「雹」

 名前を呼ぶと、顔を上げ、凛とした瞳で俺を見据える。
 赤い、紅い、朱い、瞳。
 そして金色の、瞳。
 何物も写さない、硝子玉のような、それでいて底の無いそんな瞳。

 「その目は気にくわん」
 「では、抉り出しましょうか?」

 さらりと。まるで夕食の献立でも提案するかのようにさらりと、日常会話のように滑り込む言葉に一瞬言葉が詰まった。 

 「父上が気に入らないのなら、必要などありませんから」

 そう言って、妻とよく似た顔で、妻とは全く違う笑みを浮かべる。
 そして白い指を、無操作に眼球へと伸ばす。
 爪先が眼球に触れる直前に、腕を掴んで止めた。

 「くだらないことをするな。馬鹿者が」
 「・・・・申し訳ありません」

 止めなければ、きっとそのままこの指は眼球を俺の目の前で抉り出しただろう。

 「お前は少し自分に無頓着すぎないか?」
 「貴方が要らないというものは私の体に必要ないので」

 唇の端が微かに上がり、笑みを形づくる。
 それに反比例して俺の表情からは笑みが消える。

 「・・・・父上が要らないという部分を全て排除していけば、私の体はすべて父上が必要なもので構成されていることになるでしょう?
  
 ・・・・それなら、まだ暫くはこの世界に踏みとどまれる・・・・」

 この馬鹿息子特有の、見るものを不快にさせる儚い笑みは酷薄ながらも酷く美しく、他人を情緒不安定にさせる。
 俺の教育が正しかったとは絶対に言わない。
 育て方が間違ったことは認めよう。

 しかしそれでも、これはどうだ?

     

  俺は絶対の依存と信頼を全て俺に委ね切ってしまっている自我のもたない人形を目の前に、慄然とする皮肉な現状に笑みを零した。

 

  もしも、俺がこの子に・・・・お前は必要ないのだ、と告げたら。
 この子はどうするだろうか?

  

  答えなど分かりきっていると言うのに。
 その事実に、背筋が冷たくなる。

 背筋が、冷たくなる。

 悪夢。
 そう、それは悪夢だ。

 

 そして互いに、それが明けないことを知っている。

 

 

  





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