夢に出てこないで

 

明日は重大な会議があるから。

机の上には資料の山。そして時計は無情にも午前二時を回って。

早く寝ないと。明日は大事な会議。

休むことも大事だわ。

 

解ってる。

解ってるのに。

 

どうしてこんな大事な日に限って。

日頃はどれだけ願っても(これは言葉のあやよ。願ってなんかないわ)アイツの夢なんか見ないのに。

 

 

 

朝起きて。

もう一度寝なおそうか、と思うほどに。

その世界に戻りたいと思うほどに。

それほどまでに、現実ではありえないくらい。

ただただ甘い夢だった。

 

 

 

目覚まし時計を確認。

朝からバタバタするのは好きじゃないから、起床時間は余裕をもってセットしてあるけれど。

それでも二度寝出来るだけの余裕はない。

シャワーを浴びて、髪をセットして。

昨日買っておいたパンで簡単な朝食を取って。

ゆっくり珈琲を飲んだら、出勤する時間

夢の余韻に浸ってられる時間はない。

 

 

そう、浸ってる時間はないのよ。

 

 

だけど。

 

どうしても引きずられる。

思い出してしまう。

今思い出さないと、夢の内容なんてどんどん忘れてしまうから。

 

髪に触れる指や、その髪にそっと口付けてくれる仕種や。

耳元で名前を呼んでくれる、その耳朶に心地よい声や。

私を閉じ込めてしまう、逞しい腕や。

鮮やかな瞳の色や、金色の髪。

そんなものを一つ一つ思い出して。

 

 

 

ああ!ダメ!!

 

私にはやらなきゃならないことがあるのよ!

 

 

 

泣く泣く諦めて、余熱の残るシーツから脱出することに成功して。

シャワーを浴びて、余韻を全て流し去る。

 

 

微かに残る記憶の残滓をかき集めながら。

排水溝に流れていく泡を、ぼんやりと見送った。

 

夢なの。

あれは現実じゃないの。

それが酷く、切なさを呼び醒ますものだということは。

そんなことは痛いくらいに解ってるの。

きっと、次会う時も貴方はいつもどおりでしょう?

きっと、なんら変りなく、いつものとおりなんでしょう?

夢で逢った時みたいに、あんな風に笑いかけてはくれないでしょう?

私の名前を呼んでくれたりしないでしょう?

 

わかってる。

わかってる。

 

 

どれだけ夢の余韻が幸せでも。

その分現実が辛くなるんだから。

だから、それならいっそ。

 

 

 

貴方の夢なんて。

 

見たくない。

 

 

見たくないわ。

 

 

 


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