06 明日のこと
今日が終わって。
眠って。
朝が来て。
学校に行って。
同級生とふざけたり、勉強したりして。
放課後に何処かに立ち寄ったり、バイトをしたり。
そんな普通の。
極々普通の『明日』。
風間あきらは予定を書きこもう、と開いた手帳を眺めながら逡巡する。
極普通、とは何だろう?
それこそ、明日が『普通』に来ることの保障など何処にもないし、その『普通』が続くことだって解らないのに。
なのに、それに何の違和感を持つことなく、私達は『明日』や『未来』の予定を約束する。
一年前。
兄が急に行方不明になって、私は学校を転校して、兄の学校に編入した。
『明日』は勿論、やってきたけれど、それは決して今まで通りの『普通の明日』なんかではなかった。
結果として物事は良い風に転がったけれど、一歩間違えば兄は死んでいたかもしれない。
私だって、そうかもしれない。
紙一重だった、と言うには大袈裟だけれども、大袈裟と片付けてしまうには余りある事件だった。
『明日』のこと、と簡単に未来を約束する。
これはなんとも簡単だけれど、それでいて実は物凄いことなのかもしれない。
行方不明になる前、兄と最後にどんな会話をしたか。
それは物凄く些細で、本当にどうでもよくなるようなことだった。
アレがもしかしたら、最後になってたかもしれないのだ。
行方不明になってる間、何度も自問した。
何故、兄にもっと伝えなかったのか、兄の様子を注意深く見なかったのか、と。
結局、そうゆうことなのだ。
当たり前だと思っているから、いつでも伝えられると思っているから、人は大事な言葉を伝えないのだ。
人は注意深く、相手を見ないのだ。
少し、気になったことがあっても、また次の機会に聞いたら良いや、とか、様子を見よう、とか先延ばしにするのだ。
そう、『明日』があることを疑いもせずに。
「じゃあ、明日は普通に買い物でも行って、DVDでも見て過ごすか」
目の前の。
兄の後輩であり、自分のことを好きだ、と言ってくれた男の子を見遣る。
兄が行方不明にならなかったら、きっと出会うこともなかっただろう相手。
絶対に仲良くはならなかっただろう、相手。
見慣れた、猫のような笑みを見ながら、私はもう一度、まだ何も書いてない手帳を見る。
この白い手帳に描かれるべき未来は、本当になんの障害もなくやってくるのだろうか?
わからない。
わからない。
未来のことなんて、誰にも解らないし、なんの確証もない。
そう思うと、焦燥感が込み上げてきた。
目の前の相手も、明日にはいなくなってしまうかもしれない。
それこそ、ここから帰る途中で車に轢かれてしまうことだって、ないとは言えないのだ。
『明日』は確約されていない。
『未来』は常に白紙なのだ。
「っ…………」
無意識に手を伸ばして、彼の制服の袖を掴んだ。
「? どした?」
ふいな事に、吃驚した顔で私を見る相手に、上手く説明出来なくて、ただ首を振る。
言った所で笑われる。
私だって、これが馬鹿な妄執だって解ってる。
だけど。
伝えなければ、あの日、兄が行方不明になった日前日の私と同じ。
あの時の後悔は、もう繰り返したくはない。
だから。
上手くはない言葉で、私は必死で相手に伝える。
話下手で、言葉も上手くない私の言葉は、伝えたいことの半分も伝わらないだろう。
それでも、伝えなければならない。
拙くとも。
まどろっこしくても。
ややこしくても。
それでも。
暫く、エッジは私の足りない言葉に耳を傾けていたけれど。
そのうち、親しい相手にしか見せない優しい笑みを浮かべて。
「 」
私の伝えたかったことの、きちんとした返事をくれた。
明日は、また気持ちも変わるかもしれない。
予定していても急用が入ってダメになるかもしれない。
未来は誰にも解らない。
だから今をしっかりと。
後悔のないように。
私は貰った言葉を何度か反復して。
掴んだ袖から手を離して、そっと相手の手を繋いだ。
背景素材提供 NEOHIMEISM 様