春の夜は穏やかに

 

 

「なぁ、呑みに行かねぇ?」

ヒュンケルの執務室から出た所を待ちかまえていた魔法使いの第一声はそれだった。

俺の反応は、一瞬ぽかん、と。

呑みに行こうと誘われる程、何時の間に親しくなったんだっけか?と記憶を探る。

しかし記憶を探っても、これと言ったモノが浮かんでこず。無意識に怪訝な顔になりながら。

「なんで?」と。とりあえず単刀直入に聞くことにした。

魔法使いは一瞬たじろいで「いや、別にダイのこととか話たいこともあるし」と。言葉を濁したので。

理由はどうであれ、主の名前を出されたら無碍には断れないので仕方なしに承諾して。

背後の扉を指さした。

「アレも一緒に?」

前回、呑んだときにはヒュンも一緒だったから。だから、という理由で特に深い意味はなかったのだけど。

魔法使いがその瞬間酷く慌てて「いや、あいつはいいんだ」と制したので。

 

 

 

呼ぶことにした。

だってそっちの方が面白そうだったから。

 

 

 

夜。

店に入ってきた魔法使いが俺の横のヒュンを見ての第一声は「なんでいるんだよ?」だったのだが。

ヒュンからすれば、俺が誘ったのであり、魔法使いにそんな風に言われるいわれはないので、ほんの少し憮然とした顔で俺を見た。

理由を説明する気もないし、面倒くさいので、俺は一度だけ肩を竦めて。

「ま、いいんじゃね?」

にっこりと。何時もの様に笑って見せる。

 

露骨に嫌そうな顔をして、ヒュンから距離を取る様に俺の横に座った魔法使いは、口の中でぶつぶつと文句を繰り返しながら。

俺とヒュンが飲んでるのを見て、通りかかったウェイトレスに「同じもの」と注文をした。

俺達が飲んでいる酒は決して軽い物ではないので、その瞬間ヒュンケルが「薄めに」と注意を入れる。

しかしそれが魔法使いの機嫌を損ねさせないわけがなく、いつものように結局憎まれ口の叩きあいが始まる。

 

暫く、糞生意気な弟と、兄貴風を吹かす賺した嫌な糞餓鬼の応酬を見ていたが、飽きたので。

酒が運ばれてきたと同時に。

「で、結局俺になんの用?ディーノ様の話が本題じゃあないんだろ?」と軌道修正したら。

話を全然聞いてなかったヒュンケルは「兄ちゃんに何か用だったのか?珍しいな」と。意外だ、と。その顔にはっきりと表して。

同時に好奇心と、自分ではなく俺に相談(?)を持ち込んだことへの複雑さを滲ませて、俺と魔法使いを交互に見遣った。

魔法使いは準備が出来てなかったのだろう。

わたわたと、意味不明な動きをしてから。

落ち着かせるために、運ばれてきた酒を飲んだ。

「濃っ!」

「だから薄めに、て言っただろう?」

「多分、それ大分薄いぞ?」

慌てて水を飲む魔法使いを眺めながら、ヒュンケルは溜息を。俺は自分の酒を飲みながらそれぞれ突っ込む。

 

魔法使いが落ち着いてきたのを確認して、ヒュンケルが。

「で、兄ちゃんに何の用なんだ?何か相談ごとか?」

「お前には関係ねぇよ」

 

おや、クリーンヒット。

流石に。ポーカーフェイスでは隠しきれない動揺がこっちに伝わってきて。

 

笑える。

 

しかし当の魔法使いは他人に構ってられる状態じゃないらしく、必死で。

言葉を探す様に。

そして、ちらちらと周囲を伺って。

俺を人差し指で、くいっと。こっちに来い、と合図する。

顔を近づけてやれば、更にくいっと。

耳を貸せ、ということらしいが。

「男と耳打ちで会話する趣味はない」

気持ちが悪い、ときっぱり断って。

相手が幼い子供ならまだしも、なんで酒場で男と耳打ちしなければならんのか。意味が解らん。

それに俺の耳は人間のものに比べて、かなり敏感な作りになっている。

言いかえれば弱点でもある。

だから容易に、他人にそれを晒したいとは思わない。

 

「…席を外そうか?」

空気を(珍しく!!!)読んだヒュンが言葉を。

それに魔法使いは弾かれたように顔をあげて、「ああ、助かる!」と満面の笑みで。

 

