The sun will set for you  2



(二)

  

まさしく、忙殺されそうになっている。

忌野雹は今の自分をそう分析した。

片付かない。片付けない。片付けようとしない。片付くことを良しとしない。

どれが今の自分を一番言い表しているだろう?

 

二日前から姿を消した部下の指が、今日私宛てに届けられた。

その指には生体反応は見ることは出来なかった。

結局、また一人。喪ったわけだ。

 

血気盛んな一部は報復を叫んでいるが、今の局面を見る限りこれに『go』を出すべきかどうか、タイミングを計りかねている。

ただし、長時間抑えていれば。士気は明らかに下がるだろう。

だが、私がgoを出せば。それこそ、止まることは出来なくなる。

きっと最後まで。

その最期の瞬間まで、暴走するだろう。

 

正直。

酷く、疲れていた。

 

このままでは、まともな判断が出来なくなりそうだ。

それは私の立場では、決して許されることのない事態なのだが。

 

「大丈夫ですか?」

 

燦斬の声に。他に誰も居なかったので、黙って首を振る。

 

「父上ならどうすると思う?」

「毒を盛られた地点で、全面戦争でしょうね」

 

ああ、そうなのだろう、と思った。

何処までも嬉しそうに。きっとあの人は刀を抜くだろう。

喜んで戦鬼へと、変貌するだろう。

いや…被っている偽りの人間の皮を脱ぎ去る、と言った方が良いのかもしれない。

変貌、ではなく。元の姿に戻るだけ。

 

「あの人は血塗られた道以外を歩く気はないでしょうから」

 

部下の手厳しい指摘に、苦笑して。

それでも。

そんな風に簡単に。鮮やかに。決断を下せることに、やはり憧憬を抱かずにはいられない。

正直、自分は頂点には向かないのだ。

参謀として策を弄している方が性にあっている。

父の為に。父の役に立とうと、ずっとそれだけを願ってきたから。

 

溜息。

だが、何処で誰が聞いているか解らないので、音は出さずに。

疲労も、哀愁も、絶望も、全てこの人形のような面の下に隠して。

 

「さぁ…休憩を切り上げるか…」

 

立ち上がる。

 

 

 

その時。 

滅多に鳴らない、プライベート用の携帯電話が着信を知らせた。

 

 

§§§§§§§§§§§§§

 

 

この電話にかけてくるのは、恭介くらいなものだ。

ここ最近忙しくて、弟の声を聞いていないことを思い出して。

ほんの少し、心が弾んだ。

 

忘れ去っていた日常。それはとても、今の自分から見ると魅力的で。

短い会話しかする時間がないけれど、それでも貴重だ、と電話を見ると。

 

 

そこに表示された名前は、弟ではなく。

 

自然と、怪訝な表情になる。

 

『風間醍醐』

 

電話をするくらいなら直接逢いに来る男が。

余程のことでない限り、電話などかけてこない男が。

 

燦斬が視線で『どうした?』と問いかけてくるのを、小首を傾げるジェスチャーで応えて。

 

 

「珍しいな、風間」

 

ひとまず。自分の声に疲労の色が滲んでないことに安堵した。

だが受話器の向こうで告げられた言葉に。

 

 

 

今までの疲労など。

 

 

全て意味のないものへと変容する。

 

 

 

日常が逢魔ヶ時のように、非日常と混じり合う。

その時感じる不快さは。

 

 

 

人を殺す時の感覚に。

 

 

 

 

 

 

 

酷く、似ていた。

 

 

§§§§§§§§§§§§§

 

 

電話を受けて、きっかり一時間後。

忌野雹は連絡を受けた外資系ホテルのエントランスへと足を踏み入れた。

左に筆頭護衛にして、教育係。頭首付きの燦斬が固める。

斜め右後ろに、こんな高級ホテルには不釣り合いな真っ赤に髪を染めた男が並ぶ。

燦斬の後ろには真っ直ぐに切り揃えられた御河童頭の女が続く。

そして、その後ろに双子の。まだ十歳にも満たない程の少女が手を繋いで続いた。

同じ顔。同じ服装。違うのは手に持ったぬいぐるみだけ。

右は熊、左は兎。

 

異様で異彩。

面妖で異形。

 

 

 

「お待ちしてましたわ」

 

女、瑠璃菊がエントランスの中心で、微笑んでいた。

 

