さくらゆき



「うぉ、すっげ!」

 

伐の声に顔を上げると。

窓の外は雪が降っていた。

 

伐は立ちあがって、更に遠くを眺めている。

それに倣って横に並ぶと、河川敷の桜が見えた。

 

「雪と桜が一緒に咲いてる」

 

眼下に散るのが雪なのか、花弁なのか。この距離では判別出来ない。

目の前に展開する現象は、お世辞抜きで幻想的だった。

 

しかし。

 

「伐、これってあんまり珍しい現象じゃないんだよ?

 確かに東京とかじゃあ珍しいかもしれないけど、青森とかだったらよく起こる」

 

「え?そうなん??」

 

振り返った伐の顔には、素直なまでの『吃驚』が張り付いたままで。

窓の外と、僕とを交互に眺めてから。

 

「でも、不思議で綺麗だな」と。

伐にしては素直すぎる意見を落とした。

 

「確かにね」

 

寒いのは大嫌いなので、雪が降るような窓辺には近づきたくないけれど。

伐が容赦なくテラスへのドアを開けてしまったから。部屋に冷たい空気が流れ込んでくる。

 

「おお、やっぱすっげ!」

 

テラスに出て、伐は再び感嘆の声を上げるが。

とりあえず、そのドアを閉めて僕はエアコンの前に移動する。

 

「恭ちゃん!外行こうぜ!!」

 

折角閉めたドアを、またすぐに開けて、伐がまるで犬のように嬉しそうに笑うのを。

「絶対、イヤ」と断って。

 

寒いのが嫌いなのを知っていながらどうしてそんな仕打ちをしようとするのか、全く以て理解出来ない。

本当にこいつは親友なのだろうか?

 

しかし、そんな僕の疑問もどこ吹く風。

伐は僕の部屋に勝手に入って、ダウンコートとマフラーと耳あてを物色。

そして、こっちにポイポイ投げて寄越してきた。

 

「ほらほら、恭ちゃん。とっとと着る」

 

選択肢はなかったらしい。

 

投げられたソレを見つめて、溜息。

 

「伐、最近ひなに似てきたんじゃない?」

 

押しが強い所とか。

ぶつぶつ文句を言うけれど、全く聞く耳を持ってない伐は着てきた薄手のジャケットを羽織って「早くしろよ!」と理不尽に。

 

雪が降ってるのに、そんな薄手のジャケットで大丈夫なのかしら。全く。

 

目をキラキラさせて外を見ている親友に、余計なお世話の心配をひとつ。

しかし考えれば、冬の間も大して変わらない格好だった。

きっと温度を体感するセンサーが狂っているのだろう。

きっとそうだ。

 

思い返せば、兄も寒いのが平気だった(というより、あの人は寒さを愛している)。

おかしい。

絶対に人としておかしい。

いや、生き物としておかしい。

 

まぁ、その分暑さには滅法弱いのだけど。(しかしそれを認めるような人じゃないから何処までも強がる)

 

「恭ちゃん、文句言ってないで。ホラ、行くぞ?」

 

文句くらい言わせてくれてもいいのに。

 

 

 

河川敷の桜の側まで来ると、モノ好きは意外に多いらしく結構な人が花雪見と洒落こんでいた。

頭上に散る桜と一緒に、それより遥かに高い位置から雪が舞い散る。

知らず手を伸ばし、掌に落ちる雪は体温によって儚く溶けて。同じように掌に落ちる花弁は、重さなど感じさせないが、勿論溶けもせずそこにある。

 

桜が溶ければピンク色の水になるのだろうか?

それとも乳白色?

または雪と同じように無色透明なのだろうか?

