(三)

 

酒場を出て、持ち帰り用に買った酒瓶を煽りながら。
フラッシュは自棄っぱちで歌でも唄いたい気分だった。

 

「姉御〜大丈夫ですか?」

「大丈夫だよ。全然回ってないしね」

「いや、そうじゃなくて…リストの方ですよぅ」

 

言われなくても解っている。
帰ってこない自分を心配して迎えにきた助手の頭を軽く叩いて、フラッシュは「あんたも呑みな」と酒瓶を手渡した。

 

どいつもこいつも金髪、金髪。
そんなに金髪がいいのかねぇ?
金髪だったら、見た目がいまいちだろうとお構いなしかい?

 

天界人は例外なく外見が整っているものだが、ホムンクルスはそうはいかない。
時には崩れた外見の者も存在するが。

それでも。

そんなものでも、金髪である、というだけで高値で取引されるのだ。

 

勿論、外見が美しいものよりかは値段が劣るが。

 

外見の美しい金髪になれば、それこそ小さな国の国家予算くらいの金額は余裕で動く。

傾城とはまさにこのことだ。

 

しかし言ってみれば、たかだか髪の色だ。
美しい人種が欲しければ、他の髪色のものでも存在するだろう。

 

フラッシュはそこに敢然と存在する不条理を感じざるを得ない。

だが。

それが現実。

それを欲しいと願う者が多ければ多いほど、値段が吊りあがって行くのは道理だ。

 

 

店内で悪戯にかけたままだったゴーグル。

そのゴーグルに映し出されている者達は、嘘ばかり。

街灯を背に立っているあそこの艶っぽい女も、今女をエスコートして店に入って行こうとしているホストくさい男も。

みんな嘘。

嘘、嘘、嘘。

安っぽい金メッキ。

そんなもの。

見なくても、解る。

 

 

 

だが。

 

 

 

 

その視界に。

 

 

 

こっちに向かって、足早に歩を進める一人の男が写った。

 

 

 

 

信じられなくて、フラッシュはゴーグルを外して確認する。

そして再びかけ直す。

そしてまた外し…

 

「天文学的に運が良いのかもしれないねぇ、あたしは」と。

ひとり、まるで亡霊でも見たかのように呆けた顔で呟いた。

 

 

§§§§§§§§§§§§

 

 

念を入れて、痺れ薬を打ち込んで。

フラッシュは捕えた男、ラーハルトを値踏みする。

 

髪はまさに金髪。

そして驚くことに肌は魔族特有の青。

瞳の色は更に驚愕することにグリーンときている。

容姿は端麗。

そこは申し分ない。

 

 

「ひっぺがしな」

 

フラッシュの命令で、助手の男がラーハルトの服を剥ぎ取りにかかる。
ラーハルトは猿轡を噛まされた状態で何か抗議の意を伝えようとしたけれど、自由の効かない体ではそれもままならない。

 

 

 

 

「ふむ」

 

すっかりひん剥かれて、ラーハルトは不機嫌そうにフラッシュ達の不躾な視線に耐えていた。

 

「刻印はないみたいだね」

 

ホムンクルスには必ず何処かに刻印が入っている。

即ち、それはコレが人造人間ではなく、一個の生命体だということだ。

 

あり得る?

 

目の前に展開している事情に、フラッシュは自己問答するが。

これは夢でもないし、確かに目の前に、この金髪の魔族は存在している。

 

 

次に、フラッシュはラーハルトの身体に付いているアクセサリー類をチェックし始めた。

耳と腕と足首にそれぞれ金のアクセサリー。

そのどれもが、かなり高価なものだ。

そして足首の太めのアンクレットに。

 

コードが刻まれている。

 

 

ここでフラッシュは少し安心した。

 

金髪は希少価値があまりに高い為、所有者の登録がされている。

その登録によって盗難や逃走に備えるのだ。

盗難された金髪をオークションに出せば、それは違法として罰金、下手をするとギルドからの解雇、免許剥奪となる。
ただし、折角手に入れた金髪を傷つけたいと思うモノ好きも滅多にいないため、刺青や埋め込みではなく、大概がこのように、アクセサリーや何かに登録者のコードを刻む結果となる。

確かに、特殊な装飾品で取り外すことは出来ないようになっているが。
そこはいくらでも、なんとかなるのだ。

外してしまえば。
それを盗品だ、と証明する術はない。

いくら、あれは自分の元から盗まれたものだ、と呻いたところで。盗まれる方が悪い。
出品される『金髪』が『盗品』かもしれない、だなんて。そんなこと。

誰だって、暗黙の了解の事象。

 

そして、この男にも当然のようにコードが。

 

即ち。

この金髪は誰かの所有物だ、ということ。

 