余程、ヒュンに聞かれたくないことだったんだな………

 

クリーンヒットの後の容赦のない追撃に、流石にちょっと可哀想になりながらも。

フォローの言葉が思い付かないし、面倒くさいので。

形だけ「悪いな」とだけ言って。

その寂しげで、若干ふらついているように見える背中(大爆笑)を見送った。

 

 

 

「で、何よ?」

ヒュンがカウンターに座ったのを見届けてから、魔法使いに向き合えば。

こっちが引くくらい、真剣な顔をした魔法使いがいた。

 

こんな顔で相談なり、話を聞いたりするような関係ではなかった筈だ。

それこそ、そんな真剣な悩みなのならヒュンにしてくれ。

座っていた椅子を半身程引いて、少し距離を作ってから。俺はもう一度、魔法使いに問う。

 

「……えっと…何??…」

 

魔法使いは視線を何度か彷徨わせ。

口の中で、最初の言葉を一生懸命探す様に、何かをぶつぶつと呟いて。

そして大きく呼吸を一回。

そしてとうとう、意を決したように。

 

「なぁ…初めて女の子とそうゆう風になるにはどう持って行ったらスマートなのかな?」

 

……

………

……………

 

「すみませーーーん。テキーラ、ショットで1ダース★」

 

とりあえず、酒に逃げることにした。

なんで、いきなり良くも知らないガキの青臭い相談(?)に乗らなければならないのか。

しかし、俺のそんな疑問に答えるつもりもなく、そして話に乗って貰えるとでも思っていたのか、慌てた魔法使いが口早に何かを捲し立てる。

「俺は本気で聞いてんだって!!」

「てか、お前。それ別にヒュンでもいいじゃねぇか」

何故俺に聞く?

しかしこの俺の質問には断固として。「絶対にアイツに言ったら面倒臭いことになる!」と拒否するので。

俺は運ばれてきたテキーラ1ダースと、カウンターでやさぐれているヒュンの背中を見比べて。

魔法使いを完全無視して、呼び寄せることにした。

あんな遠くでやさぐれられてるよりも、近くに置いてる方が面白そうだし。

 

「ヒュン、テキーラショットしよう」

笑顔で呼びかければ、振り返ったヒュンは心なし嬉しそうだったが。

机の上に置かれたショットグラスを見て、一瞬怪訝そうな顔になり、そしてその表情のまま近づいて来て「大量に飲ませてるんじゃないだろうな?」と保護者の声を出す。

「してねぇよ。ほら」

ヒュンケルが近づいてくることに露骨なまでの拒否反応を示す魔法使いを眺めながら、俺はヒュンにショットグラスを渡す。

ヒュンは受け取ったソレを、ルールに沿って一息で空けてから、視線で俺に「で?」と問いかける。

魔法使いが必死で妨害工作を企てようとするのを、腕力で黙らせることにして。

俺は自分の分のテキーラをあおってグラスを開けると、「色恋話だ」と答えを示す。

俺の返答に、更に怪訝な表情を浮かべて「色恋の話を兄ちゃんに聞くのは、相手を間違ってるぞ?」と忠告を。

そのヒュンの言葉に何かしらひっかからなかった、と言えば嘘になるが。流すことにする。

 

追い立てられるまで座っていた場所に再び腰を下ろして、ヒュンは目の前のテキーラをもう一杯、あおる。

それを受けて、俺ももう一杯あおってから。

「初めての時、どうしたらいいか?と相談された」

「……」

ヒュンの表情は、一言に言って複雑なものだった。

「そうゆうことは結婚してからだな……」

「言うと思ったが、アホくさいからペナルティでもう一杯飲め」

言えば素直にもう一杯あおる。まぁ俺達くらいの酒の強さになれば、テキーラショット1ダース開けるくらい苦じゃないのだけど。

 

話の中心でありながら、すっかり蚊帳の外に追いやられている魔法使いは、俺達がカパカパ開けているのを見て、自分も、と手を伸ばして手近なショットグラスを取った。

俺は気付いてたけれど、ヒュンは見逃していて。

気付いた時には、一気にあおった後だった。

「げはっ」

強烈なアルコールに瞬間的に噎せる魔法使いを眺めながら、「テキーラは強いぞ、魔法使い」と。遅まきながら忠告を。

「気付いてたんだろう?止めてやれよ」

「別に。飲んだって構わないと思ったし。急性アル中とかにならん限り大丈夫だろう。それにテキーラは沈まんし。いいね」

ヒュンは大仰な溜息をついて、魔法使いに水を手渡してやる。

 