 

そんなどうでもいい思考に囚われてしまう程に、目の前に広がってる光景は現実味を帯びていなかった。

 

しかし、その現実味を伴わない景色に既視感を覚える。

そして、昔母から聞いた話を思い出した。

 

「そう言えばさ…僕達が生まれた日もこんなんだったらしいよ」

「んあ?」

 

横を歩く伐が視線を桜から動かすことなく返事を返す。

 

「僕達が生まれた日も、こんな風に桜と雪が同時に咲いてたんだってさ」

 

 

だから、兄は冬に愛されていて。

僕は春に愛されているのだ、と思う。

 

伐は視線を桜から雪に移動させ、そしてゆっくりと僕を見て、記憶の中の兄を想い浮かべたのだろう、何処か遠くを見た。

 

そしてポツリ、と。

 

「…ああ、そんな感じがする」と同意を返して。

 

再び、空を見上げる。

 

 

兄はまさに『冬』のような人で。

その色素のなさもさることながら、痛みすら覚えるような厳しい寒さや。

視界全てを一色に覆い尽くす雪のような傲慢さ。

氷の持つ、生きとし生けるもの総てを拒むような冷たさを持ちながら。

 

それでもそこに君臨する姿は何処までも美しく。

孤高で、惹かれずにはおられない。

 

醜い物も、汚らしい物も、その雪の下に隠して。

平等に、世界に秩序を与える。

 

それはまさに、『兄』そのものだ。

 

 

そして僕は、『春』なのだ。

厳しく、冷たく、全てを拒み続けた雪を氷を溶かし。

覆い隠された醜い物を晒しながらも、立ち上がり。

芽吹き、吸収して、緑で覆い尽くす。

 

それこそ、冬にも負けないくらい傲慢に。

 

それは冬の雪解けがなければ起こせない奇跡でありながら。

さも、自力のように。

 

僕は孤高とは程遠い存在で。

多くの生命を略取しながら生きるのだ。

 

 

 

「けど、俺も一月生まれッすよ。恭ちゃん」

「…伐って…初夏とかっぽいよね」

 

しかし、伐は寒さには強い。

今もそこまで寒そうではないし。

 

「俺も冬に愛されちゃってる系?」

「系って何?」

 

突っ込みながら。

二人笑って。

 

僕達は雪と桜の舞い散る中を歩く。

 

足元を見れば、散った桜の花弁が落ちている。

雪は積もるような降り方ではないので、地面に着くと同時に姿を水へと変える。

溶けて水になった雪は、桜を地面に貼り付けて。

そして踏まれた桜は泥に塗れる。

 

雪と桜。

この二つが美しいまま共存することは出来ないのだろうか?

 

冬と春が、同じ場所で共存することは出来ないのだろうか?

 

僕と兄が、穏やかに共存することは出来ないのだろうか?

 

 

「なんか、降り方、きつくなってきてねぇ?」

 

俯いて、地面を見ていた僕と裏腹に空を見上げていた伐が言う。

顔を上げれば、確かに先程より幾分か雪は降る勢いを増しているように思えた。

 

「もしかしたら、積もるかもな」

 

こんな時期に雪が積もる?

降ることは珍しくないが、積もるとなれば話は別だ。

それは異常気象に他ならない。

 

しかし確かに。

降ってきている雪の粒も大きくなってきている。

 

「…積もるかもね」

 

先程考えた。

桜と雪が共存する瞬間。

 

それは確かに異常気象なのだけど。

 

異常であろうとなんだろうと、不可能でないのなら。

それならば僕は。

 

春に愛された者として、何処までも。泥まみれになろうとも、足掻くだろう。

 

 

 

「伐…このまま積もったら、僕明日学校休むから」

「お前はハメハメハ大王か!!」

「だって寒すぎる…」

「どんだけだ!」

 

 

僕達は笑いあいながら。

奇跡の中をゆっくりと歩く。

 

 

少なくとも。

外気温に比べれば、僕等の未来は暖かいハズ。

 

きっと。だから。

 

 

僕は笑いながら。

来るべき未来を足掻ききろうと誓った。

 

 

 

 

 

背景素材提供 妙の宴 様