顔をみせないで

 

ここ暫く仕事が立て込んで、ずっと気が張っていたのだろう。

片付いた途端に私は風邪でぶっ倒れた。

 

 

 

こんな時、一人暮らしは辛い。

姉が仕事帰りに寄るとは言ってくれたけど。

時計とにらめっこ。

まだまだ、仕事が終わるまで時間がある。

 

別に来てくれたところで、食欲があるわけでもないし。

特に何かしてもらわなきゃならないことがあるわけでもないんだけど。

それでもどうしても。

具合の悪い時は、誰かに側にいて欲しくなる。

 

 



そんな願いが通じたのか、来客を告げるチャイムの音が。

 

「…誰?」

 

熱で痛む節々を騙し騙し、玄関まで毛布をずるずる引きずりながらドア越しに。

声は自分でも誰の声だかわからないくらいにしゃがれちゃってて。

 



「俺だ」



 

ドアの向こうから返ってきた声は本当に予想外。

 

 

間違えようもない、あの男だ。

 

 

 

どうしよう。

どうしよう。

どうしよう。

 

自分を見降ろせば、何年も着てる着古したパジャマ。
(だってこれが一番楽なんだもの!)

顔は勿論すっぴん。
(しかも鼻を何度もかんだから、鼻の頭が真っ赤になってる!)

髪はべたべた。
(熱があるから、汗しか拭いてないのよ…臭うかもしれない…)

 


 

どうしたらいいの?

どうしたらいいの?


 

振り返って、また愕然とする。

丸めたティッシュが溢れたゴミ箱。
(何個か落ちちゃってる…)

ここ暫く忙しかったから、取り入れた洗濯物が部屋の隅っこで山になってる。
(だって本当にひと段落してすぐに体調を壊しちゃったのだもの!)

脱いだ洋服は、片づける気力がなくてそのまま放り出してあるし。
(パジャマに着替えるだけで精いっぱいだったのよ…)

本来食事をするはずのテーブルの上には、前まで懸かりきりだった仕事の資料が山になってる。
(そしてその山をかき分けるように置いてあるアレはいつのお皿なのかしら…)

 


 

こんな格好で会えない。

こんな部屋に通せない。

 


 

玄関に置いてある全身鏡は、私をとことん惨めにさせる。

来るんだったら、もっと違う時にしてよ!!!

恨めしくて叫びたくなる。

 

いつもだったら、部屋がこんなに散らかってることもないし。

洋服だって、洗濯物だって、きちんと閉まってあるし。

化粧だって。

格好だってもっと可愛いのよ。

もっともっと。

 

「…おい、大丈夫か?」

 

閉じられたドアの向こうで少し心配そうな声が。

 


 

大丈夫な訳ないでしょう?????


 

私の視線はうろうろ。

ドアを見て、自分の姿を見て、振り返って部屋を見て。

 

会いたい?

勿論会いたいわよ。

だけど、それならせめてもっと…

 




ああ、神様!!!

なんて貴方って意地悪なの?

 

 

 


 

「え?それで追い帰しちゃったの?」

 

夕方、約束通り仕事帰りに寄ってくれた姉は、なんとも呆れた顔で。

 

「だって…仕方ないでしょ…こんな状況なんだもの」

「折角お願いして、様子を見に行ってもらったのに」

 

…………

 

「姉さん!!」

 

姉の差し金だったか…

 

「それで…あんたは安静にしないで何やってんの?」

 

私だって自分で何をやってるのか、と思う。

 

あの男が帰ってから、ただ黙々と忙しかった分と寝込んだ分の片づけをしていたのだ。

熱でフラフラになりながら。

もし、万が一次があったら。

その時はきっとこのドアを開けることが出来るように…

ほんの少しでも。

その勇気の後押しが出来るように。

 

 

 

その夜、姉が帰った後。

案の定、風邪は悪化して。

 

私はまだまだ人恋しい夜を過ごすことになる。

 

 






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