してなかったんですよ。
ポンペイ以来「どうせ石でしょ」みたいなトラウマが・・・・笑
ところがどっこい!!!!!!!
凄いよ!カッパドキア!!!!!!!!
僕はもっとスケールの小さいものだと思っていたのですが。もぅ自然は凄いなぁ!の一言。
まず博物館のあるゼルヴェ。
博物館には入らなかったので、金網越しに中を覗いたりしました(囚人の様・・・・)現地の学生さん?がちょこちょこ訪れては入っていきます。
そしてパシャバー。あの有名なキノコ岩はここで見れます!
さて。あのカッパドキア特有のキノコの形をした岩ですが、どうしてあんな不思議な形になったかと言うと、数億年前の火山の噴火に由来します。
火山の噴火によって降り積もった火山灰と溶岩が長い年月をかけて凝灰岩、溶岩層となりました。
雨や湧き水、川の流れや風によって地層は侵食されていき、柔らかい凝灰岩は侵食が早く、また硬い溶岩が岩の上に残ったためあの不思議なキノコの形が作られました。
全く人の介入しない、自然だけで行われた神秘です。
そしてギョレメ。ここにも博物館があります。これも見学は出来なかったんだけど・・・・(ちなみに博物館内では、鮮やかなフレスコ画などを見ることが出来ます)。
四世紀頃、カッパドキアには多くのキリスト教徒が住んでいましたが、九世紀頃から強まったイスラムの圧迫から逃れるために岩を掘って、洞窟や教会を内部に建造しました。
博物館では、現存している教会の30程が公開されています。
他の場所でも結構教会は多く残っていて、前述のパシャバーでも見ることが可能です。
日本の白川郷に今も在住されてる方がいらっしゃるように、今もカッパドキアの岩の中を刳り貫いて、洞窟の中を家に改装して住んでらっしゃる方がいらっしゃいます。
その方のお家も訪問させていただいて、トルコではお馴染みのチャイをいただきました。
しかし洞窟の中は快適温度。夏涼しく、冬暖かい。一定の温度を保ってくれるので良いですね。
だけどやはり、世界遺産の中で生活するのは、色々制約があって大変そうではありました・・・・
そしてカッパドキアで最も高い位置にあるウチヒサールへ。
今は誰も住んでいませんが、岩に開けられた穴にはガラスが填め込まれていたり、と当時の生活を垣間見ることが出来ます。
そして大パノラマも見ることが出来ます!
あの有名なキノコ岩よりも、風で削られた岩のまろやかな風紋の方が感動したりしましたが、一見の価値有り!
気球ツアーとかもあるのですが!カッパドキアを空から!時間とお金があったら是非!見てみたいなぁ・・・・と思わせるだけの景色でした・・・・
★カイマクル地下都市
カッパドキアにはキリスト教徒がアラブ人の圧迫から逃れる為に作った地下都市が300以上存在しますが、その中で最も大きな物がこのカイマクル地下都市です。
多いときで5000人以上が暮らしていたとされる、地下八階まである、まさに『地下都市』。
当時の人は長い時で半年ほどこの中で生活していたと言います。
各家庭にこの地下都市に繋がる秘密の通路をもっていて、危険が迫ると逃げて隠れ住んでいたようです。
見学出来る個所は限られてはいますが、それでも教会、食堂、貯蔵庫、ワイナリーなどが見学可能。家庭に繋がる秘密の通路(今では繋がっていませんが)やそれを隠す扉なども見ることが出来ます。
通気口や、貯水など。圧巻ですよ!
内部は狭い所も結構あるので、閉所恐怖症気味な僕は少し不安だったのですが、平気でした。
道順から外れてしまったら、絶対に出られない気にさせる場所です。うう・・・・・・
ちなみにカッパドキアと呼ばれる地域の広さは大体東京都がすっぽり収まるくらいの大きさです。
その広範囲で奇岩の風景が延々と続くのは凄いですよ!
