Judgment


「ラーハルトの仲間って、どんな人たちだったの?」

 

おやつのドーナツを頬張りながら投げかけられた主からの質問に、一瞬思考が停止する。

どんな、と言われても…

思い返していると、俺が応えるよりも早く隣で同じようにドーナツを頬張っていた魔法使いが。

 

「性格の悪いサディストな鳥と、人質を取る卑怯なトドだったぜ」と。

 

 

さて。

それをきっかけに普段はあまり考えないようにしている過去のことを、俺は久々に振り返る。

 

「傷だらけで動けない俺を人質にとって、ヒュンケルを脅したんだけどな。

 ラーハルトがズバッ!とやっつけてくれたわけよ!

 あの時から、あん中でこいつだけがちょっと違うなぁ、て思ってたんだよ」

 

「もう、ポップは調子いいなぁ」

 

呆れる様に、それでいて楽しそうに笑う主を眺めながら。

俺の思考は、あの時に戻る。

 

 

きっと、俺は同じことがあれば何度だって。

俺はきっと。繰り返すのだろう。

そう。俺はきっと繰り返す。

しかし。

 

 

「…卑怯…ねぇ」

 

 

聞こえない程度に呟いて。

目の前の。未だに『少年』と呼んで詮無い二人を交互に見遣る。

 

あれは卑怯だったのだろうか?

確かに、正々堂々ではないだろう。

しかしそれで言ったら、戦争なんて全て。卑怯なものではないのか。

 

あの状況で。

意識を取り戻せば、一番強いはずの俺もやられていて。

自分自身も、瀕死の状態で体の自由が効くはずもなく。

唯一、自分が出来る『戦力』を減らす方法が人質を取ることだったら。

同じく瀕死の魔法使いを、何も言わずに屠るのは簡単だっただろう。

しかしそれだったら俺を倒したはずのヒュンケルがバラン様の後を追いかけてしまう。

戦力を殺ぐこと、足止めをすること、勝利すること。

それを鑑みれば、あの状況で魔法使いを人質にすることでヒュンケルを殺すことが出来れば。

勿論、その後魔法使いも殺してしまえば。

少なくとも『竜騎衆』としての使命は全うすることになる。

竜の騎士の為に戦うという『竜騎衆』としての使命を果たす為には、その行為は決して間違ってはいない。

 

 

そう。

使命に忠実であれば。

間違っていたのは、俺の方。

裏切ったのは、俺。

 

卑怯だ、と言ってしまえば。

死角からガルダンディを急襲したヒュンケルだって卑怯だろう。

いきなり重力魔法でドラゴンを押し潰した魔法使いの行動だって卑怯だ、と捉えられるだろう。

 

 

俺の行動は戦士としては致命的な判断ミス。

しかしきっと。それでも俺は同じ状況ならば同じことをするだろう。

これは本来なら軍紀違反に相当するはずだけれど。

それでも。

それがどれだけ愚かしいことか自覚していながらも。

 

きっと俺は同じことをする。

 

 

 

ボラホーンの最期は、俺の裏切りによって幕を閉じたのだ。

 

 

それは、背負わなければならない。

 

 

 

「いい奴でしたよ。二人とも」

 

話の腰を折らないように。

二人の会話の合間に言葉を滑り込ませて。

 

「いい奴?

 おいおい、あれの何処がいい奴なんだよ」

 

魔法使いが喰ってかかるように。

確かにアレだけぼろぼろにされれば、恨みごとの一つもあるだろうけれど。

 

「いい奴らだったよ」

 

少なくとも。

今の主である少年より、長い時間一緒にいたのだ。

 

確かにガルダンディはやりすぎるトコロがあったけれど、それでも気のいい奴だったし。

そりゃあ、喧嘩もしたけれど。それでも上手くやっていた。

 

普通のツレと違うのは、俺達は『竜騎衆』で。

『竜騎衆』というのは竜の騎士に仕える兵士で。

竜の騎士の戦いは本来世界の危機と呼ばれるような過酷なものだから。

出兵したら、生きて帰れる保証がない、と。常日頃から意識していること。

戦場で仲間が死んだとしても、心を動かさないように。そうやって訓練してきたこと。

だから戦場で、俺達の誰かがくたばっても。

その躯を乗り越えて。

ただ、竜の騎士の為に。

竜の騎士の勝利の為に少しでも多くの敵の躯の山を築きあげること。

それが、俺達の使命。

 

だから、戦場でガルが死んだ時も動揺しなかった。

悲しむのなんて、後でだって出来るのだから。

惜しむのも。悲しむのも。怒るのも。

感情に支配されるのなんて、全て後で出来るのだから。

 

だからこそ。

俺が行った行動は『竜騎衆』としても『戦士』としても。

正しい行動ではないのだ。

 

 

「三人の中で、一番最低なのは俺ですよ」

 

 

それだけは、確実に言い切れる。

こうやって、生き返ってしまったことも。

ある意味『罰』なのかもしれない。

 

二人はきょとん、とした顔で俺を見て。

俺はそれに、自嘲にも似た笑みを返して。

 

きっと永劫、消えることのない罪悪感と後悔を噛み締める。

 

 

バラン様が御存命なら、この結果にどう言うだろう?

考えて、きっとあの方は許すだろう、と思った。

俺はそれだけ、あの人に愛されている。

ガルや、ボラを無駄死にさせてしまったとしても、許されてしまうほどに。

それは正直、裁かれないより辛いことで。

やはり、結局。

俺は後悔と罪悪感を抱いて生きていったのだろう。

 

 

「ラーハルトは仲間のことが好きだったんだね」

 

ディーノ様がそんな俺を見ながら。何処をどう捉えたのか解らないけれど、ぽつり、と。

この人は、何処までも真っ直ぐに。純粋に物事を捉えるから。

俺は時々、どう答えたらいいのか解らなくなる。

好きとか、嫌いとか。そんな関係ではなかった気がする。

オトモダチごっこをしていたわけではないし。

だが、嫌いなわけでもない。

それなりに気に入っていたのだ。

今のこの場所よりも、遥かに居心地の良い場所だったことは確かだ。

 

応えるのが面倒になって。

 

「そうかもしれませんね」と適当に言葉を繕って。

俺は、これでこのハナシは終わり、と席を立つ。

 

 

 

暫く。こっちを伺うようにしていた二人が、別の話題で盛り上がり始めたのを見計らって、紅茶のお代りを注ぎに行く。

そして、俺は再び。

過去を封印する。

 

今の俺には、バラン様のこと以外に過去に囚われる余裕はないから。

それだけでもう、いっぱいいっぱいだから。

 

いつか。

もう少し余裕が出来たら。

背負ってきた罪悪感を分解して刻みつけることも出来るだろうけど。

 

 

俺は目の前の穏やかな光景を視界に収めながら。

同僚が散った、戦場の荒涼とした大地を振り切った。

 

 

 

 

背景素材提供 Silver Birdcage