white promise

「じゃあ、行ってくる」

 

そう言って何時ものように外へと飛び出そうとする幼い主の背中を眺めながら。

昨日の晩、近くの川に仕掛けた罠の話をしていたから、きっとそれを引き上げに行くのだろう、と予測を立てて。

そして、ふ、とカレンダーを眺める。

 

「ちょっと待って下さい。ディーノ様」

 

呼び止めたのはほんの気まぐれ。

何処かで、差し出がましいような、そんな後ろ暗さを覚えながらも。

それでもあまりにも。この少年が変わらないのでつい。

 

「何?」

「今日は何日ですか?」

「えっと…二十日?」

「そうですね」

 

良く出来ました、と褒めると怪訝そうな顔で。

 

「俺、何か約束してたっけ?」

「いいえ。そうゆうわけでは」

 

応えるとますます怪訝そうに。

 

「地上では、24日はクリスマス・イヴというお祭りで、25日はクリスマスなんですよ」

「知ってるよ、それくらい。サンタさんが来るんだよね?」

「そうですね。いい子にしてたら来てくれますよ。ディーノ様はいい子なのできっと来てくれるでしょうね。

 ちゃんと生け捕りに出来るように罠を張りましょうね」

「え?」

 

子供の疑問は笑顔で相殺して。

 

「ちなみに25日は家族と過ごす日で、24日は大事な人と過ごすのが通例です」

「へぇ〜、そうなんだ」

 

頻りに感心する顔を眺めながら。

一応、俺なりに遠回しに攻めていたのだけれど面倒くさくなって。

 

「ということで、24日。ディーノ様はあの小娘と過ごしたりする予定はないんですか?」

 

そう。

俺がつい疑問を抱いて口を挟んでしまうが程に、あまりにも普通過ぎて。

それなりに贈り物なりなんなり用意する素振りもなく、こんな日までズルズルときてしまったから。

主の私生活に口を挟むような野暮はしたくはなかったが、それでも。

 

主はきょとんとした顔で。

 

「レオナ?」と小娘の名前を呼んで。

更に混乱したように、小首を傾げる。

 

「けどレオナは忙しそうだよ」

 

確かに。主が言う通り、あの小娘はまかりなりにもこの国の王で。

クリスマスは国主催のミサが盛大に開かれる。

勿論、王である小娘はそのミサの主催であるわけだから、それこそ猫の手を借りたいと思う程に忙しいとは思うのだが。

それでも。

ほんの僅かな時間でもいいから、一緒に過ごしたいと思ったりするのではないか、と。

無粋なりにも邪推してみた。

 

「一日中ミサで捕まってるわけじゃないでしょうし。

 それに忙しくて一日気が張ってるからこそ、身内や、気兼ねしないでいい相手が側にいてくれると安心するんじゃないですかね?

 王だとしても、国民の幸せの為ばかり願って自分の時間や、自分の幸せを僅かな時間も持っちゃいけないわけじゃないでしょう?

 支えておあげなさい」

 

言えば困ったように。

そして何度かもごもごと口を動かして。

 

「俺で支えになるかなぁ?」と。なんとも可愛らしい不安を口にするので、俺はそれを肯定してやる。

「貴方があの女に支えられている、と思う程度は、きっとあの小娘も貴方に支えられていると思ってますよ」

 

俺の言葉を何度か反芻して、そして幼い主はにっこりと。素直な少年そのままの純朴で可愛らしい笑顔を浮かべる。

「解った。後でレオナの所に行ってくる」

「そうですね。24日の予定を聞いてきたら良いですね」

父親と良く似た固い髪を撫でながら、俺は追加でお節介を焼くことにする。

 

「ちなみにディーノ様。クリスマスはプレゼントを交換したりするんですよ」

「え?プレゼント?」

「はい」

「今日捕まえた魚でもいいかなぁ」

「…多分ボッコボコにされますね」

「ええ?」

 

にっこりと。笑顔を崩すことなく応えれば、主は狼狽えるような顔をして。

そして少し考え込んで、その様子が簡単に想像出来たのだろう。がっくりと項垂れた。

 

「昼食が終わったら買い物でも行きましょうか。その時に何か良いモノがあるかどうか見てみましょう」

 

少なくとも一緒に買い物に行けば、変な物を購入しようとするのは阻止出来る。

それは必然的に小娘に主が責められることを防ぐことにも繋がるわけで。

 

「本当に?ありがとう、ラーハルト」

「どう致しまして。お役に立てれば幸いです」

 

笑顔を浮かべたまま。

俺は本当に女の趣味が良いとは言えない幼い主を少し哀れな気持ちで眺めた。

 

 

★☆★☆★☆★☆★

 

 