★カッパドキアからコンヤへ
コンヤはセルジューク・トルコの時代の首都。
旋回舞踊で有名なメヴラーナ教の総本山があります。有名、とか書いてますが全く知らなかったんですけど・・・・
まずはインジェミナーレ神学校を外から。内部に入ることは叶わなかったんですが、中は彫刻博物館になってます。
名前のインジェは『細長い』ミナーレは『ミナレット=尖塔』から来る通り、細長い尖塔が目印。なのですが、今現存している尖塔は、昔より大分短くなってしまっています。
落雷の所為でポッキリと折れてしまったのです。
それでもそれでも、このミナレットに800年前のオリジナルのタイルが見てとれるのですが、それが本当に見事なターコイズブルー。
トルコの青です。
そしてメヴラーナ博物館へ。
メヴラーナとは『我が師』という意味で、教団創始者のジェラルッディン・ルーミーのことを指します。
博物館の中は彼と、他の名僧達の棺が置いてあります。他にも旋回舞踊の衣装や楽器など、様々な展示がありますが、中でも見所なのは手書きで写されたコーランの緻密な美しさです。
聖書も美しい飾り文字で手書きされた写しを見
る機会があると思いますが、コーランも素晴らしいです。
こんなん書けと言われたら、気が狂う・・・・
中には本当に小さな5a程のコーランもあり、その小さな小さな頁にびっしりと美しい飾り文字が踊っているのは吃驚です。
リアルな人形で当時の踊りの様子などを再現している館もあり、なかなか見所一杯。
棺も綺麗ですよ。
しかしやはり、どうであっても棺なので・・・・
厳かな気分にはなりますが。
★パムッカレ!パムッカレ!
私の今回の旅の目的はブルーモスクとパムッカレだったのですが、なんと生憎の雨・・・・
しょんぼりです。
ですがそれでも!近づいてくるとだんだんと山が白くなっていき、雪でも積もっているのか?という風景へと変わっていきます。
パムが『綿』カレが『お城』という意味。まさに『綿のお城』というのに相応しい姿。
パムッカレはヒエラポリスの古代遺跡の中にあります。ペルガモン王朝時代、温泉の治療効果を信じた人たちが街を作りました。
その当時の遺跡の中を突っ切って、開けた先に広がるのが一面の白い世界!パムッカレです!
晴れていたらサングラスが必須だったりします。ゲレンデと一緒。網膜が灼けてしまいます。本当に真っ白!
そしてその白い棚の中に、幻想的なエメラルドグリーンの水面が・・・・
ちなみに朝日を浴びると全体が青白く、夕日を浴びるとピンクに染まるその棚は本当に本当に美しいです!
今では保全の為、水量も管理され、入れる所も限られていますが昔は何処でも入れたようです。
勿論入りました!
けど雨が降っていたので・・・・本来ぬるめのお湯が湧いているのですが・・・・すっかり雨水によって・・・・冷たい!!!!!!!!!!!!
しかしそれでも、真っ白な石灰の棚の中に溜った美しいエメラルドグリーンの水の美しさに魅せられて頑張りました!
しかし・・・・なんとソコに奴が!!!!!!!!!!!!
石灰棚の水の中に蠢いている黒い奴が・・・・・
オタマジャクシです・・・・・・・・・・・
悲鳴。
ひやぁぁぁぁぁぁああああぁぁぁぁぁぁぁ!
叫びながら進みました・・・・・・
ま、自然の中ですもんね・・・・・・
いてもおかしくはないですよね・・・・・・・
しかし今、あの状態なのならば、後もう少ししたら大量の蛙が・・・・・・・・?パムッカレ、観光する時期を考慮する必要がありそうです・・・・・
同じ敷地内にヒエラポリス博物館があるのですが、そこでは世界でも珍しい遺跡プールがあります!
大理石の柱などの遺跡が底に沈むプールで、水着着用で泳ぐことが可能。どんなものか、と思って覗いてみたのですが凄いですよ。
ごろごろと底に神殿の柱や跡が見てとれます。
天候が悪かったためあまり泳いでいる人はいなかったですけど、時間がゆっくりあったら入ってみたかった!
