もう会えないかもしれない

 

それは偶然。


ほぼ同時にお互いに気がついて、声をかけた。

 

「ラーハルトも買い物?」

 

今日は久々に教会の手伝いも無くて、のんびり出来る日。

何をする予定もなかったから、散歩がてら街を散策していたのだけど。

凄い偶然だわ。

私の言葉に憮然とした表情で。あまり相手をする気がないのか「まぁな」とだけ。

 

 

なんとなく。

私に他に用事があったわけじゃないから。

横を歩く。

 

 

「…なんか用か?」

「ん?そうゆうわけじゃないんだけど…」

 

折角会ったのに。すぐバイバイするのはちょっと勿体なくて。

 

 

ヒュンケルは私や仲間に見せる顔とは違う顔をこの人に見せるから。

妬いてるわけじゃないけど、ちょっと羨ましくて。

そこらへんの、私の知らないヒュンケルのこととか聞いてみたくて。
(普段、ラーハルトと二人、会うことなんてないから。基本ヒュンケルが一緒だし。その場合、あんまり聞くことが出来ないし。そう思うと、この機会はとても貴重)

 

「何を買うの?」

「花」

 

帰ってきた答えに吃驚して。つい足を止めてしまった。

こっちを待つ義理もない男は、その間も立ち止まることなくどんどん進んでいく。

その背中を小走りで追いかけて。

 

「お花…?貴方が?」

 

誰に?という疑問は流石に口には出さなかったけれど。

ラーハルトに花。

頭の中で浮かべてみるも、どうにも上手く想像できない。

それを敏感に察知したのか、ちらりと横目でこっちを見て「おかしそうだな」と。

 

「おかしいわけじゃないけど…ちょっと想像できなかったの…」

 

考えてみれば。あんまり男の人にお花を持っているイメージはない。

唯一、持っててもおかしくないのは先生くらいかもしれない。

そんな風にイメージを想像しているうちに、お花屋さんの前まで辿り着いた。

やはりパプ二カ城下町くらい大きな街になると、見たこともない花も並んでいる。

季節が違う花も。

その色とりどりの花を眺めていると、つい笑顔になる。

実家では母がいつも花を絶やさなかったから、自然と身の周りにあったけれど。実家から離れて生活しているうちに疎遠なものになってしまった。

食卓に飾るくらい、華やかで良いかもしれない。

華美なものはヒュンケルが好まないから。

それこそ、摘んできた野の花でもいいし。

一輪だけでも勿論構わない。

どんな風に飾ろうか、何処に飾ろうか、などと考えているうちに会計を済ませてラーハルトが店から出てきた。

 

「…なんだ?まだいたのか?」

 

手に持っているのは小さな花束。

しかも二つ!

こうなると俄然興味が湧いてくる。

頭の中ではレオナが「聞きだすのよ!!!」と指令を発していた。

 

「プレゼント?」

 

その可愛らしい小振りの花束は、ちょっとした贈り物にぴったりで。

貰う人のことを思うと、正直ちょっと羨ましい気分になる。

 

しかし返ってきた答えは

 

「墓参り」

 

 

 

 

なんとなく別れることも出来なくて、こんなトコロまで付いてきてしまった。

ラーハルトのルーラで来たので、いまいち現在地が解らないのだけれど。

とても深い森の中、目の前に広がる湖。

そこから感じる、なんともいえない神聖で厳かな雰囲気に。

なんとなく聞かなくとも。

 

ここが奇跡の泉なんだ、と思った。

 

 

 

泉を少し奥に入ると、開けた場所に出る。

差し込む木漏れ日が穏やかで、その場所はとても心地よかった。

 

そこに簡素なお墓がふたつ。

ラーハルトは定期的に来ているのかもしれない。

こんな場所にあるのに、そのお墓はとても綺麗できちんと手入れがされていた。

 

 

「ダイのお父さんのお墓?」

「バラン様の墓はない」

 

ぴしゃり、と。

少し硬質的な声で否定された。

その声音で、その話題に関しては触れない方がいいことは解った。

 

「これは俺の同僚の墓」

 

同僚。

仲間。

ラーハルトに仲間がいる話は初耳で、そう言えば私はこの人のことを何も知らないことに気付いた。

私の態度で、私が何も知らないことを察したのか、ラーハルトはほんの少しだけ笑って。

お墓に落ちた葉っぱを片付けながら、持ってきた花束をそれぞれのお墓に供えて「先の大戦で死んだんだ」と。

 

「俺だけ生き返った」

 

そしてポツリ、と。

 

 

ラーハルトが死んでいたことは知っている。

アレはポップに聞いたのか?それともヒュンケルからだったか。

生き返ったことは奇跡だった、と。

 

「一匹は魔法使いがとどめを刺して、もう一匹は俺が殺した」

 

それぞれのお墓を視線で示して。

仲間を手にかけた、と告白する男の背中を私はただ眺める。

 

その状況がどうゆう状況かわからない。

だから、批判も肯定も出来ない。

仲間を裏切った、といえば聞こえは悪いけれど。それはヒュンケルやクロコダインも同じこと。

そして、ポップが殺してしまったことに関しては。

言い訳にしかならないかもしれないけれど。

私達は戦争をしていたのだ、と。

どんな理由があろうとも、やはり命を奪うことに賛成は。絶対に出来ないのだけど。

それでも。


 

