冬の夜は人恋しく

 

 

「寒いと人肌恋しくなる」

「そんなこと訴えられても、俺にはどうしようもない」

「どうにかされても困る」

 

ラーハルトの理不尽とも言える文句を聞き流し、ヒュンケルは気付かれない程度に小さく溜息を落とした。

しかし人よりも幾分過敏な聴覚は落とされた溜息を聞き逃さずに、ピクリと反応すると

「いつもてめぇのどうしようもない愚痴聞いてんだろうが、糞餓鬼が」と、折角の綺麗な顔も残念過ぎる結果になるその口を開く。

 

場所はすっかり馴染みになったカウンターバー。

あまり新しい場所を開拓しようとしないヒュンケルと、自分のテリトリーから出ようとなかなかしないラーハルトにとってはこの場所で呑む、というのは半ば必然とも言える。

 

ラーハルトとしては、もともと馴染みのある魔界のバーの方が良いのだけれど、流石に人間を魔界においそれと連れて行くわけにもいかず。

また、馴染みの店にいる女たちにヒュンケルが良い顔をしないことも解っている。

ラーハルトは綺麗な顔が勿体ないくらい口が悪い男であったが、ヒュンケルも、綺麗な顔が勿体ないくらい型物で面白みのない男だったので、ある意味では、似た物同士、とも言える。

 

 

 

そしてそんな二人の横に、ちょこん、と肩身が狭そうに座っているのは占いを生業としている少女だった。

決して居心地は良さそうではない。

 

ヒュンケルは、というと人づきあいも苦手な男だ。

自分の弟弟子と同い年、自分の最愛の彼女と同年代、と言ってもどう接して良いか、解らない。

ラーハルトは、といえばそれこそどうでも良かった。

 

いたければいればいいし、帰りたければ帰ればいいのだ。

強制する気はないし、幼児じゃあるまいし其処まで面倒見切れない、と口にするが実際は何処までもどうでもいいのだ。

人によってはこの態度を冷たいと捉え、人によっては優しいと捉える。

しかし実態は、主のこと以外、興味も何もないだけである。

 

 

「こんなに寒いと、ドラゴンとかわしゃわしゃしたくなるな」

「ドラゴンって…わしゃわしゃ出来るもんか?」

「猫とかでもいい」

「ああ…その感覚なら解らないでもないが……」

「ディーノ様でもいい」

「ソレはお前、暗にダイのことをペット扱いしてるだろう…?」

「失礼なことを言うな!!子供なんか愛玩動物となんら変わらないだろうが!」

「言いたい文句はどれに対してだ…」

 

相変わらず噛み合わない会話に頭を抱えながら、ヒュンケルはちらり、と横目で少女の様子を伺う。

少女は最初に頼んだノンアルコールの飲み物に二三度、口をつけたっきり、少し遠い目をしてバーの酒が並んでる棚の方をじっとみていた。

いや、実際見ているのは酒ではないのだろう。

彼女は別に何を見ているわけではないのだ。

ただ、ぼう、としている。

 

彼女との接点は思った以上に少なかった。

マアムとも一時一緒に旅をしていたこともあって、彼女の口から名前が出ることはままあったが、それでもヒュンケルとの接点は少ない。

 

意外なことに、接点はこの魔族の男との方があるらしい。(其処に関しては上手くはぐらかされた)

 

今回、二人で呑みに行く予定だった。(といっても、大概いつもその予定なのだが)

仕事明け、仕事からの解放感と、肌寒さも手伝っていつも通り呑みに行こうと部屋を出て、暫く。

どうでもいい会話を楽しんでいたら、その場面にかちあった。

そもそも勤務予定終了時間からは一時間ほど過ぎている。

つまらない雑用や、目を通しておくべき書類を片付けていたらこんな時間になったのだが。

 

パプ二カは賢者の国。

それ故、賢者の育成にも力を注いでいる。

そして、賢者と言えば、今世界屈指の実力なのが勿論、アバンの使徒の弟弟子、ポップで。

彼もよく、賢者育成の為の講義に駆り出されていた。

「俺が人に指導する立場なんてな〜」と言う口調は、困っている、というよりかは照れている、というソレで。

なんとも微笑ましく眺めていたのだが。

 