だが、次の瞬間。

その微笑みは無表情へと変わる。

愛嬌を振りまくのなど、一瞬で事足りる、というように。

 

そこにあるのは、どうしようもない敵意。

決して埋まることのない溝。

 

 

「鷹之宮の瑠璃菊が出迎えとはね。豪勢じゃねぇか」

 

赤髪男の声も、瑠璃菊の態度同様に敵意しかない。

雹はそれを一瞥して黙らせると、同じように瑠璃菊の方を見据えて「早く案内をしろ」と言葉を使わずに視線だけで意志を伝えた。

 

 

異様な集団がエントランスから抜けて、エレベータに乗りこむと今まで立ち込めていた空気が和らいだ。

それは濃密なまでの殺気だったのだけれど。

それに気がつくような人種は、平和ボケしたこの国にはあまりに少ない。

 

 

 

エレベータの中で。

 

「それにしても。忌野の御頭首にとって余程、大事な御友人のようですわね?

 正直、意外でしたわ。

 人形と揶揄される、あの『忌野雹』がこんな人間らしい感情を持ち合わせているなんて」

 

瑠璃菊は皮肉を込めて、笑みを作るが。返されたのは、全く無表情の一瞥だけだった。

そこにあるのは、瑠璃菊自ら発言した通り。人形と揶揄される男、そのものだった。

 

この無表情を見ると、瑠璃菊は堪らなく踏み躙りたくなる。

この何処までも威圧的で、敢然として、全てを超越してしまっている忌野の鬼子。忌野最強と謳われた神童。

 

正直。過去、ここまで鷹之宮が追い込まれたのは。

この鬼子の父親、忌野最凶、忌野霧幻以来。

 

この親子は、何処までも。

鷹之宮の前に立ち塞がる。

 

瑠璃菊はこの狭い箱の中をそれとなく観察する。

 

そこに存在しているのは錚々たる顔触れ。

忌野に燦斬有、と言われた天才。忌野霧幻の懐刀。そして忌野雹の頭首付き。この男だけは敵に回すな、と言わしめる男。一名称号『疾風』二名称号『迅雷』。燦斬(さんざ)

そして一名、称号『雀蜂』。この血のように赤い頭は見間違えるはずもない。(れつ)

更に一名、称号『狗』。忌野の狛犬。いや狂犬と言った方が正しいか。清楚な外見からは想像が出来ないが。(むく)

そして。

この双子だ。

二人にして一人。忌野一名、称号『殺戮人形』。殺す為だけに作られた。殺さなければ生きていけない。最悪。害悪。(あや)()(あや)()

 

自然に、こくり、と喉が鳴った。

忌野の。全員が一名称号以上を冠している忍。

一名、二名、三名と評される称号は、忌野の特殊な呼び名で、ある一定以上の戦力、実績をもってして認められる。

そして、その実力は。

 

一名を冠する者が出てくるなら、関わらずに逃げろ、が通説となるレベルの話。

 

それをこれだけの人数見ることなど、滅多に叶わない。

 

 

そして、瑠璃菊は視線を中心の忌野雹へと戻す。

 

この悪鬼を束ねる頭首にして、一名称号『狂人形』を有する鬼。

頭首が一名称号を冠するなど。本来ならあり得ないはずだが。

この父親もまた一名称号を冠していたことを思い出して、どうしようもなく暗澹な気分になった。

 

情報戦、情報収集を主とする鷹之宮にとって、暗殺、戦闘を主体とする忌野は正直。化け物の集団に見える。

基本の戦闘能力が違うのだ。

 

だから、瑠璃菊にはこの箱の中の七人のうち、自分以外は全て人間の皮を被った化け物だと思っている。

だから。こんな狭い空間で一緒にいるのは。

不快すぎた。

 

それこそ。

この化け物たちの血でもって浄化しないと、気が済まない程に。

何処までも、不快だった。

 

 

永遠とも思える時間を有して、エレベータは目的階に到着した。

 

 

§§§§§§§§§§§§§

 

 

エレベータの扉が開いた瞬間。

風間醍醐は全身をどろり、と呑みこむ殺気に総毛だった。

濃密で、重厚で、底の見えない。そんな殺気。

 

この時代。風間醍醐は殺気を感じることの出来る稀有な人材の一人だった。

 

部屋にいた他の人間達も、瞬時に扉の方を意識する。

ただ、中央に鎮座する少女だけが、緊迫した空気にひとり、取り残されていた。

 