「そもそも質問自体が理解不能なんだよな。初めて、というのは女が生娘てことか?それとも知り合って、初めてそうゆう関係になるってことか?それともその両方か」

「両方だろう?流石に…」

まだ噎せている魔法使いを横目にヒュンが呆れたように言葉を零す。

魔法使いは水を飲み、息を整えて。やっと、じろり、と俺らを見遣った。

しかしまだ言葉を発するまでには回復をみせていないので、それをいいことに俺達は好き勝手会話を続けることにする。

「しかしまぁ、生娘なんざ面倒臭いだけだよな?」

「それを面倒と思うかどうかは人それぞれじゃないか?」

「それを楽しめる奴はある種大人だと俺は思うね」

「だけど中にはそうじゃないと嫌だ、という人種もいるだろう?」

「あれは俺には理解を超えているね」

適当に会話の合間にショットグラスをあおって。

気付くと机の上にあったテキーラは総て飲み干されてしまっていた。

なのでどちらともなく追加を注文して、再びくだらない、そして意味のない会話を続けようとすると。

しかし流石に回復した魔法使いが、空になった水の入っていたグラスを机に叩きつけて、ぎろりと睨んだ。

「俺は真剣に悩んでるのに、茶化しやがって」

茶化しているわけではない。(勿論真剣に相手をしてやるつもりもないが)

茶化していると思われるのは心外だったが。だからと言って、ではどうゆう風に思われたいか?と聞かれれば答えようもないので。

仕方なしに、とりあえず魔法使いの話を聞く体制になる。

 

「しかし、何で俺なんだ?」

そう。そもそもの疑問はそこである。

俺の質問に追随するように、ヒュンケルも「そうだ、なんで兄ちゃんなんだ?」と。

そこに『なんで俺ではなく』という疑問(切実な)が潜んでいるのを見てみないふりをして。

まぁヒュンにこの手のことを相談するのは、確かに微妙な気もするが。それでいけば俺だって大概な気もする。

魔法使いは「なんでって言われても…」と逡巡して、答えを探す様に言い淀む。

「一番慣れてそうだから…」

「お前は間違っている!」

その意見に真っ向から、意義申し立てる!とヒュンが噛みつく。

「いや、あながち間違ってはないけど…」

何処ら辺にヒュンが異議を申し立てたのかが微妙なので、口を挟みづらくはあったが。とりあえず。

「慣れてる、慣れてないで言ったら、てめぇの師匠で事足りるじゃねぇか」と指摘を。

数えるほどしか顔を合わせたことがないが、その数回で強烈な印象を与える師匠であった。

御年いくつかは知らないが、人間にしてはかなりの高齢に違いないというのに。まぁ…色々な意味で若い。

いや、若くあるために色を忘れない、というのもかもしれないが。

しかし、『慣れていそうだから』という理由で俺を選んだ、と言い切った魔法使いは、俺の当然と言えば当然な『師匠に聞けよ』という返答を真っ向から拒否して。

大袈裟な程に首を横にぶんぶんと降りながら「師匠になんか聞けるわけねぇ!」と言い切った。

決して、師弟関係の破綻を疑うわけではないが、ヒュンのカール王に対しての態度といい、この魔法使いの師匠に対しての態度といい。何かしらの疑問を抱かないわけではない。

 

まぁだからと言って、疑問を氷解すべく努力するつもりは毛頭ないのだが。

 

「しかし現実問題。俺が此処で、こんな風にすればスマートだ、と教えた所でそれを実際にお前が実行するには、些かスマートさが欠ける結果になる気がする…」

 

とりあえず、師匠問題が気にならないわけではないが、それを脇に置いておいて本題を思い返す。

俺が女相手に行う態度を、頭の中で魔法使いに入れ替えると、それはどうにもこうにも滑稽だった。

それを指摘すると、不機嫌そうな顔がますますむくれて。どんどん幼い子供のようになってくる。

 

「だってな。お前が俺と同じ台詞を吐いた所で、ギャグだろ?」

「なんだ?そりゃ。さりげなく自分が美形だって自慢してんのか?」

「さりげなく、ではなくハッキリそう言ってる」

 