それは逆に本物である、と証明して貰っているようなものだった。

 

 

どっかの馬鹿な飼い主が、油断して放し飼いにしたのだろう。
それか逃げ出してきたか。

 

なんにせよ。

 

 

これで今回のオークションは大盛況だ。

私の名前も一気に広まる。

ギルドのランクの上がるだろうし。

少なくとも、数百年規模で生活の心配はしなくていい。

というよりも、贅沢三昧の日々が送れる。

 

 

しかもこれはただの金髪でなない。

希少、でいえば更にその上を行く。

自分の手元に一体どれだけの幸福が舞い込んでくるのか。

それは想像出来ない程だ。

 

フラッシュはにんまりと笑みを浮かべて、祝杯を上げる様に、酒瓶を煽った。

 

 

§§§§§§§§§§§§

 

 

「ぷは」

 

噛まされていた猿轡を外してもらって、ラーハルトはやっと一息ついた。
といっても、素っ裸なので落ち着かないことには変わらないし、なんとも言い難い程に不快ではあったが。

 

それでも。

 

自分の目の前で、にやにや笑いながら酒を飲んでいる女に言わなくてはならない。

 

「なぁ…今だったらまだ間に合うから…解放した方がいい」

「なんだい?それ。命乞いのつもりかい?」

「いや…そうじゃなくて……」

 

ラーハルトは溜息をついた。

 

だから。

だから、テリトリー外は落ち着かないのだ。

 

全く油断していた。

歓楽街、あれだけ金髪が溢れていたら紛れこめると思っていた。

 

正直、ラーハルトにとってこんなことは。
初めてではない。

金髪で生まれたからには、避けて通れない事象といっても過言ではない。
それこそ、それがイヤだったら家から一歩たりとも出なければ良い、というくらいの話。
(しかしそれも、そこに在住しているのがバレればお終いだ)

 

だからこそ。

自分は普段テリトリー外には出ない。

テリトリーでは、自分がバランの息子だと周知の事実で知れ渡っているから。

竜の騎士を敵に回そうと考える馬鹿は、滅多にいない。

時々、事情を知らない余所者、もしくはなんとかなると計画した浅はかな者が行動を起こすだけ。

大概は自分の手によって返り打ちに。

そしてそうでなかった場合は、例外なく。

 

 


 

竜の逆鱗に触れる。

 


 

 

そう、例外なく。

完膚なきまでに。

 

 

実際それで、数日前。ひとつの街が灰燼に帰した。

 

 

ドラゴンを密猟しようと忍びこんでいた余所者が偶然ラーハルトを見付け。

ラーハルトは拉致されたドラゴン達を救う為にわざと捕まり。

助けたのだけれど、警戒心の強いドラゴンがラーを引っ掻いて。
(本来ドラゴンに触れる場合は、その鋭い爪や牙に備えてそれなりの装備をするものだけれど、捕まってる状態でそれが叶うはずもなく)

傷自体は全然浅いものだったけれど、バランが到着した時には檻の中で血に塗れたラーとドラゴンがいて。

 

 

逆上。

 

 

その後のことはさもありなん。

語るが愚、と言ったところか。

 

 

 

そんなことがあったすぐである。

油断していた自分への説教は仕方がないとしても。

何処までも過保護がすぎるあの人のことだから。

 

どうあっても。

俺に手を出したら。

命は助からない。

 

 

自分が金髪であることは、そんなのは生まれつきで。

だから諦めているというか、享受している。

確かにその為にこんな面倒事になることも屡だけれども、それも仕方がないことだ、と思っている。

人攫い達の存在は鬱陶しいとは思うけれど、別に無駄な殺生が好きな訳でもないし。

相手も仕事なのは解っているから。

それこそ、大きな宝石が転がっているようなもの。
欲を出して手を出そうとする奴がいるのは、仕方がないと思っている。

 

だから。

自分が下手をした所為で、その結果。

確かに迷惑はかけられたが、殺すほどのことではない、と思うのだ。

そうは思うが、それでもバランが自分に害したモノを許すことはなく、結果目の前には屍累々。

それは正直。

 

気が滅入る。

 

有難いとは思うが。

やりすぎるのである。

 

自分が屠るのならまだしも。

自分の所為で屠られる。

自分の為に屠られる。

 

それは。

センチメンタリズムだと嘲笑されようとも。
一向に慣れるものではない。

 

それがいかに自分に危害を加えた相手だろうと。

それがいかに甘い考えだろうとも。

それでも。

イヤなモノは嫌だ。

 