ミサ用の衣装の最終チェックということで、ほぼ完成したドレスを纏いながら、裾を詰めたりレースを増やしたり、と。

さっきから同じ体勢、姿勢のままずっと。

ドレスと言うものは結構な重量があるので、これは実に拷問に等しかったりする。

だけどこれは代役をつけることが叶うことじゃないし、嫌がらせの為にしてるわけじゃないのも解っているので。されるがまま。

 

「ドレープをもう少しつけましょうか?」

 

お針子の少女が言うのを、私が応える前に横にいるマリンが「そうね」と肯定して。

何やら専門用語を書きこんでいく。

 

折角用意してくれたお茶は、机の上で冷めてしまっている。

その机の上に、マアムが持ってきてくれた小さくて可愛いツリーが置いてある。

昨日寄ってくれた時に置いて行ったのだ。今日は教会で子供達と一緒にリースを作ると言っていた。

 

夜、自室から城下町を眺めると、夜景にクリスマスイルミネーションが追加されてキラキラと輝いている。

近くで見てみたいし、それこそ街に降りてクリスマスの空気を楽しみたいと思うけれど。

それは立場と時間が許さなかった。

自分の誕生日もそう。国を挙げてのお祭りになってしまう。

勿論、国民が自分を祝ってくれることは有難いけれど。

それでも、自分が大好きな友達や仲間と和気藹藹と。なんら気兼ねなく、そして素朴に祝いたいと思ってしまう。

きっとこれは贅沢な願いなのだとは解っているけれど。

 

それでも思ってしまう。

 

普通の女の子のように、クリスマスの日に大好きな人と手を繋いで、街に溢れるクリスマスイルミネーションの洪水の中歩く。

中央にある噴水広場に設置された巨大なクリスマスツリーを二人で眺めて、プレゼントを交換しあう。

誰の目を気にすることもなく。

二人だけで。

 

けどそれが叶わないことは承知していて。

そして、それを寂しいと思いながらも。それでも自分が国王であることを苦痛に感じたことはなくて。

自分はこの国の王で、国民の母であることに誇りを持っていて。

投げ出したいと思った事は一度たりともない。

だから、これは御伽噺に憧れるような、そんな些細な夢だと自覚していて。

 

それでも。

窓の外を眺めて。時々何かに紛れて聞こえてくるクリスマスソングや、ミサの練習で聞こえてくる讃美歌。

そして意識せずとも溢れるキラキラとしたクリスマス独特の高揚感や、イルミネーションを見ると。

ほんの少し、寂しいような感覚に陥るのだ。

 

みんな、この日は自分の大事な人と過ごす。

私も自分のことを大事だと思ってくれる国民の為に、ミサを捧げる。

勿論国民のことを愛しているし、大事だ。それは紛れもない。

だけどそれでも。

他のみんなと同じように。私も大事な人と過ごしたい、と思ってしまう。

 

「終わったら、小さなパーティしましょうね」

 

心を見透かしたように、マリンが言う。きっと本当に見透かされているのだろう。

私は襟元を手直しするお針子さんの邪魔にならないように、首を動かさないように気をつけながら

「折角のイヴなのに、過ごす恋人作りなさいよ〜」と憎まれ口を叩いた。

 

 

 

ドレスの手直しが完了して、やっと解放された頃には身体の筋が固まって、バキバキと音がしそうな状態になっていた。

腕をぶんぶんと振り回し、肩を稼働させながら自分の執務室に戻ると、そこには予想しなかったお客さんがいて。

 

「ダイ君。どうしたの?」

 

最近忙しかったので、定例になっていたおやつの時間の訪問も出来なくなっていた。

だから実に二週間ぶりくらい、会っていなかったのだけど。

 

「あ、レオナ。ごめんね。忙しい?」

「忙しいけど大丈夫よ」

 

仔犬のように走り寄ってくる少年が、心配そうな顔をする。

その顔を見るだけで、自分が想われている気がして元気が出てくる。

心配をかけることは心苦しいけど、心配してくれることはとても嬉しい。

 

「あのね。ラーハルトがね…24日は大事な人と過ごす日だって教えてくれたんだ。だからレオナと過ごしなさいって」

「にぃにぃが?」

 

ちょっと意外だったけれど。

そして「過ごしなさい」と言われたから、という理由は少し微妙ではあったけれど。

それでも、その提案はとても嬉しくて。

 

「レオナが24日はとても忙しいの解ってるんだけど、俺来てもいいかなぁ?」

「勿論よ。私がダイ君が来てくれるのを拒むわけないじゃない。とても嬉しいわ」

 

私の返事に満足したように。ダイ君は私を安心させる笑顔を浮かべて「良かった」と小さく零す。

それを拾って、私も「良かった」と応えた。

 