今日も講義があったのだろう。

講義を実習している棟と繋ぐ渡り廊下を、足早に歩くポップの姿を捉えた。

その姿は酷く不機嫌そうでもあったが、騎士団や賢者には貴族出身者が大部分を占める。

その為、実力よりも家柄や、プライドが高く扱いづらいと愚痴っているのを度々見かけていた手前、今日もそんなこんなで大変だったのだろう、と予想を付けた。

その面倒くささは騎士団を指揮している自分も痛いほど共感出来る部分で、少しでも気が晴れるなら、と半ば積極的に愚痴を聞いてやってきた。

誘うか?と目でラーハルトに伺いを立てると、ラーハルトはポップではなく、もっと遠くに視線を向けていた。

そしてそっちを見ると、困ったような、今にも泣きそうな顔をして少女が立っていたのである。

 

「どうせ誘うなら、糞餓鬼よりも女だろう」

こうゆう場合の兄の発言は、絶対だった。

 

 

 

ということで、世にも珍しい三人連れで、こんなことになっている。

 

寒い、と愚痴を零していたラーハルトは、頼んでいたグラタンが届いたらへんで機嫌を直した。

普通に寒かったらしい。

今まで心底どうでもよさげだったのだが、温まったこと+腹も膨れたので気が済んだのか(お前は子供か!!)やっと、少女の方を向いた。

 

「で、どうせ下らんことで喧嘩したんだろう?気にすんな。放っておけ。下手に出ればつけ上がるんだから、どんと構えとけ」

 

特に何があったか聞いたわけでもないのに、くだらないことで喧嘩と決めつけた。

それはどうか、と思ったが、確かに他人の喧嘩などくだらないことなのだろう。

本人たちがどれだけ重大だと思ったとしても。

しかし。

 

「喧嘩かどうかも解らんだろう?」

「喧嘩じゃなかったら何なんだ?駄々か?拗ねるガキの面倒なんて見なくていいわ」

 

酷い言われようである。

流石にラーハルトの言いように、少女も苦笑を隠しきれずに「ポップさんは悪くないんです」とフォローを入れる。

しかしそこらの女よりも余程弁が立つ、というか口の悪い兄ちゃんは、はっ、と失笑した後

「じゃあ、お前が悪いのか?なら、ガキの言い分全部聞けんのか?きけねぇだろうが。

 自分が例え悪かったとしても、聞き入れられない事情に駄々こねて拗ねるなんざガキのすることだろうが。

 親が貧しくて、子供に餌を与えられないとする。

 悪いのは親だが、だからといって子供が腹減ったって駄々をこねても仕方がねぇだろう?

 お前がしてんのは、子供を庇う母親がしてんのと一緒の行動。

 けど、てめぇは親でもないし保護者でもねぇ。折れなくて良いことは折れる必要などないし、我慢する必要もねぇ」

言ってることは至極当然ではあるのだが、もめてる内容も聞かずにここまで言い切るのはどうか、と思う。

少女はほんの少し、驚いたような顔をして、その後再び困ったように笑って見せた。

 

「ラーハルトさんはお見通しみたいですね」

「ガキの喧嘩なんざ、聞かなくても大抵予想くらいつくだろうが。アホか」

 

なんだかよく解らないが、当たっていたらしい。

そしてそれは聞かなくても予想が出来る程度の問題らしい。

想像もつかないのだが。これはきっと兄ちゃんに言わせれば、俺がおかしいのだろう。きっと。

……きっと。

 

ここまで言われてしまうと聞き辛くはあったのだが、それでも。

なんと言っても、相手は嫌がることは明白だが可愛い弟が関係していることだ。

お節介を承知しながらも、俺は少女に「何があったか、話してみないか?」と問いかけた。

話によっては人に聞いて貰うだけでスッキリする場合がある。

口に出すことで、気持ちが整理されることがある。

何かが見えてくる場合もあるし、少なくとも一人で抱えて悶々としているよりかは良いきがした。

 

勿論、こんなむさ苦しい男二人に口を開いた所で何にもならないかもしれないが、それはそれである。

関係ないからこそ、話しやすい、ということもあるだろう。

 

少女は俺とラーハルトを交互に見遣ってから、消え入りそうな儚い笑みを浮かべてちょっとだけ小首を傾げた。

 

 

 

「仕方のないことなんですけどね……」

 

 

§§§§§§§§§§§§§§

 