「生き返った時、こいつらの棺桶も一緒に安置されてて。

 最終戦に参戦する前にここに埋めたんだ…

 生き返って最初の作業が、同僚の埋葬なんて気が利いてて笑えない冗談みたいだろう?」

 

ははっ、と色のない笑いを浮かべて。

ラーハルトはこっちを振り返ることなく、ただ前のお墓を向いて喋っている。

私に話しかけているのだろうけど、それは独り言のようにも見えた。

 

 

想像してみる。

戦いで死んでしまって。

生き返れば、周りに仲間の遺体がある状況。

 

それはとても。

空々しい程に寒々しい悪夢だった。

 

「まぁ…だから参戦が遅れて、ヒュン坊があそこまでぼろぼろになったわけだが…そうゆう理由だから許せ」

 

ちらりと。こっちを見て。

許すも許さないも。この人が来てくれなかったら、ヒュンケルもヒムも今生きていないのだから。

感謝以外の何物でもない。

 

「貴方が生き返ってくれて…私達みんな感謝してるわ」

 

私の言葉に、彼は一度肩を竦めて。

 

 

暫く沈黙した後。


 

「少しの間、ひとりにしてくれるか?」と。

 

 

 




私はひとり、湖のほとりを散策しながら。

水辺の澄んだ冷たい空気を胸一杯に吸い込んで、どうしても考えてしまう事象に思いを馳せる。

 

あの大戦で。

私達アバンの使徒は、誰ひとり死ななかったけれど。

それでも知ってる人も知らない人も、多くの大事な命が失われたのは事実で。

それは一歩間違えば、私達の誰かだったかもしれないのだ。

全員が生き残れたこと自体が奇跡に等しく、本当なら最前線で戦っている私達の誰かが死ぬことはかなり確率的に高いことだったのだ。

 

瞬間、ぶるり、と身体が震えた。

 

考えたことがないわけではなかった。

しかし、そこまで考えが至らなかった。

 

ダイがあのまま帰ってこないこともあったかもしれない。

ポップがダイのお父さんと戦った時、あのまま生き返らなかったかもしれない。

アルビナスと戦ったあの死闘で、私は命を落としたかもしれない。

それこそ、フレイザード戦でハドラーに氷柱に放り投げられて串刺しになっていたかも。

 

なんだかんだ、全員。

死地には片足を突っ込んでいる。

 

そう。

彼も。

 

彼こそその最たる人物と言っても過言でないほどに。

 

 

 

もし、彼が死んでいたら。

 

それは想像するだけで、足が竦みそうになる仮定だ。

 

 

もし、彼が。

 

 

あの大戦の最終決戦前、私は一度としてもう彼と会えなくなるかもしれない、と思ったことがあっただろうか?

この中の誰かと会えなくなるかもしれない、と。

きっと思ったはず。

そこまで楽天的ではない。

だけど、そこまでリアルにも想像出来なかった。

 

もう二度と会えなくなるかもしれない。

それを想像するだけで、今はこんなにも苦しくなるのに。

 

こんな心理状態では戦うことなんて不可能だ。

 

 

湖面を覗きこめば、心情を映し出すように風によって出来た細波が私の鏡像を歪ませていく。

今はこんなに平和なはずなのに。

こんなにも不安になる。

 

そして、こんなにも愛しくなる。

 

 

自分達が勝ち得た平和を、こんな風に実感するなんて思ってもみなかった。

こんなにも、あの戦いを怖いと思い出すことがあるなんて思ってもみなかった。

 

初めて。

自分がこの手で守れたものを明確に実感した気がした。

 

それはとても尊くて。

とても大事な。

それこそ奇跡と呼んでも過言でない程の。

 

 


 

 

 

「帰るぞ」

 

声をかけられる前から、気配で解っていたのだけど。

なんだか泣きそうになっていたから、振り返るのが気恥ずかしくて。

私はなんとか誤魔化すように笑顔を浮かべて。

 

悟られないくらいに明るい声で、返事を返した。

 

 

 

 

二人の食卓の上に飾られた花は、湖を歩いてる途中で見付けたとても可愛いらしい花で。

この家には花瓶なんてないから、ふつうのグラスにちょこん、と収まっている。

だけどこの花の素朴さは、花瓶なんかよりこっちの方が似合うかも。

私はその花を眺めながら、そろそろ帰ってくるはずの人に思いを馳せる。

 

いつも勿論想っているのだけど。

今日はより一層、切ない程に一緒にいたいと思う。

 

もしかしたら、もう二度と会うことが叶わなくなっていたかもしれない人。

もしかしたら、もう二度と。

 

それを思うと、胸の奥がきゅう、と閉まって息苦しいような痛みを覚えるけど。

それ以上に溢れる喜びが。

 

失わないで済んだ、その喜びが。

 

 

 

聞きなれた、いつもの足音。

玄関の前で止まる気配。

そして、躊躇いがちに。いい加減慣れてもいいのに。鳴らされるチャイム。

 

そのひとつひとつが、毎日繰り返される何の変哲もない日常風景の一幕なんだけど。

そんな当たり前のことにすら、感情が溢れそうになって。

 

 

私は彼を迎えるために玄関へと向かう。

 

 

 

食卓の上に飾られた花が、ほんの少し。

穏やかに揺れた。

 

 

 



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