足元でイヤな音がした。

 靴の下には蝉の死骸。
 どうやら踏み潰してしまったようだ。

 この蝉は踏まれるまで生きていたのだろうか?それとも、その時にはもう死んでいたのだろうか?

 死んでいたとしても、『死骸損壊』に良い気分になるはずがない。

 生きていたとしたら尚更不快で、何とも言えない、それでいて些細な罪悪感を感じつつ、そっとその死骸から視線を反らせた。

 

 こんな小さな命ひとつ、今更罪悪感もナイだろうに。

 

 頭の片隅で自嘲に満ちた声がする。

 そう、今更だ。

 

 向こうから、部下が回してきた車が来るのを確認して、思考を中断させる。

 くだらない。

 本当に。

 

 願うならば、私もあの蝉のように無惨に死にたいものだ。

 惨たらしく、残酷に、それでいて呆気なく。

 命の価値など、微塵も感じない程に。

 

 そうでなくては、今まで犯した罪と間尺が合わない。

 そう、間尺が合わない。

 

 「お待たせしました」

 

 声をかけられ、頷いて、私は開けられた後部座席に乗り込む。

 その瞬間、少しだけ振り返り、潰れた蝉の死骸を見た。

 憐れな、未来の自分の姿。ソレを脳裏に焼き付けて、そして新たに犯す罪の為にソレを振り払う。

 

 ソレは夏の陽炎のように揺らいで沈んだ。

 

 願わくば、この身に厳罰を。

 私は過ぎ去る夏の残光に、誰にでもなく願った。






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