↓これがプールなんですよ!まさに遺跡プール!!
同じツアーに参加したおば様達が係の人に「ちゃぽちゃぽOK?」で足湯を許可してもらっていて爆笑!(私達は水着を持っていってなかったので本来は不可)ちゃぽちゃぽOK?で通じるのか!流石擬音語!
ちなみに雨に打たれたこともあり、体調悪化。微熱とお腹の調子に悩み始める・・・・うう・・・・
パムッカレで宿泊したホテルにもプールが付いていました。やはり温泉が湧いているので、そういった設備がついている所が多いようです。泳ごうかな、とも思ったのですが上記の理由で断念。
むむむむむむむむ。
★エフェソス
同じツアー参加者の方から、風邪薬と正露丸をいただいて何とか復活。
昨日とは打って変わって晴天の中、エフェソスへ!そしてまた僕の中にトラウマのポンペイが・・・・どうせ石なんでしょ?遺跡なんて同じような物でしょ?と・・・・
だけどエフェソス!楽しかったです!
エフェソスは紀元前130年頃、ローマ帝国支配下の元ローマ、アレクサンドリアに続いて三番目に人口の多い街として繁栄。また、キリストの死後、ヨハネがマリアを伴って移り住み、余生を過ごした街でもあります。
草原の中に遺跡がかなり良い状態で大量に残っており、見ごたえはたっぷり。議事堂や図書館、公衆トイレ(下水施設の完備など、目を見張ります)公衆浴場や神殿(ハドリアヌス神殿のアーチに彫られたレリーフが素晴らしい!)娼館など。
トルコには本当に遺跡が多く残っています。
だから逆にトルコ人は外国で遺跡とかを見ても、「え?こんなもんなの?」と思うそうです。
今回の旅行で初めて知りましたが、そう言ったことをこの国はもっとアピールするべきだなぁ、と痛感。
娼館へと案内が大理石の石畳に刻まれているのですがそれがちょっと面白いです。左足と十字、女性、ハートが刻まれているのですが、意味は『十字路を左に行くと女性とラブ』。解りやすいですね。ちなみにこの彫られている足の大きさに満たない人は入れなかったそうです。
足の大きな若者は一時かもしれませんが、仲間内からヒーローでしょう(笑)
そして大劇場へ。
2万5千人を収容できたとされる最大級の円形劇場で、今も海外のアーティストがコンサートを開いたりしているそうです。
あまりの大きさに写真では収まり切らなくて歯がゆい・・・・
山の斜面を利用して作られていて、音響効果も素晴らしいです!
そして有名な世界の謎のひとつとされているアルテミス神殿跡をちょっとだけ見て(というより柱が一本残っているだけなので)イズミールへと!
しかしこの柱の上にコウノトリが巣を作っていまして雛の姿も見れました。トルコではよく見られる光景らしいです。
途中で見たモスクの屋根の上にもコウノトリが巣を作っていました。コウノトリは高い所に巣を作る習慣があるらしく(日本でも電柱の上に巣を作っている映像を見たことあると思うのですが)こうゆう場所は絶好らしいです。
トルコの家には各部屋に一本煙突があるのが主流。だからその煙突に巣を作られることがあるようですが、イスラムの教えでは動物に危害を与えることを良としていないので、巣を壊すことが出来ないそうです。
巣が壊せないと、煙突が使えない。ので、巣を作ることが出来ないように、あらかじめ煙突や屋根に瓶を置いておく習慣があるようです。
時々車窓から見える家の屋根に見てとれて、ちょっと面白かった。
★トロイ遺跡へ!
