背負うものの重さ
ただ、それだけを意識して。 足元を見てはならない。 けれど、そんな繊細さなど実は当の昔に捨て去ってしまったのやもしれぬ。 それこそが、最も嫌悪すべき事象だろう。 「忌野」 声に顔を上げる。 また勝手に入ってきたらしい、風間醍醐は怪訝そうに私の顔を見ていた。 「…何かついてるか?」 「いや…そうではないが…お前がここまでぼう、としているのも珍しいと思ってな」 言われて、確かにこの男が入ってきたことに気が付いていなかった事実を。 それは命のやり取りをしている己にとって、致命傷に為りかねない事態だ。瞬間、青ざめる。 「…疲れてるのか?」 「…それが死ぬ言い訳になるか?」 自分が倒れれば、忌野家は勿論。何よりも次期頭首として弟たちが担ぎあげられるのだ。 やっと普通の生活をさせてやれるだけの余裕が出てきたのに。 「…随分と大仰だな…」 「一瞬の気の緩みでくたばりかねんからな。僅かな隙だろうと大仰にもなる」 確かに、ここ連日忙しくしてはいたが。 「返事はわかっているが…敢えて問おう。大丈夫か?」 「返事はわかっているのだろう?なら聞くな」 どちらともなく、少しだけ笑って。 規模は違うとしても。それぞれに背負うものがあって。 「立場の規模は違えど、背負うものの質は変わらぬはずなのに。どうしてお前はそうであり続けられるのだろうな?」 そう、の内容は敢えて口にしなかった。 それはどこまでも失笑ものだ。一体どこまで私は醜悪なのだろう? 「質は変わらんかもしれんが、規模が変われば責任も増す。 俺からしてみれば、お前の方が驚嘆に値するよ。 どこまで自分に厳しくしていれば、そこまで行けるのか。俺はお前の隣で、ほんの少しでもいいからお前と同じ景色が見えているのか。 俺らしくもないが、時に不安になる」 そういって笑う風間の顔に、不安の影など微塵も存在しなくて。私はそこに安らぎを見出しながら、風間と私の違いに思いを馳せた。 背負っているものを捨て去りたいとは思わない。 どれだけソレが重いものだろうとしても。 こんな物を、あの子たちに背負わすくらいなら、私が一人背負って生きていけばいいだけのこと。 それらすべて、背負わなければならない。 「重いな…」 「ああ、だがだからこそ背負うんだろう?お前は」 言われ、何度目かの苦笑を。 そうなのかもしれない。 そうなのかもしれない。 だが。 「そうだとしたら、私は本当の馬鹿阿呆だと思うよ、風間」 お互い笑いながら。 肩に食い込むその重さを。 悠久の絶望と、刹那の希望に抱かれながら。 痛切に自覚した。
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