蝋の翼(9.5)

  

 ああ、神様。
 神様。

 貴方が世界に反した私を恨んでいることはわかりました。

 だけどあの子は。
 あの子だけは許してあげて。

 地獄にだって、あの子のためなら喜んで堕ちる。
 だから、あの子を。

 

 あの子を護って-------------------------------                                        

   

§§§§

  

 春。

 私は。

 

 発病した。

   

§§§§

 

 今まで感じたこともない恐怖。
 私がいなくなったらこの子はどうなるの?誰が守るの?
 時間はどれだけあるの?
 私には時間がどれだけ残されているの?

 

 助けて。
 助けて。

 

 いえ、あの子が無事に生き延びられるなら、私の命くらい差し出すわ。
 だけどそうじゃないなら、私は死ぬわけにはいかないのよ。

 あの子を置いて。 
 あの子を一人ぼっちにして。

 

 ああ、神様。

   

§§§§

   

 ラーはキラーパンサーを撫でながら、その硬い毛並みに身体を押しつけて、温かいのが心地好いのか、うつらうつらと。
 あの日以来住みついたキラーパンサーは、ラーとすっかり中良くなって。ゴロゴロと喉を鳴らして。

 2人とも、気持ち良さそうね。

 幸せそうな、その寝顔を眺めながら。


 私は生きることを決心した。

 

 死んでなんかやらない。
 こんな病気なんかで。
 私はこの子を守るんだから。


 負けない。

 負けない。


 絶対に。

 

 これから何度でも。

 何度でも。

 この子の寝顔を。

 この子の成長を。

 この子の幸福の過程を全て。

 ちゃんと見るんだから。

 

 死んでなんかいられないのよ。

   

§§§§

   

 発病してから死ぬまで、医者はもって半年だと言った。
 私は発病してから既に一年が経過していた。
 医者は奇跡と言った。

 だけどその奇跡は完治まで導いてはくれなかった。

 

 残された時間が。
 限界が近付いていることはわかる。
 一人では歩くこともままならない。

 

 キラーパンサーに助けて貰いながら、私はラーハルトの部屋の扉を開く。

毎朝の挨拶をするために。

  

 「おはよう、私の天使ちゃん」

 

  ラーに愛を込めてキスを。
 ラーもキスを返してくれる。


 この子も十歳になった。

 確かに大きくはなったけど。
 まだまだ まだまだ、ほんの子供。

 そして本当に、可愛い。

 

 「母さん、寝ててよ」

 「いやよ、ラーの顔を見るのが一番元気になるんだから」

  

  本当よ?
 そこらのお薬なんかより、余程。貴方が笑ってくれる方が活力になる。 

 心配そうな顔、止めてちょうだい。
 私は大丈夫だから。

 

 それでも引かないラーハルトに根負けして、私はすっかり住処と化したベッドに潜り込む。

 

 「ねぇ、ラー。体調の良い時に、また夜の散歩に行きましょうよ。
                 手を繋いで。 
                     
キラーパンサーも一緒に」

 

「うん。体調がいいときにね」

 

「約束よ?」
 「うん、約束する」

 

  

 約束。

 約束。

 ほら、これでまた死ねなくなったわよ?私。
 頑張りなさい。

 まだ。

 まだ 生きなきゃ駄目よ。

  

 

 

 まだ。

 まだよ。

 

 まだ------------------------------!!!!!!                                             

  

§§§§

   

 私がいなくなったら

 

 この子は生き延びられる?

 

 幸福になれる?

 

 ねぇ?

 

 貴方、どうしたらいいの?