(エピローグ1)
「ただいま」
そっと扉を開ける。
こないだのことがあったので、少し。気恥かしいような、微妙な感じ。
だけどラーハルトはこれっぽっちも気にしてない様に、いつも通り「お帰りなさいませ」と出迎えてくれる。
「レオナからチョコレート、貰ったよ」
「ディーノ様。それは厳密に言えばチョコレートではありません。
それはチョコレートもどき、もしくは甘くて黒い物体です。それをチョコレートと明記すれば世の中のチョコレートが咽び泣く結果となりましょう」
はぁ嘆かわしい、と首を振って。
ラーハルトは取り上げる様にコートを奪って、それをコートハンガーにかける。
「うん。そうなのかもしれない。だけど俺にとっては凄く美味しいチョコレートだよ」
正直に。そう思う。
どんな既製品よりも、美味しいと思った。
厳しく見れば、チョコレートと呼ぶには失敗してるのかもしれないけど。そんなこと関係なく。
「レオナが作ってくれたのが、一番嬉しい」
言うと、ラーハルトは困ったような顔をして。そして苦笑したまま。
「そりゃそうでしょう」と。
意外にもあっさりと認められて、何か言われると思ってた分、不意をつかれてきょとんと。
「誰かの為に作られた菓子は、それだけでその相手にとって一番の価値のあるもんなんですよ」と。
ラーハルトは手造りの本質をさらりと語る。
その言葉はすとんと。腑に落ちたような。答えを教えて貰ったような気持ちになる言葉で。
「そっか」と何度か呟いて。
そしてそんな様を優しい視線で眺めてるラーハルトに気が付いて。
「こないだはゴメンね」と謝る。
「深く深く反省していただきたい」
きっぱりと。それでも笑みを讃えながら言い放たれて。その笑みに釣られて笑いながら、背中を追ってリビングまで歩いた。
(エピローグ2)
「兄ちゃん、子守お疲れさん」
「てめぇも子供の一人じゃ」
ひらひらと。子供が寝静まるくらいの時間にやってきたヒュンケルは手を振りながら。
勧めてもいないのに勝手に着席して、そして机の上にあきらかに『ソレ』とわかる箱を置く。
「これ、マアムから兄ちゃんに」
一瞥して。首を振る。
「もう要らない」
馴染みの女達からも充分受け取った。
暫くチョコレートには不便しない量が、既に備蓄されている。コレ以上あっても、困るだけだ。
それに多分に、手造りだ。日持ちのしない物は正直、困る。
「捨ててもいいなら受け取るが、棄てられたくないなら適当になんとかしてくれ」
察しろ、と。顎で指し示す其処に置かれた、結構な量の包みを見て。ヒュンケルは苦笑を零す。
「それに今年は小娘の失敗作も大量にあるしな…」
勿論これは溶かして、作り直して、食べられる物に変えるつもりだが。
「ああ、姫からもいただいたよ。ちょっと甘かったけど旨かった。兄ちゃんが教えたんだろう?」
「俺が教えたとか言いふらすなよ?あんな出来の悪いモノ、俺が教えたと思われたら心外過ぎて死にそうになる」
その言い方にヒュンケルは笑みを零して。
仕方がない、と言いながらマアムが作った包みは引っ込める。
「ちなみにこっちはマアムからダイへのチョコレートなんだけど…」
「ディーノ様は、小娘から貰った大量のチョコレートで胸やけ気味だよ」
そう言って。視線の先には少女がダイに贈ったチョコレートの箱が置いてある。
結構な大きさ+中にパンパンに詰まっていたチョコレートは既に半分程になっていた。
「これはこれは…大作だな」
「想いを詰め込んだらこの量になったってぬかしてたが、多分実際は勿体ないとでも思ったんだろうよ」
眺め、苦笑して。
なんだかんだ言って、ここ一週間ばかり。子供達に振り回されぱなしだ。
「俺、ディーノ様にやきもちを焼かれて疑われたんだ。マジでショックだろ?」
「ダイがやきもち?意外だな…」
少し驚いた顔をした後、ヒュンケルはすぐに穏やかな顔に戻って微笑む。
「気付かないうちにどんどん大きくなって、すぐ大人になっちまうんだろうな」
「何?それ。親父くさっ」
ラーハルトの酷い言い草に苦笑しながら、もうひとつ。持ってきたワインを机に置いて。
「ちなみにこれはバレンタイン関係なく、職場での貰いモノなんだけどな。お裾わけだ」
瓶を持ち上げてラベルを確認し。「いい趣味だ」と一言零してにやり、と笑う。
「望むなら、いい女と飲みたいね」