 

彼女は「占い師には守秘義務があります」と前置きしたうえで、話し始めた。

 

占い師の主な活動時間は専ら、夜である。

場所は様々だけれども、夏と違って冬の寒い時期は基本的に屋内に仕事場を設ける。

それはバーの一角だったり、レストランの片隅だったりする。

彼女自身も、何店かの店に日替わりで巡るのが日課だった。

 

彼女の占いはよく当たる。

なので、彼女目当てにやってくる客も多いし、遠方から来る人もいる程だ。

 

そして、その男も彼女の占いを目当てに来店した一人だった。

 

男は彼女曰く、現実に打ちのめされて絶望していたらしい。

何かに縋りたくて仕方がなかったようだ。

彼女は占い師としてアドバイスをしようとしたけれど、男の抱えている問題は一つではなく、多くの問題が複合的に絡まり合っているような状態だったので、まずはひとつひとつ解いて、一個一個片付けて行かなければどうすることも出来なそうだった。

 

多くの客が待ってる中、ひとりの客にかかりっきりになることは出来ず、だからと言って中途半端なアドバイスも出来ず。

結局、何度かに分けることにした。

幸い男は近所に住んでいて、通える、ということなので毎週、後の客が来ないように店が閉店する三十分前に来店して彼女に占いをしてもらう、ということになった。

時間はその三十分間。

とはいえ、男の前の客が多少時間を押すこともあって、三十分まるまる使えることは少なかったようだが。

 

そんなこんなな相談は、一月以上続いた。

と言っても、その店には週に一度行くだけなので男の相談に乗ったのは5回程だったが。

 

しかし、それがポップには嫌だったらしい。

 

毎週、深夜に。

自分の彼女が、酒場で。

特定の男と約束をして会っている。

 

それがとにかく面白くない。

嫌だ、と。

 

 

まぁ確かにそういう言い方をすれば、それは嫌だ、と思うけれど。

彼女はそれで生活しているわけだし、占い師と客の一線を超えているわけでもない。

その男の為に出張占いをしているわけでもなければ、店の外で会うこともない。店の閉店時間でお終いにしている。

占いに必要な会話はしても、必要以上に親しくなることもなければ、きちんと弁えている。

 

そして少女いわく、それは相手の人もそうで、下心があるわけでもなく、本当にただ客として何かアドバイスを求めているのだ、という。

 

少女は「そうゆう下心みたいなんって、解るじゃないですか…私は占い師として長いですし、それこそ色んな人を見てきましたから、多分同年代の女の子よりもそうゆうの、見極めれると思いますし、もし万が一相手に下心があったとしてもあしらうことだって出来ますから」と、言ってふふ、と笑った。

その笑みは、随分と大人びて見えた。

 

同年代のはずのマアムよりも、その笑みは遥かに大人に見えた。

 

このままアドバイスを続けたら、一応今月末には片が付きそうだという。

仕事としてはあと二回。

多くとも、後三回仕事をこなせば終了する。

もやもやして、よく見えなかった未来が大分見通せるようになってきた、という。

 

占い師という職業柄、数多く見える未来のうち、一番輝く未来に導くアドバイスがしたいのだ、と彼女は言った。

選択肢は勿論無数にある。

可能性はそれこそ無限にある。

その無限の可能性の中で、一番、その本人が望んでいるだろう未来を見極めて、その道に進むことが出来るように舵の方向を示すのが、占い師の仕事なのだ、と。

 

しかしポップは、大分見通せるようになってきたのなら、もういいじゃないか、と言う。

あとはその男が自分でなんとかすればいいのだ、と。

少女が、中途半端に投げ出したくはない、と言えば目に見えて不機嫌になった。

 

彼が心配してくれているのは解る。

面白くない、と言う気持ちも解る。

しかし、だからといって辞めるわけにはいかない。

占いは確かに仕事だが、自分にとっては生き方でもあると思うから。

 

だから。

 

少女は薄い唇を噛んで、俯いた。

さっきまで大人の顔をしていた少女が、今やスッカリ年相応の少女の顔に戻っていた。

 

「ホラ。下らねぇ話だったじゃねぇか」

ラーハルトが心底鬱陶しそうな顔で呟いた。

「……ああ……まぁ…うん。そうだなぁ……」

 