「ミサは18時には全部終わるから。晩御飯一緒に食べましょう」

「うん」

 

ダイ君の手を掴んで、小指を絡める。

 

「約束ね」

「約束だね」

 

私達はまるで悪戯を思い付いた子供のように、ふふ、と笑いあって。

そして名残惜しみながら小指を解く。

 

解けた余韻を楽しむ間もなく、次の予定の為に呼ぶ声が聞こえて。

肩を竦めて、「本当にやんなっちゃうわ」と零せば、ダイ君は楽しそうに「頑張ってるレオナはカッコイイよ」と言ってくれるから。

そんな風に言われたら頑張るしかないじゃない。

本気に聞こえない程度の愚痴を零して、私は仕事に向かう。

背中に、暖かな、まるで見守られているようなそんな力強いダイ君の視線を感じながら。

 

 

★☆★☆★☆★☆★

 

 

「あれ?ダイ」

 

レオナと交代で入ってきたヒュンケルが、驚いたような顔をしてこっちを見ている。

 

「姫に用事か?」

「うん。だけどもう済んだんだ」

「そうか」

 

ヒュンケルもかなり忙しいのだろう。

何処となく、疲労度が煤けて見える。

 

「ヒュンケルはクリスマス、マアムと過ごすの?」

「ミサの警護が済んだらな」

 

想像するだけで疲れるのか、言った途端溜息をひとつ。

だけどそれでもきっと、マアムと過ごすことが楽しみなことは伝わってくる。

 

手に持っていた書類を、机の上に置いて。解る様にメモを添えてから。

ヒュンケルは顔をあげて「ダイも一緒に過ごすか?」と声をかけてきてくれる。

つい「うん」と応えそうになって。

だけど何となく、応えちゃいけないような気がして。

「ううん、レオナと約束してるんだ」と応えていた。

ヒュンケルは少し驚いたような顔になったけど、直ぐに穏やかな笑顔になって「そうか」と頷いた。

 

そして用事は済んだ、と執務室から出て行こうとしたから。

とりあえず、俺は抱いていた疑問をぶつけることにする。

 

「あ!ヒュンケル。待って」

「どうした?」

「あのさ。クリスマスってサンタさんがやってくるんでしょ?」

「ああ、いい子にしてたらな」

「うん…でね、サンタさんって生け捕りにするの?」

「…サンタを…生け捕り?」

「うん。生け捕りにしましょうね、てラーハルトが」

 

「……ダイ。兄ちゃんの話は話半分以下で聞け」

 

一気に疲労度が増したように、滲みだしていた疲労の色を濃くして。ヒュンケルは絞り出す様にそれだけ言って、出て行ってしまった。

 

結局、生け捕りにするのかしないのか、よく解らないまま。

…ポップにでも聞こう、と心に決めて。

俺も邪魔にならないように、帰ることにした。

 

 

★☆★☆★☆★☆★

 

 

祭壇から眺めるキャンドルの無数の灯りや、少年の唄うボーイソプラノの美しい音色。

眼下から自分を見上げている沢山の国民の慈愛と信頼と愛情に満ちた視線や、そんな物に魅了されながら。

自分が王であることに、感謝や幸せで胸をいっぱいにして。

厳粛で盛大な国家ミサは終了した。

法王庁より出席して下さった大僧正様や、他の神官様に挨拶をして私は自室へと戻る。

予定より、少し押してしまったから。

もうダイ君は待ってくれているかもしれない。

 

そう考えると、足が自然と早足になる。

途中、ヒュンケルとすれ違った。

彼も今日の警護で大変だったと思う。きっと、まだ暫くは人がごった返しているため帰ることは出来ないと思うけれど。

ちょっとマアムには申し訳ないことをしてるわね、と内心謝罪しながら。

擦れ違いざまに、目でサインを送れば目礼を一度返して。

そして珍しく、とても穏やかな笑顔を見せた。

 

これから後のマアムとのことがあるからかしら?

それともコレもクリスマスマジックなのかしら?

 

立ち止まって問い質したい欲求に駆られるけれど、それをぐっと我慢して。

今日は朝からずっとつけているコルセットが、もう限界に近い。

とっとと脱いで、楽な格好に着換えて、ダイ君のところに行かなきゃ。

 

 

部屋の前にはエイミが待っててくれて、私が辿りついたと同時にドアを開けてくれる。

擦れ違いざまに「綺麗でしたよ、お疲れ様です」と声をかけて。

にっこりと、笑ってくれた。

 

彼女もマリンも本当に綺麗なのに。一体どうして一人身なのかしら??

