05  先が見えない

 

「だから面白い」

 

一言。とてもシンプルに。それだけ肯定して、兄、忌野霧幻は独特な、誰をも不快にさせる類の笑みを見せる。

父は相変わらず頭が固く、革新的な兄とは対立を強めていた。

兄は賢い人なのに、どうしてこうも事を荒立てようとするのか理解出来ない。

それこそ、上手く立ちまわることくらい、容易であろうに。

兄は決して、容易な道を選ばない。

それこそ。荒立てて楽しんでいる節がある。

 

いや、きっとそうなのだろう。

 

「しかしこのままだったら、兄者は相続権を剥奪されますよ?」

「そいつはソレで面白い。あの老いぼれがどれだけ俺に抗えるか、楽しみじゃねぇか」

 

楽しみ。

結果、その仲裁やらなんやらで、多数の人間が苦労することになる。

母も心労が嵩むだろう。

だが、それも兄には届かない。

いや、届いた所で、考慮の材料には成りえない。

 

知らず、意思は溜息として漏れた。

それを目ざとく見て、そして愉快そうに兄はにやにやと。

 

「なんだ?雷蔵。不満か?俺が剥奪されれば、お前が次期頭首だ。楽しいだろう?」

 

次期頭首。

兄から言われなくても、周囲から否応なくプレッシャーがかけられている。

兄と父の溝の深さは、周知の事実で。それこそ他家にまで知れ渡っている程の、公なものだ。

父が兄に頭首を素直に譲るとは誰も思っていない。

それこそ、兄をすっ飛ばして弟である私に譲ることくらい容易に想像できる程に。

 

「まぁ俺からお前に頭首権が譲られた所で、親父殿の望む結果にはならんだろうけどなぁ…そうだろう?」

 

にやにや、と。

にやにや、と笑いながら。

兄は喪のごとの核心をつく。

 

そう。

父の側近や、私に頭首の打診をしてくる者たちは気付いていない。

私も兄と同じか、それ以上に革新的に忌野を捉えている、という事実を。

 

それに気付いているのは、今のところ兄だけなのだ。

 

「……それだけ、周りがちゃんと見えていらっしゃるのに、どうして貴方は……」

 

もっと、上手く、それこそ自分の思い通りに、波風を立てずに誘導することくらい出来るだろうと。

しかし兄は続きの言葉を言わせずに、手持無沙汰に愛刀を弄りながら。

 

「そんなのつまらねぇじゃねぇか」と。

なんとも子供の様な顔で笑うので。

つい、毒気が抜かれそうになる。

 

 

兄は何処までも、何処までも、『毒』なのだ。

しかし、その毒は何処か中毒性があり、それこそ心酔するものも少なくない。

 

自分の中にも、兄に惹かれている部分がある。

しかし同時に、嫌悪する部分もある。

 

「そうは言っても兄者は……総て見通してらっしゃるでしょう?」

「そいつは買被りだな、雷蔵。狸具合はお前の方が一枚も二枚も上手だ。

 まぁ思う存分、親父を手の上で転がして美味しいトコ取って行けよ。それくらい、分けてやる」

 

そう。

『分けてやる』なのだ。

自分に頭首権が譲られた所で、それは兄に分け与えられたもの。

兄の所有物だ。

 

「狸具合も何も……被る気なんて、最初から兄者にはないじゃないですか」

「はっ。違ぇねぇ」

 

誰しもが、兄の手のひらの上。

何もかも、兄の予定調和の中。

 

だからこそ、兄は願うのかもしれない。

だからこそ、兄は波風を立て続けるのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

「先が見えてるなら、そんなつまんねぇ人生、生きる意味ねぇじゃねぇか」

 

 

笑いながら、言う兄の言葉は。

何処までも本心だったのかもしれない。

 

しかし今現在。兄の遺した長男を見ると、それはまさしく父が望んでいた姿そのものだ。

私も、兄も壊そうとしていた忌野を残し、復興しようと全力を捧げ、そして成功させつつある。

『裏社会の忌野』を復活させつつある。

それは兄の望んだ姿ではあるまい。

兄はこうなる風に仕掛けたわけではないだろう。

 

これを見ても兄は『面白い』と言うだろうか?

想像して、それでもいつものあの人を食ったような笑みを浮かべて「これもまた結構」と言い放つ兄を簡単に思い浮かべることが出来た。

 

何処までも、何処までも人を食ったような。

そして何処までも何処までも食えない人だった。

 

大嫌いで、そして尊敬していた兄。

 

決して快い想い出だけではないけれど、それでも。

なんとはなしに、頬が緩む。

 

 

「ええ、本当に。これもまた乙なものです」

 

誰意でもなく呟いて、私は気付かれない程度に笑みを落とした。

 

 

 






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