昔はタイルの生産地だったイズミールを出発して(今では大都会ですよ!)トロイへと。
トロイ伝説をぼけ〜とした頭で思い出しながら、あんな怪しい木馬が来たところで街の中に上げるのはどうなんだろう?と疑問。
怪しいだろう?あんなん。と思っていたのですが、木馬はポセイドン(トロイの人達の信仰対象)の象徴だったそうです。10年の戦いの末に、海辺に表れた木馬を見て、当時の人達はポセイドンの祝福だ、と思い中に入れてしまった、と。
そうなると俄然ますます卑怯だ!と憤慨してしまう所ではありますが、戦争だったわけだしねぇ、と。
さてさて、伝説は置いておいて。
実際のトロイに残っているのは、復元された木馬(昇ることが可能。勿論登るに決まってます!)城壁の一部など、はっきり言って大したことはないです。きっぱり。
繁栄と没落、そして地震などで倒壊した、全く同じ場所に街を造り続けた奇妙な場所。それがトロイ。
潰れた家の上にまた家を建て、潰れた城壁の上にまた城壁を作る。全く同じ場所に、全く同じ施設を(議事堂の上には議事堂を、みたいに)ある意味偏執狂とさえ思うのですが・・・・
紀元前3000年から400年までの間に、9つの時代の層が重なり合い、混在する複雑な形成。けど、それがパッと見て解るわけじゃなく(一応ここは何層目、みたいな説明は貼ってあるのだけど)ふぅん・・・・・・・・です。死
この日、地元の学生が課外授業来てたのですが、まぁこの子達の態度の悪いこと!一緒に回っていた現地ガイドさんも「この子達おかしいよ!」と言うほど。
ガイドさん曰く、私立の子らしいです。私立の子は教師の給料=子供たちの学費(親の金)なので教師が強く出れないらしく、こんなことになってしまうそうです。
日本では逆なのにね・・・・
トロイでの私の撮った写真は本当に木馬くらいしかないですが、木馬は可愛くて良かったですよ。笑 多分再現、なので作り方とかも当時の技術を考慮して作ったのだと思うんですけど、木馬を下から眺めたときに尻尾の断面図とかにそう言った技術を見てとれて面白かったです。
★そして再びイスタンブールへ。
フリータイムをいただいたので、僕たちはまず、『新しい』という意味をもつ、イェニ・ジャミィへ。新しいとは言っても400年前なんですけど。
正直。私はブルーモスクよりも美しいと感じました。ブルーモスクより小さい分、距離が身近に感じた所為かもしれませんが、本当に美しい青いタイル、ステンドグラス。
建設当時はモスクの土台のすぐ近くまで海が接近していたために、建設には高い技術が要求されたようです。
今では目の前に広場、その向こうが海ですが。
溜め息か漏れます。美しくて。ほぅ・・・・・・
そして次に歩いて20分程の距離にある、ブルーモスクと対峙するアヤソフィアへ。教会を改築して作られたモスクなだけに、中にはキリストのモザイクなどが多数残るキリスト→イスラムへの変動を感じさせる独特のモスク。
の筈だったのですが・・・・・・辿り着いたときには見学時間が終了してしまっていて、がっかり。残念な結果に。ガイドブックや絵葉書で想像力を逞しくします。
アヤソフィアの近くには、地下宮殿と呼ばれる貯水施設(東京にもあって想像しやすいと思いますが、あの何本も柱があって、まるで宮殿のように見えるヤツ)があります。こっちのは6世紀に建てられたものですが。
アヤソフィアが駄目だったので、それを見学しに行こうか、とも思ったのですが、アヤソフィアの見学時間が終了して、周りのそういった施設が終了していないはずはなく・・・・
残念。
★バザール
イスタンブールには代表する二つのバザールがあります。4000ものお店が迷路のように立ち並ぶグランドバザールと、規模は全然小さいけれど香辛料や食料品などが豊富なエジプシャンバザール。
まずエジプシャンバザールに行ったのですが、地元の人も利用するとあって物凄い人!!!!!!!!
客引きのお兄さんも元気です・・・・・・
何故だか皆、名刺をくれます。・・・・どうしろ、て言うの??????ガイドさんが紹介してくれた店で買い物を済ませて、それからぶらぶら見学、なんて出来るはずがなく、人波に流されるまま押し出されます。店の人に捕まったら終わりだ!!!!!