 

部屋へと繋がる扉が開かれる。

扉越しに感じていた殺気が、濁流のように流れ込んでくる。

少女の身体が、ぶるり、と震えた。

やっと、感じたらしい。

 

醍醐は鳥肌立った肌を隠すように、手首をもう片方の手で握り締める。

そうすると、自分が微かに震えていることが解った。

その己に対する失笑で。微かに気が、落ち着いた。

 

 

開かれた扉の向こうから。

足音は絨毯が吸収してしまうので、全くの音を立てずに。

 

その男。

忌野雹は、この部屋に。

『君臨』という言葉が相応しい程に。

禍々しく、圧倒的に、蹂躙せしめんとする程に。

ただ、そこに存在した。

 

 

こんな風に、この男を見るのは。それこそ、出会ったとき以来だ。

風間醍醐は、あの時より遥かに増した威圧感を感じながら、目の前の男を眺める。

自分の前では、もう滅多に見せることのなくなった、この面。

普段の忌野とはかけ離れている、忌野自ら仕事用、と割り切っている顔。

 

その無表情な面が、微かに。

醍醐を目で捉えた瞬間に、揺らいだ。

 

 

 

「…御足労…お掛けしました。忌野頭首」

 

この空気の中、発言するのは気丈と言えよう。

少女の声は微かに震えを帯びていたモノの、それでも明瞭に響いた。

 

それに対して、忌野雹は何も言わない。

何も応えない。

ただ、一瞥。

その視線に、百の言葉、万の言葉、そして幾重の答えがあるように。

 

発言をしたのは燦斬だった。

 

「第三者。それも一般人を巻き込むのは完全に規定違反だ。鷹之宮」

「使役が頭首に口をきくな、おこがましい」

 

燦斬の言葉に過剰に反応するのは、周りの警護人達。

しかし、それも。

忌野雹の一瞥、それだけで全て収束する。

 

 

「…承知しています。

 今回、協力していただいた風間さんには一切の危害は加えてません。

 私はただ、貴方との会合を設けたかっただけなんです」

 

再び、彼女の瞳には涙が溜まってきていたが。

それに対して一切の揺らぎも見せず、忌野はどこまでも無表情なまま。ただ目の前の少女を見据えていた。

 

そして訪れた短い沈黙。

 

重い重い、沈黙。

 

そして漸く、忌野雹は口を開いた。

視線だけ、醍醐の方に向けて。

 

「風間。無事か?」と。

 

「…ああ、見ての通りだ」

「悪いな。巻き込んだ。こんなことに巻き込まれぬように護衛はつけていたのだがな」

「ん?…そうなのか?…」

 

知らないトコロで世話をかけていたらしい。

風間醍醐はこの男の、不器用な気遣いに、ちょっとだけ。笑みを零す。

だが、その笑みはすぐに硬直する。

 

雹は懐から、包みをガラステーブルの上に置いた。

重力に誘われて、はらり、と解けた包みの中には。

 

 

明らかに、人間の指が。

二本。

 

 

「二日前に行方が知れなくなった部下の指だ。今日、匂之宮から届けられた。

 この部下は、此処にいる風間の護衛を行っていたのだがな。

 

 これも踏まえて、一切の危害を加えてない、とのたまうか。鷹之宮」

 

 

少女は。机の上に置かれた、あまりに悪趣味な物体から目を離すことが出来ないでいた。

体が小さく震えている。

 

そこに。横から。

瑠璃菊が入る。

 

「それは鬱様の預かり知らぬこと。匂之宮が勝手に行ったのでしょう」

「『使役が頭首に口をきくな、おこがましい』…だっけ?」

 

椋が挙げ足を取るように。

それに呼応して、裂が渇いた笑いを。何処までも気に障る笑いを浮かべる。

 

「勝手に行った。頭首が部下の動向を掴んでいないわけか?それはまた随分と…みっともない話だな」

 

燦斬が言葉尻を捉える様に続いて、辺りの空気は一層に。殺気の濃度を増していく。

その言葉の。全てを収束するように。

忌野雹は口を開いた。

 

「まぁ所詮。形だけの飾りモノの次代頭首。まだあの妖怪も引退する気はないのだろう?

 その上で、敢えて聞こう。

 鷹之宮。

 この会合に意味はあるのか?

