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01 ひっそりと距離を置く
好意は時に仇となる。
有難いとは思っても、それ以上の感情は抱けない。
そんな風に言ってしまえばそれは傍から見れば酷い発言なのかもしれないが。それでも。
刺客として来た彼女がどうゆう経緯で自分に好意を抱くようになったのかは定かではない。
それこそ、語り尽くされたように溢れかえる恋愛文学曰く、そういったものは突然陥るもので意図など出来ないのかもしれない。
しかし、そう思えば。
自分が殺す命を受けた人間に心奪われるなど。
それこそ、何処かの夢見がちな女子供が好みそうな。それこそ語り尽くされた感のある事象ではあるだろうけれど。
まるで呪いのようだ。
その印象は、案外的外れではないだろう。
自分の意図しないところで、自分の心が何者かに縛られる。
それはある意味、呪いと称しても間違いではないのではないか。
そう、それは洗脳され、父の支配下に置かれる自らと同じように。
忌野雹は、自分の前でまるで陶磁器のような白い頬を桜色に染める、霧嶋ゆりかを眺めながらぼんやりとそんなことを考えていた。
何故?と聞いてみれば、なんと答えるだろう?
それは純粋で、それでいて若干の悪意の籠った好奇心。
己が問いていい問題ではない気がする。
しかし、この感情が彼女の為にも自分の為にも良い結果を齎す未来等想像出来ず。
抹消対象に懸想する、など。忌野であれば、それこそ排除対象だ。
役に立たなければ、切り捨てられる。
忌野という、裏社会上位の家でもそうなのだ。
霧嶋などという小さな。それこそいくらでも替えの効くような家の者。進退を鑑みれば、その感情は封印し排除し忘却するべきものだ。
しかしそれでも。
きっと彼女は変わらないのだろう。
それは芸術家たる故か。
それとも女故か。
どちらにしろ、自分には理解出来ない範疇のものだ。
そもそも。
私は、私という生き物に好意を持つことが出来る者を理解など出来ない。
しかしそれでも。
他人の好意は甘美だ。
それは確かで。
どこまでも浅ましい。
だから。
こんな風に。
彼女の気持ちを。
封印しろ、とも。
排除しろ、とも。
忘却しろ、とも。
言えないでいるのだ。
「卑怯者のソレだな、これは…」
私の呟きを不思議そうに、その大きな黒い瞳で見つめて。
彼女は小動物のように、可愛らしく小首を傾げて見せる。
私が、彼女に何か応えてやれることはない。
どれだけ献身的に尽くしてくれるようなことになっても。
どれだけ私の為に危ない橋を渡ることになっても。
私が彼女に応えてやれることは、何もない。
彼女が呪いに捉われているとすれば、それは私とて同義。
私の呪いは血と家と父。
消すことなど不可能な。
解除することなど不可能な。
そんな煉獄。
「…もっと卑怯になれば良いんですよ。忌野さん」
落とされた言葉は。
本質の真ん中を貫いて。
落ちてひしゃげた。
見遣れば、先程と変わらず。
愛らしい顔で微笑む少女。
しかし、その表情は何処か艶然として。
意識せず。
息を飲む。
彼女は自分の未来を解っている。
自分の呪いが何も生み出さないことを解っている。
それでも尚、その呪いに身を窶すのは。
女故か。
それとも芸術家のそれか。
「酷なことを仰られる」
「痛みですら…糧ですわ」
彼女の笑みは妖艶で。
そして目を奪われる程に美しいものではあったが。
美しすぎれば、畏怖を覚える。
未練を覚えながらも目を反らし。
私は小さく息を吐き出した。
目の前にあるのは、きっと境界線。
ラインを越えて、卑怯を貫き、彼女の好意に甘えて、呪われる。
どっちつかずの真意を明かすことなく、このままズルズルと。
彼女が作り出す甘い毒を摂取して酔う。
純粋なまでの好意は、確かに日常に荒んだ神経を癒す効果は高いが。
それでも。
それでも、そのラインを越えることは。
「…どちらにしろ…酷で卑怯には変わるまい」
ラインを越えることなく、このまま彼女から逃げるとしても。
どちらにしろきっと。
私は自分の真意を明かすことはないだろうし、毒に酔うつもりもない。
そして私は、彼女に悟られることなく。
そっと。
そっと。
ひっそりと距離を置く。
背景素材提供 戦場に猫 様