くだらないか、くだらなくないか、と言われれば下らなくはないのだろうけど。

それでも、やはりまぁ。

くだらないなぁ、と思ってしまう。

 

いや、まぁ確かにポップの気持ちは解らないわけではないのだが。

それでも流石に子供っぽいというか。

相手を信用してない、というか。

 

「うん……まぁ、すまない」

 

とりあえず、長兄として謝罪しておく。

少女はちょっと驚いた顔をして、そして首を静かに横に振った。

 

 

 

これはある意味、戦士に戦場に行かないで、と言う様なものなのだろう。

それは勿論職業なのだけど、『生き方』なのだ。

ある意味、存在意義と言い換えてもいいのかもしれない。

 

自分はその為に生きているのだ、と。

その為に存在しているのだ、と。

 

昔、かの人に『戦場に行かないで欲しい』と言われたことがあったのを思い出す。

しかし戦士にとって、行く、行かないの選択肢は存在しないのだ。

戦場に行く、それのみである。

 

きっと彼女の言う、占い師、というのも同じようなものなのだろう。

『占わないで欲しい』と言われた所で、その選択肢はありえないのだ。

 

勿論、それで酷く相手に心配をかけたり、不安にさせたり、それこそ不快にさせることもあるだろう。

しかしそれでも、どうしようも出来ない。

 

 

思えば、あの時、自分に『行かないで欲しい』と言ってくれた人は、今の目の前の少女と同年代だったわけで。

そう思えば、ポップの発言も解らなくもなかったりする。

これがもう少し成長すれば、お互いの仕事というか『人生』のようなものに敬意を表するようになるだろう。

距離感を覚えたり、そんな総てを受け止めることが出来るようになる筈だ。

 

そう思うと、なんだか途端にこそばゆいような感覚に襲われる。

顔を上げると、見透かしたような顔をしたラーハルトがにやりと笑って

 

「結局、青臭いんだよ。ガキども」と吐き捨てた。

 

 

 

§§§§§§§§§§§§§§

 

 

結局少女は語る前よりも少し穏やかな表情になったと思う。

ラーハルトに無理矢理グラタンを食べさせられたりしていたが、それもまぁ…多分嫌がってはいないと思う。

 

腹が空いてるからそんなくだらないことに悩むんだ、というラーハルトの説も、まぁ強ち間違ってない気もするし。

確かにこれは、旨い物を喰って、寝て、乗り越えるタイプの悩みだ。

 

飲めない要求は、どんなに無理をしたところで呑みこめない。

 

「まぁ、機会を見て俺からもポップに話してみるよ」

「でたよ。兄貴面」

「兄ちゃんは少し黙っててくれないか?」

ラーハルトは小さく鼻を鳴らして、笑う。

 

「黙ってもいいがね。てめぇの説教なんざ聞かなくても、魔法使いも馬鹿じゃねぇんだからちゃんと解ってるだろうよ。

 解ってて尚、気持ちの整理が上手く出来ないから、八つ当たりしたようなもんだろう?

 自分の要求が駄々をこねてる類のもんだって自覚もあらぁよ。

 占い師が悪くないことも、きちんと弁えてることも解ってるだろうけど、だからといって総て容認出来るわけじゃない。

 八方塞だから爆発したんだろう?

 お前の口で、その八方塞がった気持ちに穴が開けれるか?

 どうせ、魔法使いだって解りきってることを何度も説き伏せて、余計意地にならせるだけだろうに」

 

にんまり、と。姫がよく『チェシャ猫のよう』と揶揄する笑みを浮かべて。

 

「じゃあ、どうしろって言うんだ?」

「ほっとけよ。別に占い師だって俺達に何かして欲しい、って言ってるわけじゃないだろう?