俺の言葉にムキーーッ!と声をあげる(本当にムキーッ!と言った)魔法使いを複雑な顔で眺めながら、ヒュンケルはとりあえず新しく運ばれてきたテキーラで喉を潤している。

俺がアドバイスすることに不満と疑問を抱いてはいるが、自分が代わりに入ってアドバイスするには微妙な話題。

ヒュン的にはそんな感じだろう。

ヒュン的には、付き合っている相手との性交渉となれば、それは婚姻関係を結んでからが望ましい、と。それこそ宗教家もかくや、と言った思想の持ち主で。

そして気持ちの悪いことに今現在、ピンクと同棲生活を送りながらその誓いを死守している。

(時々ゾンビを連想させるような容姿になっているけれども。それでもなんとか死守している)

なので、魔法使いのこの質問には、なんとも微妙な心持になるのも当然と言えた。

俺としては、結婚まで我慢しろ、なんていう考え方の方が異常に思えるので。それこそ、互いが了承しあっているのならば楽しめば良いと思う。

別になんの不自然さもない。純粋な欲求の結果なのだし、悪いことでもない。

 

そんなことをぼんやりと考えていると、ふ、と疑問が浮かんだ。

 

「そう言えば魔法使い。お前ももしかして初めてなのか?」

 

俺の質問に魔法使いは、慌てたように。何処か必死に。無駄に手足をばたつかせながら。

何か一生懸命訴えるように、意味不明の言葉を連呼しながら。

そしてそのうち、ぐったりと。落ち込むように、机の上に突っ伏した。

 

「………言わなくても理解した」

 

その態度があまりにも明確に真実を語っていた。

18歳。初めての彼女。

まぁ、そうだったとしても、おかしくはないし。経験がないことは別に恥じることではない。多分。

誰にだって初めてはあるのだ。

別に初めてだったからと言って何か問題があるわけではないのに、本人はかなり気にしているようで(大方、同年代の友人が先に経験したりしているのだろう)俺とヒュンは一度目配せをして、とりあえず魔法使いが復活するまで酒を飲むことにした。

 

追加で注文した三杯目のテキーラが空になる頃に顔をあげた魔法使いは、座った目で俺らをじろりと睨むと。

「お前達は初体験、いくつだったんだよ?」と。

多分に、結構強い酒を飲んだ挙句にバタバタ暴れ、そして机に突っ伏す(頭を下げる)結果、酒がかなり回り始めているのだろう。

明らかに、その表情に。

酔っ払いのタチの悪さが滲み出し始めていた。

 

………面倒くさい………

 

ヒュンの顔に浮かんだその表情は、きっと今、俺の顔にも浮かんでいる。

しかし酔っぱらい始めた魔法使いは、俺達を解放するつもりはないようだった。

がしり、とヒュンの肩を抱いて。

手近にあった空のショットグラスをうりうり、とヒュンの頬に押し付ける。

勘弁してくれよ、とヒュンの視線が俺に訴えかけるけれど。それはお前の弟だ。面倒見ろよ、と笑顔で返して。

 

しかし初体験。

「……俺、14の時だわ」

「14?!」

俺の返答に魔法使いが素っ頓狂な声をあげる。

「早すぎじゃねぇか?!」

「さぁ?」

確かに女だったのならば、14歳という年齢は速いと判断される気がするが、男の場合はどうなのだろう?

遅いとは言われないと思うが、早いと騒がれる程でもない気がする。

「ちなみにヒュンは15だけどな」

言おうとしないので、べろりと暴露することにした。

「15!!!」

案の定、過剰に反応して。ヒュンの肩を抱いていた腕が、そのまま首を絞めるように移動し始めた。

「なんだ?お前ら!!人生勝ち組か?」

「負けてはいない」

きっぱりと応える俺に魔法使いは耐えきれなくなって、机の上の台拭きを投げつけてきたが。それを悠々とかわして、肩を竦める。

ソレに対してヒュンは困ったような顔のまま、自分を羽交い絞めにしようとする魔法使いを引き剥がして。

 

「別に速い遅いで勝ち負けが決まるわけじゃないだろう?それに経験しようと思えばいくらでも出来る。それで生計を立てている女性もいるわけだからな。

 それに、大事に思って付き合ってる女性がいて、その人と初めてそうゆうことになれば、今までどれだけ経験があろうともその人とは初めてな訳だから、それは『初めて』で変わりないんだと思う」

