優しい魔法は紡がれる





なんとなく。

何かに引っかかっていて。

だけどそれが何かが解らなくて。

暫く、何かを探るように、思考の旅を続けていた。

 

そして揚々と思い出した。

 

「あ、ディーノ様。俺、今日誕生日です」

「え?誕生日?」

「はい」

「誕生日、て、誕生日??」

「誕生日は誕生日だ、と思いますけど…他に何かあるんですか?」

 

八月の終わり。

微かに秋の気配を感じ始める。そんな時期。

 

母が毎年、自分のことを当別な存在なんだ、と優しい魔法をかけてくれた日。

 

しかし、母が逝去し、養父が消えてしまった今。

そんなことを意識することは日に日に無くなり。

それこそ女共とつるんでいたら、何が欲しい?だの、そうゆう会話になるので比較的意識もするが。

子供と一緒に生活するようになって、そんな女共ともなかなか縁遠くなっている現在。

すっかり。

すっかり忘れきっていた。

 

「じゃあお祝いしないと!」

 

主の無邪気な提案を、やんわりと固辞して。

流石にお祝いとか、そんな年齢じゃない。

 

しかしそんな俺の態度が不満だったのか、主は多分に母親に似たのだろう、形の良い唇を尖らせて。

「折角の誕生日なのに…」と。まるで祝われる当事者が零すような愚痴を。

 

「ディーノ様の誕生日は盛大にお祝いしましょうね」

 

宥めるように声をかければ。

主はおおきな瞳を更に見開くようにして。

それから、何か言い辛そうに、もごもごと口の中で何か。言葉にならない言葉を何度か呟いてから。

やっと。

 

「俺、自分の誕生日…知らないんだよね。爺ちゃんが、大体これくらいだろう、て祝ってくれたけど…

 モンスターとか。生まれた『日』とか特になくて、大体春が来たら、みたいな感じだったから

 俺もずっとそんな感じでさ……だから誕生日って……」

「5月の13日ですよ」

「え?」

「5月13日」

 

きょとんとした主に、同じ答えを返して。

 

考えてみれば、漂流して流れ着いたのだ。

正確な誕生日など、そりゃあ解らないだろう。

成長の具合から逆算して、大まかな誕生日を割り出せたとしても、幼年期、特に乳飲み子の成長など個体差が大きい。

ましてや人間同士ならまだしも、モンスターが正確な人間の成長速度を計れるとも思えない。

 

デルムリン島で生活しているうちは良いだろうが、やはり外に出て。

自分の誕生日を知らない、ということは、なんとなく後ろめたいというか、気になっていたのだろう。

 

主の歯切れの悪い態度から、それを想像し。

すぐに思い至れなかった自分を恥じた。

 

「5月13日……」

 

とても大事なことのように、主はその日を唱えて。

ぼんやりとカレンダーを眺める。

そして気が付いたように、慌ててこっちを振り返って。

 

「なんでそんなこと知ってるの?」

「なんで、て…毎年、お祝いしましたから…」

 

何処にいるかも解らない。

生きているかも解らない。

だけど、それでも。

その日を祝わずにはいられなかった養父。

 

その日はまさに特別で。

俺は、見たことのない子供の為にケーキを焼いて。

養父は毎年、そんな子供の為に贈り物を用意していた。

 

主役のいない、誕生日のお祝い。

ほんの少し、ちくりとした痛みを伴う、そんなお祝い。

 

だけど、そこには母が俺にかけてくれたような『優しい魔法』に満ちていた。

 

 

 

「ああ、ディーノ様。多分、魔界の俺達が生活してた家に行ったら、数年分のディーノ様への誕生日プレゼントがあると思いますよ。

 取りに行きます?」

 

用意されたプレゼントは、多分に処分はしてないだろう。

包みは開けられることなく、そのままの姿でしまわれている筈だ。

 

矢継ぎ早に知らされる事実に、ついてこれないのか。

主は困ったような、それでいて何処か楽しそうな、そんなどっちつかずの。嬉しいんだか、困っているんだか解らない表情のまま。

何とも言えない、「うぅん?」という返事を返して。

 

そして沈黙。

 

自分の知らない場所で。

自分のことを想って、自分の誕生を祝ってくれる人がいた。

 

それはきっと。

幼年期から、何度となく考えたであろう、自分の本当の親の。とても優しい答えであり。

また、喪われた親への、とても切ない事実。

嬉しい、と返す相手もおらず。

恩を返す相手もいない。

 

主のその心境を想像しながら、俺もほんの少しだけ。養父に思いを馳せる。

幸せな記憶でもあり、切ない記憶でもある。

しかし総て。今の俺を形作る、大事な想い出に他ならない。

 

短い時間だったが、つい浸っている俺を、主の声が、現実へと引き戻した。

 

 

「今は要らない。

 もし良かったら、来年の俺の誕生日に受け取ろうかな…」

「ああ、それは良いですね」

 

誕生日に贈られたものは、確かに誕生日に受け取るべきかもしれない。

 

俺は主に笑いかけながら。

 

亡き主の『想い』を少しでも、子供に伝えられたことに満足する。

 

それは、まるで俺自身があの『優しい魔法』を使うことが出来たかのような錯覚で。

俺が今出来る、養父への恩返しの唯一の形な気がした。

 

主は暫く、俺の笑みを受け止めて笑い返していたけれど。

急に、何かに気が付いたように慌てて。

 

「ダメだよ!今日は俺じゃなくてラーハルトの誕生日なんだよ?

 お祝いしなきゃあ!」

「充分、いただきましたよ?」

 

 

幼い子供の頭を撫でながら、俺は返して。

 

 

俺は優しい想い出と。

そして、その想い出の担い手を眺めて笑った。

 

 

 

 











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