迷い≠暗示


暖炉の前で長い四肢を持て余すように投げ出す。
そんなに飲んでないだろうに。
だけどそんな無防備な姿が珍しくて、ほんの気まぐれ。手を伸ばした。

髪をわしゃわしゃと撫でると、猫のように目を細める。
その様が可愛くて、私はつい微笑んでしまった。

緑の瞳。
金の髪。
青い肌。
金のピアスが左右に四つずつの計八個。輪っかが二つずつとシンプルな玉が二つずつ。その耳がぴくりと動く。

緑の瞳の下には魔族特有の黒い模様。ソレに指を這わすと私の爪に塗られた赤がその肌に合間ってとても映えた。
いつも嫌味な口元も気を許して緩んでいる今は、とてもセクシー。

 綺麗な生物。

 本当に綺麗な生物。

決して女のようではないのに。その姿形は男のソレでしかないのに。
骨張った体の線や、筋肉、骨格は男以外の何モノでもないのに。

 彼の内包する色気にあてられそうになる。

姿形は人間と大して変わらないのに、それでもやはり違う生物だと思うのは肌の色の所為だけではないと思う。

 人間では纏えない特有の…

 これは美しい生物。

 これは美しい獣。

 

 「…で?」

 

耳を打つ低音。
微かに開いた唇が、嫌味な形に引き上げられる。
いつもと違う角度で見ているからかしら?その嫌味な表情すら酷く煽情的で私は自然と息を飲む。

 

 「…別に」

 

触れたままの指が、不自然に硬直してしまう。
そんな指を知ってか知らずか、彼はにやりと笑って「ああ、そう」とどうでもよさげに言葉を落とす。

 にやにや、と。

 にやにや、と。

 

 「…何よ?」

 

 「…欲求不満なら遊んでやるけど?」

 

離そうとした手を掴まれて、ペロリ、と舐められる。


 人のモノと違う、青紫の舌が。

 

 

 「………ふざけないで」

 

 

言葉は恥ずかしくなるほど掠れていたけれど。ソレでも。
もぎ取る様に自分の手を回収して立ち上がる。

顔が赤くなってるのもわかる。耳が熱い。

 

 囚われるのは。

 それだけは。

 だってこの男は。

 

 

                        『たちが悪い』

 

 

冷静な自分が頭の中で叫んでる。

 わかってる。

 わかってる。

私は次の恋こそ幸せになるんだから。

こんな奴に惹かれたりしない。

 絶対に。

 絶対に。

 

 

 「あんたなんか大嫌いよ」

 

 「それはそれは」

 

本当に何処までも嫌味に、何処までも余裕に。

にっこりと笑われて。

駄目だと思ってても、胸がドキリ、と。大きく一回。

 

 

 大嫌い。

 大嫌い。

何度も何度も呟いた。

扉を後ろ手に閉めて、足早に部屋を後にして。

何度も。何度も。

言い聞かせるように。

 

 大嫌い。

 

 

 

言い続けないと。
言い続けないと。
それが、本当になるまで。





背景素材提供 flower&clover