世の中の男っておかしいわ!と憤慨しつつも中に入って。

そして開け放たれたテラスの手すりに背中を預けて、こっちを見ているダイ君と目があった。

執務室で待ってるかと思ってたから一瞬吃驚して、立ち止まる。

だけどダイ君がとても優しい顔で笑ってたから。

 

「ゴメン、すぐ準備するからね」

「別にそのままでもいいよ?綺麗だし」

 

さっきエイミにも、それこそ今日会ったどの人にも沢山『綺麗』と言って貰えたけど。

それでも、ダイ君に言って貰えたことは特別で。

私は調子に乗って、その場で一回くるりと回って見せる。

 

「可愛い?可愛い?」

「うん。可愛いよ。まるで…」

「モンスターに例えようとしてるなら言わないでね」

 

笑顔で言うと、黙られた。

ダイ君のこうゆう所は本当に変わらない。

ボキャブラリーというか、例えが貧困、いや、ちょっと斜め方向に傾いてるんだわ。

 

「例えるならお花とか、星とか、そうゆう誰が見ても綺麗なものにして」

「ええ?メタルスライムとか、誰が見ても綺麗だよ?」

「お黙りなさい」

 

ぴしゃりと。

折角嬉しい気分が萎んじゃうじゃない。

それでも嬉しくて、楽しくて。

私はダイ君のいるテラスの方に進んで、そのままテラスから眼下を見下ろす。

一望できる城下町は、無数の灯りに煌めいて。

その明かりひとつひとつに私の愛する国民たちがいて、そこで生きている。

私につられるように、ダイ君も視線を眼下に動かして。

そして「綺麗だね」と呟いた。

 

「この灯りひとつひとつがこの国の国民たち。そして貴方が救った人たちよ」

 

そう。あの戦いで、彼が勝利を収めることが出来なかったらこの灯りは存在しなかったのだ。

だから、この光それぞれが彼が果たした結果。成果だと言える。

 

「みんなで戦ったんだ。みんなで守ったんだよ」

 

ダイ君はいつものように、自分の成果を自慢することも鼻にかけることもなく、噛み締めるように言う。

その決して驕らないところが愛しくて。

私は横に並んでいる彼の肩に頭を乗せた。

髪留めが邪魔で。結果、歪んでぐちゃぐちゃになっちゃうことも解っていたけれど。

ソレでも今、こうしていたかった。

ダイ君は何も言わずにそのままにしてくれる。

もしかしたら、髪留めが肩や頬に当たって痛いかもしれないけど。それに文句を言ったり、払ったりしない。

そうゆうところも大好きだわ。

 

「これからも、この灯りを護るために。ずっと側で手伝ってくれる?」

「当たり前じゃないか」

 

にっこりと。屈託なく笑う笑顔。

実はちょっぴりプロポーズだったんだけど、ダイ君は理解出来なかったみたい。

だけど、いいわ。

ずっと側で手伝って、という願いに『当たり前』と応えてもらえるのって素敵だから。

 

私は名残惜しく肩から頭を持ち上げて、そしてもう一度眼下を見下ろしてから。

「じゃあ着替えてくるわ。退屈だったら、外にエイミもいるし、入って貰って相手しててちょーだい」

「別にそのままでもいいのに」

「このままだったら、ウエスト苦しくてご飯食べられないのよ」

「そっか。それは大変だね」

まじまじと、私の腰を見て。

「女の子って大変だね」と零すから。大仰な程に頷いて「女の子は大変なのよ」と同意を返しておく。

 

大変なんだから、大事にして。

大変なんだから、少しくらいの我儘をきいて。

大変なんだから、ずっとずっと側にいて。

 

口にしたら、きっと全部了解してくれる気がする。

これもクリスマスマジックかしら?

 

 

自室を突っ切って、寝室の向こう、クロークを開くと着替え準備を整えた女中が待ってくれている。

 

「姫様、ご機嫌ですね」

 

その女中が、顔を綻ばせて言ってくれたから。

きっと私はとても幸せそうな顔をしていたのだろう。

 

「ええ。ご機嫌よ。だって今日はクリスマスイヴだもの」

 

そう。

今日はクリスマスイヴ。

きっと誰もが優しく、素敵な一日を送ることが出来る日なんだわ。

こんな日に、ご機嫌にならなくて一体いつご機嫌になるって言うの?

 

さぁ、早く準備しなくちゃ。

乙女ですもの。

準備に思いっきり時間をかけて焦らすのもいいけど。

それでもやっぱり、すぐにでも会いたいから。

 

女中が呆れる程に急かして、急かして。

着ていたドレスを脱ぎ棄てて。

 

きっとこんな風に。

女の子は大人へと脱皮していくんだわ、と。

私は一人、ほくそ笑んだ。

 

 

 



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