 下手に首突っ込むなよ。自分を弁えろ。

 戦士だからと言って、他人の個人的な戦場まで参戦して良いわけじゃねぇんだぜ?」

 

相も変わらず。口は頗る悪いが、正論を説き伏せる兄に俺はほんの少し(ほんの少しだけ)憧憬を抱きながら、納得して頷いた。

確かに自分だって、これがお節介の類であることは自覚しているし、それこそ過保護だろう。

弟たちは、それぞれキチンと大人になっていっている。

こうゆうことも自分でなんとかしていくのだろう。

 

「少し寂しいな」

「てめぇも俺に頼ってないで自立しやがれ。糞餓鬼が」

 

どうしてこの男は、こう身も蓋もない言い方をするのだろうか。

軽い殺意によって、さっき抱いた淡い憧憬は一瞬で霧散する。

 

「そもそも占い師なんざ、アドバイスのプロみたいなもんだろうが。

 てめぇが言える言葉くらい、本人がもう言ってるだろうし、自分がどうするか、も答えなんざ出てるだろう?」

 

話しを振られて、一瞬少女はきょとんとしたが。

やんわりと、柔和な笑みを浮かべて、「そうですよね…」と小さく呟いた。

そしてその後、悪戯を思い付いたような顔をして「ラーハルトさんだったら、こうゆう場合どうします?」と尋ねた。

ラーハルトは悩むことなく即答で

「ほざけ、ハゲ。で終了」言いきって、それ以外何も言うことがない、と手を上げる。

今度こそ、少女は声を出して笑って。

そして俺達二人を交互に見遣って

 

「本当にありがとうございます」と。

こんな風に笑ってもらえるなら、愚痴だろうが、悩みだろうが、幾らでも聞いてやりたいと思おうような、綺麗な笑みを見せてくれた。

 

 

 

まぁ実際のところ。

女性というのは男よりも遥かに強く出来ている気がする。

勿論肉体的な話ではなく、精神的な話だ。

 

マアムを見てても思うし、自分が仕える姫を見ていても思う。

これは生物的に、母になる、生命を生み出せる者の強さなのかもしれない。

 

俺はそんなことを考えながら、大分落ち着いて明るくなった少女を眺める。

ラーハルトも同じように、そんな少女を眺めていたが俺に一度目配せすると、急に立ちあがった。

 

「さぁ、まぁ、じゃあ俺達は行くか。大分冷静になったみたいだしな」

「は?いや、まだ殆ど呑んでないんだが」

「コレ以上、糞餓鬼の愚痴に付き合ってられるかよ。あとは青臭いガキが頑張るだけだろう?」

 

そう言って、ちらり、と背後を見遣る。

 

そこには、必死でバレまいと隠れようとするポップの姿があった。

 

 

「………兄ちゃん、いつから気付いてた?」

「最初から」

 

少女も全く気付いてなかったようで、ぽかんとした顔でそっちを眺めている。

 

「気付いてたのなら教えてくれよ…」

「気付いてなかったのか?そいつは鈍ってんな。大丈夫か?」

 

にやにやと笑いながら、大仰に心配してみせる様がムカついて。

とりあえず、後を追うように立ちあがる。

 

 

「青臭ぇガキども。精々頑張ってくだらねぇ大人になりやがれ」

 

これみよがしに。

カウンターに近づいて、ポップの襟首を掴んで引っ張りだしてそれだけ言うと、ラーハルトはさっさと出口に向かってしまう。

相も変わらず、金を払う気はないようだ。

 

俺は呆れながらも、とりあえず多めに少女に金を渡して。

赤くなったり、青くなったりしながら必死で誤魔化そうとしている弟を眺め、つい、笑みを堪える。

 

ラーハルトに倣って、俺もわざとポップに近づき。

擦れ違いざまに「成長しろよ」とだけ呟いて、兄の背中を追う。

 

とりあえず、背後から聞こえてきた弟の文句は聞こえないふりだ。

 

 

 

店を出た所で、看板を背にして待っているラーハルトに追いつく。

「上手く行くと思うか?」

「知るかよ。まぁダメになっても、それも経験だろ?」

 

確かにそうなのだが。

まぁ、あの様子からして、きっと大丈夫だろう。

 

俺は珍しく楽天的にそう割り切った。

同時に、冬の冷たい風が体温を奪っていく。

 

「寒いな。呑み足りないし……どっかで温まるか?」

「俺は結構温まってるから、どうでもいい」

 

本当に、どこまでも利己的でマイペース。

猫のよう、とはよく言ったものだ。

 

俺は苦笑を浮かべながら。

ラーハルトの肩を掴んで、無理矢理歩き出す。

 

「毎回奢らされてるんだ。少しくらい付き合え。クソ兄貴」

 

 

俺達の笑い声は、冷えて澄んだ空気によく響いた。

 

 

 

 

 
背景素材提供 FULLHOUSE☆JAMJAMORANGE 様