部下も分家もお前の預かり知らないトコロで勝手に動いている。何一つ自分の思い通りに動かすことが出来ていない。

統治出来てない今のお前と話して、何が解決する?

お前に。どれだけのことが出来るというんだ?

 

会合が開きたい、というのなら。現頭首である鷹之宮精神を出してこい。

…お前では、御話にならない」

 

何処までも辛辣に。

目の前の少女を、痛烈に叩いた。

 

「…おい、忌野…」

 

 

普段であれば、どちらかと言えば相手を擁護する姿勢を取ることが多い雹の辛辣さに。見兼ねて醍醐が口を挟むが。

一瞥。

その視線に『黙っていろ』という如実なまでの拒否が見てとれたので。醍醐は閉口する。

少女はようやく、机の上の指から視線を上げて。

 

気丈に。

 

「それでも。

 例え、お飾りでも。

 自分に出来ることがあるなら。そしてこんなバカげたことが回避出来るなら。

 私はなんだってします」

 

震えは収まっていない。

涙も乾いていない。

だがしかし、その瞳に映っている意志は途切れていない。

 

忌野は醍醐の横に腰掛けて。

その少女の視線を真っ向から受けて。

 

 

特有の。

口角をほんの少しだけ持ち上げる。

冷酷で底冷えするような、壮麗な笑みを。

 

その面に浮かべた。

 

 

§§§§§§§§§§§§§

 

 

少女、鷹之宮鬱は自分の目の前のガラステーブルを眺める。

そこにあるモノは、自分の携帯電話。

美味しそうな果物。

華美過ぎて好みじゃないお花の活けられた豪奢な花瓶。

テストが近い為に、開いていた単語帳。

メガネケース。

 

そして。

 

変色した『指』

 

 

少女はなんとかそれから目を離して、目の前の『忌野頭首』を見遣る。

 

正直言って。この人は苦手だ。

というよりも。ここにいる人は、みんな苦手だ。

 

願いが叶うなら、こんな世界。関わり合いたくもない。

 

 

鷹之宮鬱は、ついこないだまで。本当に極々普通の女子高生だった。

祖父は大きな会社を経営しているのだ、と思っていた。

その仕事の内容など、知りもしなかった。

年の離れた兄は、彼女がまだ小学生だった頃に祖父の元に引き取られた。

進学した大学付属の高校が祖父の家からの方が通いやすかったから。

だから、彼女と兄の関係はかなり希薄なものだった。

それこそ、盆と正月に顔を合わせるくらいの関係。年も離れていれば、会話も噛み合わない。

その距離は、自然と。

違和感も、不自然もなく生まれた。

 

だがしかし、その関係が希薄だった兄が馬鹿な事をしたおかげで。彼女の人生は一変した。

普通の女子高生から、この国を支配出来る立場へ。

勿論、今まで普通の。本当に普通の女子高生だった彼女には不可能なこと。

だから結局、引退する名目で、暫くは祖父が後ろで糸を引くことになった。

 

だがそれでも。いつまでも祖父が存命なわけじゃない。

彼女自身が台頭しなければならない時が、遅からず来る。

 

本当なら、得意な英語を使って旅行関係の仕事がしたかった。

そんな小さな、それでいて明確な未来のヴィジョンが彼女には存在した。

だが、それは。

全て、霧散してしまった。

 

鬱はテーブルの上の指を再び見遣る。

こんなものは、今までの生活には存在しなかった。

命のやり取りなんて、それこそテレビの中だけの話だった。

 

それはとても、怖いこと。

本能から来る、どうしようもない恐怖。

 

生きるか死ぬかなんて。そんなこと真剣に考えたくもない。

 

だから。

なんとしてでも。この恐怖をなんとかしたかった。

 

 

目の前の男は、自分と年齢がひとつしか変わらないらしい。

あと一年、この世界に浸っていたら私もこんな風になるのかしら。そう考えると。

薄ら寒くなる。

 

容姿端麗という言葉が陳腐に聞こえるほどに、整った顔立ちは。整い過ぎてて逆に気持ちが悪い。

その一切の表情も、感情も浮かべない顔は作りモノめいてておぞましい。

 

こんな異常な世界に於いて。

この男はスッポリ、と。

このあまりに異常な世界に嵌っているように見える。

何処までも、違和感のある世界に。

まるで違和感なく存在している。

 

 