けどいっぱいサービスしてくれそうだし、そうゆうの好きな人は楽しいのかもしれません。人込みと値切り合戦みたいなのが楽しいと思わない人種は辛いかも。僕は目的を果たしたら脱出しました・・・・
代わってグランドバザールですが、中は迷路の様になっているので、じっくり迷子になれる時間がある場合は楽しいと思いますがツアーなどで時間に制限がある場合は結局、迷子にならないように出発地点の周辺をうろうろして終わってしまうようです。
僕たちは最初行くつもりはなかったのだけど、気が付いたらイスタンブールで迷子になっていて、迷い込んでしまっていました・・・・
そして道を尋ねて、教えて貰った道を真っすぐに突き進む!そして突っ切る。みたいなことをしました・・・・
エジプシャンバザールより遥かに広いお陰か、そこまで人込みでごった返す!ということもなく、エジプシャンバザールとは違いショールや、アクセサリーなどのお店が多いな、と思いました。
お買い物大好き!という人は絶対に楽しめると思います★
★最終日はボスフォラス海峡クルーズとリュステム・パシャ・ジャミィ
まずはジャミィを見学です。オスマン建築の最高傑作と言われるモスクは、タイルの美しさが随一と言われるだけあって、これまた溜め息もの!!
朝早くの見学だったため、モスクの中には私達だけという贅沢さ!場所が奥まっていて解り辛いのが難点ですが(個人で行くには)本当に美しいです。
イェニ・ジャミィより小さいのですが、その分また更に距離が近い!ずっと居たくなる空間です。
そしてボスフォラス海峡クルーズ。
左手に新市街を眺め、右手にヨーロッパ、そしてアジアを眺めることが出来ます。青い空と青い海。旅行に出る前に、ネットの質問サイトにトルコのお勧めを聞いたのですが、多くの人に「ボスフォラス海峡クルーズ!」とお勧めされただけはあります!
船も貸し切りだったので、動き回って写真も撮れましたし。海から見る景色が一番、アジアとヨーロッパの融合を色濃く感じさせてくれました。
イスタンブール、これがトルコなのだ、という空気を感じるには最適かもしれません。ちょっとこの季節、肌寒かったけどね。
★その他の色々
まず料理ですが。
世界三大料理・・・・嘘だ!爆
個人的に、ですが美味しくなかったです・・・・
だけど本当にパンが美味しい!美味しすぎる!!
トルコはパンが主食なのですが、本当に美味しい。幸せになる〜
外はさっくり、中はしっとり。塩味のも、マフィンみたいなのも、パンに外れは一切なし!!!!あのパンを食べる為にトルコに行くのも悪くない、と思えるほど。
ガイドさんが昔、「フランスパンみたいで美味しいわ」と言われたそうですが、ヨーロッパにパンを伝えたのはトルコなので「フランスパンがトルコのパンみたいで美味しい、だよ」と言ってました。確かに。
しかしマフィンやバナナケーキみたいなものは上品で甘過ぎなく美味だと言うのに、ケーキやデザートになると途端に激甘になってしまうのはどうして〜???????
中途半端は嫌らしいです。トルコ人。
基本的に料理は塩とスパイスで。デザートは甘く!が原則らしく、ケーキはシロップに漬け込み、シュークリームには大量のチョコレートをかけます。わお!
広大な塩田を所有するために、塩を贅沢にふんだんに使うことが可能だったのと、シルクロードの関係でスパイスも手に入りやすかったために、当時では珍しい濃い味付けの文化になったのかしらん?そしてそれが世界三大料理へと結びついたのかしらん?はてさて?
食べ物、ですがトルコは自給率が100%の国です。
国土の平地率も高く、半分以上が平地。バスで移動しながらも、何処までも何処までも続く草原に(地平線が拝めちゃう)吃驚しました。道路も勿論真っすぐさ!