「ああ、同感だ。だから俺はさっさと帰るよ。マアムも待ってるしな」
「はぁ?じゃあお前なんで来たんだよ?」
「だからマアムからのチョコを渡しに」
「…っは。うぜぇ」
「そう言うな。幸せのお裾わけだよ」
「そうゆうのは今年は当てられ過ぎる程貰ったからいらん」
言いながら。立ち上がるヒュンケルを見送る顔は、何時もの笑みで。
しっしと手を振って、退散する背中を見送る。
全く以て、今年はこんなんばかりだ、と一人ごちて。
貰ったワインのコルクを抜いて、面倒くさいのでそこにあったグラスに注ぐ。
持って帰れと言ったチョコレートがそのままこっそりと机に残されていることに気が付いて。しかも主の分とふたつ。ちゃんと。
しょうがないので、封を解き。ワインのあてに一つ摘まむ。
「あーあー。甘ったるいねぇ」
誰に言うでもなく呟いて。椅子に凭れながら天井を仰ぎ見る。
全く以て。こんなことが続くようなら、胸やけするぜ。
(エピソード3)
こっそり。三つだけ、ハンカチに包んで。ベッドの中に持ってきた。
レオナから貰ったチョコレート。
寝る前に大分食べたから、お腹はいっぱいだし。それでもなんとなく。こっそり持ってきてしまった。
ベッドの中で食べたことが解ったらきっとラーハルトは怒るだろうけど。
そう思いながら、ココアパウダーが落ちないように気をつけて。一個口に入れる。
市販のものに比べたら、確かに少しザラザラしてるけど。それでも充分美味しいチョコレートだ。
目を閉じれば、レオナの嬉しそうな顔が思い浮かぶ。
つい、ふふ、と笑ってしまった。
今振り返れば、物凄いカッコ悪いことをしたと思うけど。
無かったことには出来ないし。きっとレオナのことだから、これから何かある度にこの事を持ち出してきたりするだろう。
それを思えば重い気分にもなるけれど、それでも彼女の笑顔と天秤にかければ。そんなの気にもならない。
帰り道、手を繋いで気が付いた。
レオナの手のひらの絆創膏。
指摘すれば、チョコレートを包丁でずっと削ってるとマメが出来たとのことで。
そんなにも頑張ってくれたんだ、と嬉しいながらに申し訳なくて。
だけどそれを見せる彼女の表情は誇らしくて。
『頑張ったでしょ?』と。にっこりと。
だからこっちまで。嬉しくなって。誇らしくなって。
『頑張ったね』と何度も何度も。
その結晶が、今口の中にあるチョコレート。
とても甘くて。
甘くて、甘くて、甘くて。時々ザラリ。
虫歯になるかも、と思いながらも、もうひとつ口に放り込んで。
余韻に浸る。
§§§§§§§§§§§§
「おはよう、ラーハルト」
「おはようございます、ディーノ様」
朝。朝食の準備をスピーディにこなすラーハルトの背中に呼びかけると、肩越しに振り返って笑顔を見せる。
「机の上に、ピンクからのチョコレートがありますよ」
「これ?うわぁ。後で御礼言いに行こう」
レオナのチョコレートの箱の横に、ちょこんと置いてあるソレは。薄ピンク色の袋に入った、なんとなくマアムを連想するチョコレート。
中を覗いてると「先に朝ご飯にしましょうね」と声をかけられて。
素直に「はぁい」と返事を返す。
目の前に、順序良く朝食が並べられていくのを目で追って(運ぶことを手伝おうとしたが、毎回ぴしゃりと断られるので最近はおとなしく座って待つようになった)相変わらず美味しそうなご飯に、幸せな気分になる。
その幸せ気分に背中を押されるようにして。
提案を。
「ねぇ、ラーハルト。お願いがあるんだけど」
言った瞬間、ラーハルトの表情が一瞬だけイヤそうな顔になったけど。
すぐにいつも通り、にっこりと笑顔になって。
「なんですか?」
「あのね…」
「ホワイトデーにお返しがしたいから、俺にお菓子作りを教えて欲しいんだけど…」
今度こそ。
イヤそうな顔をこれっぽっちも隠すことなく。
ラーハルトは盛大に溜息をついた。
まだまだ。子守は続きそうである。
special thank's 『7777』hit!!
あんず様、大変お待たせして申し訳ありませんでした;;
リクエストはダイ×レオ+ラーハルト。出来栄えは…ラーハルト…ですね…(遠い目)
精進します…。けど思ってた以上にダイ×レオが書きやすいかも、と思いました。またチャレンジします★
楽しいリクエスト、ありがとうございました★
背景素材提供 macherie 様