何処までも異端なのに。

何処までも世界に馴染んでいる。

というよりも、まるで彼が世界の中心にいるかのような錯覚さえ覚える。

 

それは、まるで地に足が付いていないかのような。

そんな奇妙な浮遊感。

その妙な落ち付かなさを打破しようと何度となく姿勢を正すが。効果は残念ながらない。

 

 

この男。

この男が全ての発端だ。

 

 

鬱はぼんやりと。つい見入ってしまう。

兄、躁は確かに性格的にも、精神的にも問題のある人だったが。

今回のような凶行に走らせたのは、この男の所為だ。

今、兄は鷹之宮の施設に隔離、監禁されているけれど。面会に行った時に話した内容は。

全てこの男への執着だった。

 

鬱にはよくわからないが、この男には破壊衝動を助長させる何かがあるようだ。

 

破壊衝動。

殺戮衝動。

支配欲求。

諧謔心。

 

そういった、人間がもってるどろり、とした感情を増幅させるのだ。

だから一部の人間は、この男に異様な程執着する。

それはもう、狂う程に。

 

そう。

兄もその一人。

 

この男をぐちゃぐちゃに壊して、晒して、暴いて、捌いて、目茶目茶に、どろどろに、ズタズタに。

全て、そんなものに変えてやりたいらしい。

 

拘束着を着せられて、体の自由を一切奪われた格好で。

目だけを爛々と光らせながら、誰かを壊すことを夢想する兄は。

 

 

すっかり。

壊れてしまっていた。

 

 

壊れる前から、苦手な人ではあったけれど。

流石にアレは。

 

目も当てられない。

 

 

兄がああなってしまったことは、彼になんの責任もないのだろうけど。

(なんといっても毒まで盛られたのだ。完全なる被害者だろう。これで責を問うのは余りに酷だ)

それでも。

 

なんの、わだかまりもない、と言えば。嘘になる。

 

 

だがそれでも。

この騒動を収拾出来るのは、彼と私なのだ。

(といっても、私は彼に指摘されるまでもなく、お飾りに過ぎないのだが)

しかし、飾りでも。

頭首として発表してしまえば。

後はごり押しでなんとかなるだろう。

 

それに今回のことは祖父も頭を抱えているのだ。

 

無知な女子高生が、勝手なことをした。

何もわかっていない次代頭首が暴走した。

 

無知ならば。何もわかっていないならば。飾りならば。

 

それならそれで。

ソレを逆手にとれば良い。

 

祖父が動けないなら、私が動けば良い。

飾りなら、しがらみも、責任も、どうとだってなるのだから。

 

だからこれは、私の賭けのようなものだ。

 

 

震えるほどに怖く。泣きたいくらいに恐ろしく。凍えるほどに心細いけれど。

 

 

私は。

男の笑みに応える様に。

 

 

 

笑顔で応えた。

 

 

§§§§§§§§§§§§§

 

 

笑みを返されて。

ほんの少し、忌野雹の表情が緩んだ。ように、見えた。

醍醐はそこにある微かな変化を見て、ほっとする。

そこに、自分のよく知っている男の片鱗を見ることが出来たから。

 

「『なんだってする』と。そんな言葉は簡単に使うモノではないよ、鷹之宮」

 

発する声にも。若干だが、柔らかさが含まれていた。

 

「この世界では『なんだって』は文字通り『なんだって』なのだから」

 

ソファの背に体重を預け、その長い脚を組む。

ほんの少し、顎を上げ。見下げるように。

だがその態度に不快は覚えない。

それは、そういった生き物なのだろう。

 

そう。自分より遥か頭上に存在する生物なのだ、と思わせるような。

そんな男。

 

その視線を真っ直ぐ受け止めて、鷹之宮鬱は震える心根を抑え込んで。

その上で。

 

更に笑う。

 

 

「やらなきゃ後悔するから…文字通り…『なんだって』するわ」

 

 

裂がヒュウ、と口笛を吹く。

椋が獲物を見付けた肉食獣のように、唇から舌を覗かせる。

燦斬は状況を観察している。

殺王と殺姫はその何も映さない硝子玉のような瞳で、じっと机の上に置かれたままの指を眺めていた。

 

そして、忌野雹は。

 

 

 

「よろしい」と。

 

 

 

 

目の前の少女の存在を。

肯定した。

 

 






背景素材提供 妙の宴 様