05  潔い最期

 

「お前のそうゆうところは妹に似てる」

 

急に。脈絡もなく告げられた風間からの言葉に、反応出来ずきょとんとした顔で。

風間はこっちが理解しているかなど構いもせずに、次の言葉を続けようとするから。

制するように、一度だけ。手を振って。

 

「そうゆうところとは?」と。

 

私と風間の妹に似ている性質があることは、指摘されるまでもなく自覚してはいるが。

今、言われている部分が何処を指しているのか解らない。見当違いな指摘をされるのも面白くないし、一応、口を挟んだ。

 

「お前たちは生き恥を晒すくらいなら、潔く死のうとするタイプだろう?」

 

風間の表情は珍しくつまらなさそうで。

風間が一体何を思って、こんなことを言い出したのかを推測する。

さっきまで、学校で何があったとか、後輩の成長とかを可笑しそうに話していたのではなかったか?

私はそれに対して、いつも通り。相槌を打つわけでもなく、返事を返すわけでもなく、耳だけを傾けていたのだが。

はて。

 

「…なんだ?いきなり」

 

降参だった。

だから答えを要求する。

しかし風間は、私の言葉に先程の私のようにきょとんとした顔をして。

そしてやっと。少しだけ、笑った。

 

「ああ、済まない。なんとなく、昨日の妹との会話を思い出してな」

「…知るか」

 

妹と何を話したかは知らないけれど、それで私に文句を言われても困る。

いや、文句ではないのかもしれないが。

 

「だがな。お前たちはそうゆうトコロがあるだろう?

 恥をかくくらいなら、潔く死んでしまおう、とするトコロが」

「………それが?」

 

言われれば。認めないわけではない。

というよりも、自分に残されたものなど、この矮小なプライドくらいしかないのだ。

それを失って生きることは不可能に近い。

たかが『生き恥』というか、されど『生き恥』というか。そんなもの、当人にしか解らないではないか。

 

「だがな。恥なんて。汚名なんて返上できるし、名誉は挽回出来る。生きてさえいればな」

「出来ぬ場合もあろうよ」

「どうしてお前はそうやって悪い方にばかり考えるんだ?」

 

そんなこと言われても、性格だから仕方があるまい。

それにこれは『悪い方』ではなく、ただの現実論に過ぎない。

 

「まぁいいとして。それがどうしたよ?そんなことをお前に指摘されるまでもないし、それに文句を言われる筋合いもない」

 

言えば憮然とした顔をする。

そして何か言う前に、私は更に言葉を重ねる。

 

「しかし現実的に考えて、私が潔く死にたいと願ったところでそれはなかなか叶うものではないのだがな…

 誰も私を潔く殺してくれはせんし、恭介や伐、それに家のこともある。

 私ひとりが死んで総て解決するなら、喜んで死ぬがなかなかそうもいかん。

 結局、望む、望まないにしろ、私は最終的には生き恥を晒す醜態からは逃れられんのだろうよ」

 

恥をかかずに生きて行くことは至難の業だと私は思う。

上手く立ち回ったとしても、それでも個人ならまだしも組織を纏め上げる立場で、恥を回避しては生きていけないだろう。

他人の恥を庇うことに嫌悪はない。

誰かに自分の恥を被って貰う方が嫌だ。

それでも、立場を鑑みれば、私が何か大きなミスをすればそれは下の人間を切り捨てて保身を図るようなことになり。それをいかに拒否しようとも、トップである私を現実問題的に解任することが容易ではない今、それは目を瞑らなければならない。それが如何に納得出来なかろうが。それが今の私の立場。

だからこそ、ミスをしてはならぬと力が入れば、またそれはミスを誘発する材料にもなり。

どうしようもない。

 

「だから…醜態なんか晒せばいいんだ。恥を知ってこそ人間だろう」

「お前らしい意見だな」

 

あっけらかんと。

羨ましい程の安定力を持って応える風間に、感嘆を込めて頷くが。

それでも、それを自分が実践出来るとは思えなかった。

 

「俺はお前や妹が生きてくれる方がいい」

「恥を晒して、苦痛に足掻いていようとも?」

「ああ。死にたいと、毎日ぼやいてくれても。それで俺を憎んでくれても」

 

にっこりと。

清々しい程に。

全肯定してみせて。

 

「…お前って本当に自分勝手な男だよな…」

 

呆れてしまう。

どれだけ苦痛を伴おうとも、それでも失う苦しさに比べれば。生きている限り、いくらでもやり直しが効くのだ、と。

こんなにも真っ直ぐに自分のエゴを全面に押し付けてくる男もそうはいない。普通は少しくらい遠慮をするものだと思うが。

まぁ、『普通』という概念にこの男を当て嵌めるのは不可能か。

 

考え至って、私は少し、可笑しくなった。

 

「それに誰がなんと言おうと。お前が自分をどう捉えようと。

 俺にとって、お前は自慢出来る友人だし、妹だって自慢出来る大事な妹なんだ」

 

面と向かって、臆面もなくこんな言葉が吐けることは尊敬に値するが。

私はそれを正面から受け取って、喜ぶ類の人間では生憎ない。

だから一度、鼻で笑って。

 

「お前を満足させる為に妹も私も存在をしてはいないし、もし万が一私達がそんなことになった場合はただただお前は己自身を恨めば良い。

止めれなかった、と。踏みとどまらせることが出来なかったと悔いるがいい。

 他人に恨ませるくらいなら、自分で背負え」

 

むっとした顔をして。

こうゆう顔をすれば、奇跡的に歳相応にも見えなくもないのだが。

それでも何処までも諦めない性根の男は。

 

声に悲痛な色を滲ませて。

 

 

「それでも生きろ」と。

 

 

結局自分を抑えることなく、エゴをぶつけてくる。

 

その真摯な。ひとつしかない瞳に射竦められて。

私はいつものように、ほんの少し羨ましいと思いながら。そっと目を反らした。

 

 

 

きっと恥を晒すようなことになるだろう、と思いながらも。

何故か実際、死ぬ時は。

足掻く暇もない程、一瞬なのではないか、という予感がある。

どうしようもなく、ただ流されるだけで。

そこに潔さなんてものはなく。

ただ、あっけない程に。

 

もしかして、それは私の願望なのかもしれない。

とっとと終わりたいという、私の願望なのかもしれない。

この雁字搦めの世界から解放されたいと、願って止まない私の。願望なのかもしれない。

 

 

「お前は本当に、厳しい男だよな」

 

 

呟いて。

反らしていた視線を戻して。

 

訳が解らない、と言った風情できょとんとしている風間を見て。

 

 

私は笑った。

 




















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