あの日、バランと出会ったあの日。

磔にされて、火炙りに処された俺を救いだすために。あの人は。
村一帯を轟音と共に地上より消し去った。

確かに迫害もされてきた。母も苦労をした。
そこにあったのは、楽しい想い出ではないけれど。それでも。

殺す必要はなかったのではないか、と。

そこまでする必要はなかったのではないか、と。思わなくもない。

ただ、あの人は強大すぎて、加減と言うモノが出来ないのだろう。

だから。

 

溜息。

 

 

戦争中ならまだしも。

普通に生きているだけで、こんなにも周りに死傷者が溢れるのは。
どうあっても気持ちの良いものではない。

 

そしてもう。タイムリミットまで間がないだろう。

もうすぐ、バランは自分の不在、自分に何かあったことを感知するだろう。

そうなれば。

 

ラーハルトは自分の目の前にいる女を見遣る。

ちょっと吊り目なキツイ目元。
色褪せた髪色は元が何色だったか解らないけれど、そのくすんだ朱は女の雰囲気に似合っていた。
口元に小さな黒子。
長い間、こんな職業に従事していたのだろう。女のモノにしては随分と骨ばった指。
覗く肩口に彫られたタトゥーはトライバルの太陽。

それらを眺めて、これから下手をすれば(いや、十中八九)失われるそれらを見ながら。

 

ラーハルトは溜息をつく。

 

 

どうしたもんかね。

 

 

考えたところで、どうしたもこうしたもなく。

どうしようもないことは痛い程に解っているのだけど。

それでも、独りごちずにいられない。

 

憂えずには、いられない。

 

 

§§§§§§§§§§§§

 

 

「とりあえず、ソレ。解除しなきゃね」

 

フラッシュの指してる『ソレ』が何か一瞬解らなかったが、その視線と指示された先が自分の身につけているアンクレットだと気がついて、ラーハルトは動けない体で後ずさりした。

 

「それはダメだ。というより、それだけは止めた方がいい」

「なんだい?解除したら爆発でもするのかい?」

 

中には盗られるくらいなら、逃げられるくらいなら、と起爆装置を付ける酔狂も確かに存在する。

だが、しかし。

 

「安心しなよ。こっちはプロだよ?安全に解除してやるさ。
 ソレに解除しなきゃ、あんた売りもんにならないしね」

 

こっちも生活かかってんだよ、と。
フラッシュはにやりと笑って、何かを取りに部屋を出て行った。

 

 

しかし。
そうではない。

ラーハルトが心配するのは爆死なんてものではない。

 

それを解除することは=自分の身が危機的状況にある、という合図。
身につけることを強要されている防犯ブザーのようなものだ。

即ち、それを解除してしまえば。

バランは本気で容赦の欠片もなく、全てを灰燼に帰すだろう。

それはなんの困難もなく、あまりに容易に想像できる未来図だ。

 

流石に、ここ暫く潜入してきて調べてきた仕事が、全て無になるのも避けたかったし。
何より、必要以上に被害を出したくはなかった。

こないだのことだって。

吹っ飛んだのが密猟者だけだったら、ここまで気に病むことはなかったと思うが。

街ひとつが灰燼に帰したのだ。
そこには全く無関係な、何一つ知らない存在も数多くいたことだろう。

だが、そんなこと。

『竜の騎士』の前では通用するものじゃない。

 

あの人は自然災害。災厄。理不尽に。利己的に。
なんの帰来もなく。なんの制約もなく。何処までも圧倒的に。
感情に変化もないままに。

 

全てを焼き払ってしまうから。

 

 

 

フラッシュがなにかの器具を片手に戻ってくる。
解除用の道具らしい。

 

「まぁ、どうせこんなん外したところで すぐに新しいコードに繋がれることになると思うけどね。お姫様」

 

フラッシュの指が。

アンクレットに触れる。

 

「ほんの束の間だけど。繋がれてない時間を楽しみなよ。まぁ、囚われてることには変わらないけどね」

 

笑う彼女に、ラーハルトも力なく笑い返す。

 

ほんの束の間だけど。残った時間を楽しみなよ。まぁ、死んでしまうことには変わらないけどね。

頭の中で、台詞を変換して。

 

ああ、どうしてこうも。

生きてるだけで業深いかね?俺は。と。

 

 

どうにもならない思いが、胸の辺りで重くぐるぐる。

 

 

§§§§§§§§§§§§

 

 

激しい轟音。

建物全部が揺れるような衝撃。

 

自由の効かない体で振り仰ぐと、建物の屋根の一部が吹き飛んで、赤い魔力球が見えた。

そしてそこに、一匹の飛竜。

 

 


 

「何やってんだ!この馬鹿!」

 


 

 

叫ぶように、怒鳴るように。

飛竜の上からガルダンディが飛び降りる。

そして丁度、衝撃で離れたラーハルトとフラッシュの間に割り込むように降り立った。

 

