波椿 | ||
「冷えますよ」 背後からかけられた声に、幾十にも円を生み出していた脚をあげて、渡されたタオルで拭いた。 そのこんもりとした、透明な滴を指で壊して、先程の波紋をぶつけ合う遊びと同じような気分になり、濡れたタオルをどうすることも出来ずに手に持ったまま、私は少し途方に暮れる。 こんな風に。 私の手からタオルをそっと奪い、燦斬は拭い残した水滴を足から拭き取る。 「すっかり、冷えてしまいましたね」と、見慣れた苦笑を浮かべて零した。 言われて触れれば、確かに酷く冷たくなってしまっていた。 「火鉢、持ってきますね」 動作を目で追いながら、緩慢にしか働かない思考で意味を考えて。答が出る前に部屋の中央から、火鉢が側に運ばれてくる。 顔をあげると、床の間の一輪挿しが目に入った。 「椿は…見たくない」 好きな華だったのに。 いつから。 終わりを拒否するようになったのだろう? ふ、と触れる指。 椿を処分した燦斬が戻ってきて、目の前にいた。 「…生きてますよ。私も、貴方も…」 突拍子もない言葉。しかしソレは嫌な程に的確で。 「…ああ、まだ…終わらないのだな…」 酷く生きにくい世界だとしても。それでも手を放すことは出来ない。 それが私に科せられた罪悪。 「燦斬…お前も楽には終われまいよ」 「元より楽に終わる気なんてないですよ」 私と同じように罪悪に塗れた忠臣は、苦笑交じりにポツリと落とす。 「……本当に後生なことですね…」 ちらり、ちらり、と紅い椿の残像が。 私達は不安定な水面に浮かび、時に飲まれ、時に荒立てながら生きていくのだろう。 「まだまだ…終われないのだな…」 呟きは、枯れる前に。 ぽとり、と落ちた。 |
背景素材提供 十五夜 様