 

ヒュンらしく、含蓄があるんだかないんだか意味不明な言葉で濁した。

まぁ確かに。ある女が喜んだ演出が、次の女に通用する確証などなく。上手く口説けたとして、同じ方法が次も成功するとは限らない。

そう考えれば、攻略方法は人それぞれ。十人十色。

正解なんて存在しないのかもしれない。

「俺の経験なんて、魔王軍での修行時代にミストに宛がわれたようなものだから。確かに経験はあるが、本当に大事に思った女性と、となれば俺だって経験はないさ」

酒が入ってなければ、結構に恥ずかしいことを真顔で話しているのだが。きっと自覚はないのだろう。

自覚してて、これはちょっと恥ずかしすぎる気がする。

いや、だがヒュンを思い返せばあり得る気もする…恐ろしいな、ヲイ。

魔法使いはヒュンの言葉を噛み締めるように、反芻して。そして憮然とした顔のまま、何かを考え込み始めた。

 

「誰かの二番煎じじゃなくて、お前がどうしたいか、だと思う。

 お互いが、お互いのことを世界で一番大事に思っていて、そして特別な夜にしたいと思っているのならば。

 それが一番スマートで、特別で、良いと俺は思うよ」

 

何処までも、何処までも甘く、腐った台詞。

しかし魔法使いにとっては、良いアドバイスだと思った。

誰もが目を細めるような、こんな青臭くて甘酸っぱくて居たたまれないような悩みへのアドバイスは、こんなものが良いのだろう。

きっと。

俺にこんなアドバイスしようものなら、鼻で笑って失笑するだけだが。

 

「御高説、痛み入るね」

俺の野次に、微苦笑をひとつ。

「兄ちゃんも本当に惚れた女でも作ってみろよ」

「ゴメン被る!!」

 

そんな片っ苦しくて、馬鹿馬鹿しいものに囚われるつもりはない。

俺はコレ以上、何かに囚われたくはないし、仕事、主が一番のスタンスを崩すつもりもない。

 

俺の返答に笑いを零して。

そして机の上に残っているテキーラを俺に手渡す。

空中で一度、チン、とグラス同士をぶつけて涼しい音を奏でて。俺達はそれぞれグラスの中身を飲みほした。

 

魔法使いはまだ、ヒュンの言葉を考えている。

自分ならどんな風に彼女を大事に出来るか、考えているのかもしれない。

少なくとも、これはヒュンの弟だ。

いきなり歯も浮くような、そんな台詞をさらりと吐いて見せるのかもしれない。

いや、それで行けばディーノ様もそんな台詞を吐くようになってしまう可能性が出てくるのだが……それはちょっと嫌だ……。

自分の想像の結果に支障を来して、眩暈を覚えたが振りほどく。

 

ヒュンはと言えば、弟を何処か満足げに眺めて、そして笑みを悟られない程度に浮かべていた。

指針を示せて、お兄ちゃんは満足らしい。

そのまんざらでもない顔がムカつくが、それでもなんとなく。こっちまで少し、楽しい気分になるから不思議だ。

 

色々、思うことがあるのだろう。

真剣に。それこそ一生懸命に考えている魔法使いを眺めながら、俺もヒュンも悪い気分にはならないでいた。

自分達の過去はどうだっただろうか?

こんな青臭い時代はあっただろうか?

そして今、こんなにも真剣に誰かのことを想えているだろうか?

ほんの少し羨ましい気もする。

それと同時に絶対に嫌だ、とも思う。

 

しかし俺達だって、きっと上の世代から見ればまだまだ青臭いのだ。

そしてきっと居たたまれないくらい恥ずかしくも思われるのだろう。

 

「俺達もまだまだガキ臭くて青臭いってことだ」

 

俺の言葉に、魔法使いを眺めていたヒュンは一瞬虚を突かれた形になって。

しかし、すぐに言った言葉を理解して。

口元に。あまり弟たちには見せない笑みを浮かべて。

 

「ああ、きっと。違いない」

 

 

 

たまに。

本当に、たまになら。

こんな風な飲み会も悪くない。

 

しょっちゅうならゴメン被るけれど。

 

俺とヒュンは机に残った最後のテキーラショットを同時に掴んで、そして一気にあおって、笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 
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