総番長と生徒会長(2) | ||
支払期日が翌日に迫り、見栄を張っていることも出来なくなった。 しかしそれでも、ここが最後の砦だった。
何度となく通った、生徒会室の奥にある生徒会長室。 何と言って切り出すべきなのか。 そして思考は堂々巡りを繰り返し、最初の言葉がどうしても紡げない。一言でも口に出してしまえば、その後はなんとか繋げられそうなのに、その一言がでない。 時間を都合してくれと頼み、忙しい中時間を作らせたのにこの状況。 二十分が過ぎる頃、今までぴくりとも動かず、ずっと凝視していた忌野が「・・・・で?」とだけ言葉を落とした。 「忌野、悪い。金を用立ててもらえないか」
ゴチっ、と床に額がぶつかって鈍い音をたてた。 短い沈黙。 恥辱と情けなさで、その短い沈黙に耐えられず、かといって顔をあげて忌野と顔を合わすことも出来ず、逃げ出したいような衝動を必死で押さえ込んだ。 動く気配。 擽ったいような感覚に、慌てて顔を上げると、自分と目線を合わせるように蹲み込む忌野と目があった。 顔を上げ、二人床の上に蹲み込みながら見つめあう。 「・・・・軽蔑されるかと思った」 「はぁ?なんで」 忌野は俺の笑い顔を見てから立ち上がり、定位置である生地会長の椅子へと戻る。 俺が床からソファへと座り直したのを見計らって、忌野は「いくら必要なのだ?」と問いた。 そうだった。 忌野は俺が金を用立てて欲しいと言って、いくらくらいを想像しているのだろう。数万の話だと思っているのなら、土下座など馬鹿馬鹿しいと思っても当然だろう。 「・・・・・・・・・・・百五十万・・・・・・・・」 「実際は?」 「は?」 問いかけの意味が解らずに、問いに問いで返す。 「お前のことだ。必要額の全額、要求しているわけではないのだろう?」 「いや、足りないのは後百五十万なんだ。それが必要額だ」 「最初の必要額は?」 「・・・・・・・・・・三百万・・・・・・・・」 忌野の眉間の皺が、問いかけの度に深くなる。 「承諾した」 「は?」 「だから、三百万。私が用立ててやる」 必要なのは百五十万だ。 電話が切れたことを確認して、俺は憮然と「百五十万だ」と訂正した。 そして立ち上がり、いきなり俺の胸ぐらを掴むと、今度こそ酷く不機嫌に「たかが三百万くらいのはした金で、土下座なんかするな」と怒気の荒い声で呟いた。
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一時間後には、俺の目の前に百万の束がぽんと三つ、置かれていた。 「えっと・・・・いや、有り難う・・・・助かる」 「別に構わん」 忌野は不機嫌だ。 「絶対に・・・・時間はかかるが返すから」 「別に構わん」 「いや、そういうわけにはいかないだろう!」 「たかだか三百万、いらんよ」 たかだかではない。大金である。 「絶対に返すから」 「・・・・月千円ずつくらい恭介に支払ってくれ」 何年かかるんだ、ソレは。 「・・・・出来る限りの額、毎月支払わせてもらう」 「いらんって。お前の土下座代だと思えよ」 そんな高いものなのか?土下座って。 「忌野?」 「なんだ?」 膨れ気味の頬。刻まれた眉間の皺。 「忌野、やっぱり百五十万だけで・・・・」 「諄いわ!」 言い捨てる。 「・・・・すまない」 何に対して、いや謝るべきものはいっぱいあるのだが、それでも何に対して謝っていいのかわらないまま謝罪を口にして、俺は目の前に置かれた三百万を眺めた。 沈黙。 苛々している忌野の気配が、黙っているのにひしひしと伝わってくる。いや、黙っているからこそ余計に伝わってくる。 「・・・・あの・・・・忌野?」 キッ、と音が出そうな程の勢いで睨み返される。 「えっと・・・・何にそんなに腹をたてているんだ?」 忌野は瞬間目を見開いて、その後再び強く睨んでから視線を反らした。そして唇を噛んだまま、折った膝の上に額を落とす。 「・・・・忌野?」 「・・・・・・・・・別に」 別にの態度ではない。 「忌野?」 もう一度名前を呼ぶと、膝を抱いたままの体勢で器用に肩を竦めてみせる。
沈黙は俺が最初の言葉を探した時間と同じほど、そう、二十分ほど続いた。忌野はほんの少しだけ顔をあげて、目だけで俺を捕らえるとくぐもって聞こえにくい声で心情を零した。 「私は最後だったのだろう?」 「・・・・は?」 「だから・・・・何かお前にとって大変なことがあって、金が必要になって・・・・ 「・・・・ああ」 「最初にっ・・・・」 瞬間忌野が顔をあげる。 「・・・・っ、最初に言えばいいだろう・・・・」 俺はどうしようもなく笑いがこみあげてきて、とうとう吹き出して笑った。
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俺の笑いが治まっても、忌野の不機嫌は治まらない。 これはもう、時間に任せるしかないのだろう。 俺は再び沸き上がってきた笑いの発作を噛み殺して、いい加減長居し過ぎたと立ち上がった。 「本当、助かった」 無造作に置かれたままの札束を、多分に一生もう触ることはないであろう札束を俺は自分の鞄に仕舞込む。 「じゃあな」 「・・・・用途を説明する気はないのだな」 「・・・・うちの後輩が筋者と揉めてな。その落とし前の肩代わりだ」 「筋者?」 ぴくり、と眉が動く。 「ああ。総番長、てのも結構大変でな」 「・・・・ふぅん・・・・」 忌野は少し考えるように視線を動かして、そして少しだけ笑った。 「ああ・・・・まぁ、臓器でも売ろうか、と」 瞬間、不機嫌だった忌野の顔が、ぽかんとしたものになり、泣きそうな顔に歪んだと思ったら、苦虫を噛み潰したような顔に移り変わって「馬鹿阿呆がっ!」といつもの台詞を叫んだ。 そして俺は、笑いの発作に再び完敗して、その場で笑い崩れた。
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翌日、支払いに行った事務所で、俺は札束を突っ返されて、意味がわからなくて途方に暮れた。 瞬間、俺の携帯が鳴った。 液晶の名前は『忌野雹』。 「もしもし」と応えようとした矢先に、こっちの声を遮るように忌野の声。 『話はつけておいた』
そして電話はこっちが何一つ発言することを許さず、ぷつりと切れる。 そう言ったこと全て引っくるめて。 空は青く澄んで眩しい。 横で不思議そうに見ている後輩に「友人が話をつけてくれたらしい」と、事実なんだが嘘みたいな説明(?)をして、軽く肩を叩いた。
さぁ、忌野に金を返しに行こう。 まぁいいさ。 そして俺は、楽しくなって、笑う。 |
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