「ガル…今ならお前を愛せそうだ」

「いらねぇよ、馬鹿。なんだよ?その格好」

「見て解るだろう?ストリーキングだ」

「アホか!」

 

手を貸して立たせようとするが、薬の回っている体ではそれは叶わない。

察したガルが手で飛竜、ルードに合図を送る。
ルードはその巨体を屋根に開いた穴から差し入れて、ラーハルトの肩口に鼻先を押しつけた。

 

 

「これが御主人様ってわけかい?」

 

フラッシュの後ろには、騒ぎを聞きつけた男たちが駆けつけてきていた。

 

「俺が御主人様?んな訳ねぇだろうが!いらねぇよ!こんなの」

「つれねぇなぁ。俺がいたら一生遊んで暮らせるぜ?」

「一生遊ぶなんざ疲れるだろうが!馬鹿か」

 

鼻先で持ち上げられるようにして、ラーハルトはルードの背中に乗ることに成功する。
そして何時ものように、ガルと軽口をたたき合う。

 
ソレを遮るように。
フラッシュは叫んだ。

「こっちだって、酔狂で仕事してるわけじゃないんだ。お迎えが来たから、ハイそうですか、でお帰りいただくなんて出来ないんだよ!!」

 

絶頂の一獲千金のチャンス。

こんなチャンスを逃すわけにはいかなかった。

 

ガルは溜息混じりに、頭上のラーハルトを見上げる。

 

「姉ちゃん。悪いがさぁ。確かにこいつはレア中のレア。
 天界、地上、魔界探したところで一体しか存在しないようなレアモンスターかもしんねぇけどさ。

 悪いがこいつはジョーカーだ。

 地獄の片道切符だぜ?手に入れたら、終わりなんだよ」

「ガル、随分な言いようだな、おい」

「黙れよ、面倒事増やしやがって。お前、酒奢って終り、とか思ってんじゃねぇぞ。この貸しはでかいからな」

 

 

 

「さて。

 信用できないなら、こいつの登録番号で持ち主照会してみろよ。それくらい出来るんだろ?

 後、それでも俺達を返せねぇってんなら…

 この距離でルードが火を噴くぜ?一瞬で灼熱地獄に招待してやんよ」

 

ガルがぽん、とルードを叩くと、不気味な音を立てて喉が鳴る。
確かに建物の中で、炎を噴かれればそこに逃げ場はない。

ガルダンディが言った通り、そこはまさに灼熱地獄と化すだろう。

 

フラッシュの喉が、一回こくり、と鳴った。

 

「悪いがこっちも時間がねぇんだ。とっくの前に門限は過ぎちまってるし。
 誤魔化し続けんのも限界があってね。

 流石に俺も、連日続けて焼け野原なんて。
 俺がするならまだしも。他人の後始末の焼け野原なんて鬱陶しいんだよ」

 

 

吐き捨てて。

ガルはとん、と床を蹴ってルードの背中に飛び乗る。

痺れて動けないラーハルトの身体を適当に手綱で固定して。

 

 

 

「それでは皆さん、御機嫌よう」

 

 

 

二人と一匹は、赤い魔力球に生える笑みを浮かべて上空へと。

 

 

§§§§§§§§§§§§

 

 

「寒い」

「そりゃあそうだろう。裸なんだからよ」

「俺も羽毛が欲しい」

「じゃあ、金髪魔族なんざ辞めてお前も鳥人になれよ」

 

 

「なれるもんならなってるよ!」

 

 

「…ははっ、違いねぇや」

 

 

§§§§§§§§§§§§

 

 

テントで簡単に着換えを済ませて。

ガルと二人、通信用の悪魔の目玉の前に。

 

『…時間が過ぎている』

 

不機嫌そうな養父に何時もと変わらない笑顔を。

 

「ごめんなさい。ガルとの明日の打ち合わせに集中してて時間忘れてました」

 

これはガルの部下が流していた伏線通り。

 

『…無事ならば良い…』

「俺は大丈夫ですよ。心配かけて申し訳ありませんでした」

 

『気をつけろ』

「はい、申し訳ありませんでした。じゃあ、オヤスミナサイ」

 

 

通信を終えて。

二人脱力でその場にしゃがみ込む。

 

「もう絶対、お前と遠征はしねぇ。お前はバラン様のお膝元で安全にぬくぬく箱入りっとけ」

「あの人の膝元が安全かどうかわかんねぇけど。

 まぁ、忠告。痛み入って涙がちょちょ切れるよ」

 

二人、顔を見合わせて。

どちらともなく、笑いだす。

 

 

なんにせよ。

危機は去った。

 

後は仕事を完遂するだけ。

 

 










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