僕が行った時期は丁度チューリップと芥子菜の花が満開で、芥子菜畑の間の道をバスで走れば一面黄色のお花畑が延々と広がります。
これからの時期は、今、緑で青々している小麦が金色に輝き始め、そしてスペインにも負けないほどの向日葵畑が素晴らしいそうです。
そして小麦の収穫が終わると放牧の季節らしく、大量の羊が闊歩するらしいですよ!自然溢れまくり。
トルコがこんな国なんて全く想像してなかったので、驚きの連続でした。良いものは全て外国に取られてしまったと言っていましたが、アピール下手なんだと思います。
チューリップはオランダに、ピザはイタリアに、ヨーグルトはブルガリアに、遺跡の多くはドイツに。けど取られたと言っても、まだまだ残ってますし、魅力もたっぷり。
パムッカレにも杏の花が咲き誇ります。
観光大使の方ももっともっと頑張っていただきたいものですね!
トルコはとても愛国心の強い国なのか、至るところに国旗を見ます。それこそ、普通のマンションのテラスにも見てとれます。日本でそんなんしてたら右翼の人だよね。
祝日になったら空が真っ赤に染まるほど、国旗を皆が自主的に掲揚するそうです。愛されてるな!トルコ!
さて、そのトルコの国旗ですが。由来は第一次世界大戦時、チャナッカレ海峡にて英・仏との戦闘で流されたトルコ人の血に月と星が写ったのが元となっているそうです。
11カ月に渡る激しい戦闘は夥しい死傷者を出しました。しかしそうして守られたトルコの誇りがこの愛国心、国旗に込められているのですね。
地元のスーパーにも行きました!ホテルの近くにあったのでゆっくりのんびり見ることが出来たのですが、やっぱり面白いですね。
見たことのない野菜とか、精肉コーナーに並ぶ何処の部位だか想像できない肉とか、羊の頭まんまとか・・・・
トルコの人は買い物は家族で行うものらしく、(そしてまとめ買いをするものらしく)カートがとにかくでかい!ちょろちょろするからか小さな子供がカートの中に三人入れられてもまだまだ余裕。てかカートに入れちゃうんだ・・・・笑
そして晩酌用にビールを購入したのですが、どうせだったら呑んでないヤツ、て思ったのが駄目だった。
トルコで一番人気のあるビールは他の食事時に呑んでいたので、見たことのないトルコのビールを!て思ったのが間違いでした・・・・
美味しくなかった!!!!!!!!
けどトルコで一番人気のあるビール(エフェスビール)は美味しかったですよ!呑みやすい。少し甘め?ですが。
お土産のお菓子類も、スーパーのが安かったりするので、スーパーに行けそうなら他のところで買うのは我慢しておく方がいいですね。
日本では見ない、ヘーゼルナッツクリームの量り売りとかもあって(蛇口を捻るとにょろん、と出てくる・・・・)ドキドキしました。他にも量り売りは結構ありました。面白い。
トルコの人は親日家の方が多いので、結構日本語も通じたり。後は英語が通じるのでそこまで不便は感じませんでした。
後、値切り、はなかなか出来ないようです。
値切れないけど、数は増やせる。
4個で千円を800円にすることは出来ないけど、5個で千円にはしてくれる。不思議な国・・・・
体調を壊したり、大量のオタマジャクシに怯んだりしましたが、旅行自体は楽しかったです!
かなりの大人数のツアーだったのですが、皆さん団体旅行ベテランなのか素晴らしく協力的で楽しめました。
後、トルコに行く人は、結構色々な外国に行ってるみたいで「あの国に行った時は〜」みたいなお話も聞けて楽しかったです。
タイルの工房や、絨毯の工房も、ツアーでは必ず連れて行かれてげんなり、なポイントでありますが、話術が巧みで面白かったですね。
取り敢えず、次の旅行には正露丸とルルは持っていこうと思います!笑
ナザール・ボンジューというトルコで最もポピュラーな魔除けのお守りをお土産に購入しました。(トルコ土産定番(笑)良いことあれば良いな。
また行きたいです。
てか、パン食べたい〜(笑)
トルコ旅行記でした★