そんな顔しないで

 

城の窓から、なんとはなしに中庭を眺め。

そしてそこに貴方の姿を見付けた。

 

こっちに気付いた様子はないから。

こんな機会は滅多にあるもんじゃない。

私は悪戯心。軽い気持ちでそんな貴方を観察することに。

 

貴方の視線の先には、ここからでは見えないけれど多分ダイ君がいるのだろう

その視線は酷く穏やか。

騎士団から支給されている軍刀が、ベンチに置いてあるところを見るとダイ君はヒュンケルと一緒にいるらしい。

この距離では聞こえないけれど、何か二言三言交わして。

笑う。

 

 

暫く観察していると。

ふ、と貴方の表情が。

 

 

とても。寂しそうに。

 

 

何処か思いつめたように。

そして何処か怯えたようにも見える。

迷子になった小さな子供のような。

鍵を無くしてしまって途方に暮れているような。

 

 

そんな表情は、今まで見たことはなかったから。

 

 

何とも言えず、不安になって。

出来るなら駆け寄って、どうしたのか問いただしたい衝動に駆られそうになるけれど。

駆け寄って、抱き染めてしまいたくなるけれど。

きっと近づいたら、貴方はいつもの貴方に戻ってしまうから。

そんなこと一切なかったと。

それは私の勘違いだと。

そのいつもの笑顔の裏に、全てを内包して隠しきってしまうから。

 

私はそれを見なかったことに。

それがきっと、貴方が一番望んでいることだから。

見られたなんて知ったら、きっと酷く動揺するでしょうから。

 

 

胸の奥がきゅうと苦しくなった。

誰か、貴方が心を許す人が。

そんな貴方を支えてくれるのかしら。

今現在、それは私ではないのだけれど。

その人の前だったら、そんな顔を隠すことなく見せることが出来るのかしら?

自分を偽らずに不安を打ち明けることが出来るのかしら?

 

 

それが私であればいいのに。

貴方がそんな顔をしなくてもいいように支えられるのが私であればいいのに。

 

 

貴方はその端正な面の眉間に深い皺を寄せて、強く瞳を瞑った。

そして微かに上を仰いで、ほんの短い間必死で何かを堪えているように酷く切ない顔をして。

 

いつもの。

嫌味でひょうひょうとした態度の貴方は、どこにも存在しない。

 

貴方が何を求めているのか、私にはわからない。

 

ただ、それが私でないことだけは重々承知していて。

それだけは痛いほどに解ってて。

 

 

それでも。

どうしようもなく寂しそうな貴方をなんとかしたくて。

私は窓から手を伸ばす。

 

決して届かない、遠すぎるこの距離は。

現実の私達の距離のよう。

 

声すら届かない。

気付いてもくれない。

 

 

この距離は、そんな残酷なまでに隔たった長さだけれど。

 

 

 

そんな顔しないで。

 

 

 

そんな顔しないで。

 

 

 

一人で抱え込まないで。

 

 

 

祈るように。

私は念じて。

 

 

私に出来ることは何かしら?

貴方がそんな顔をしないでいいように出来ることは何?

 

きっとそれは極僅かで。

限りなくゼロに近い、どうでもいいことなのかもしれないけど。

それでも。

 

 

痛いほどに願いを込めると、貴方の表情がいつもの笑みへと変化する。

多分、ダイ君かヒュンケルが呼んだのだろう。

その一瞬で、さっきまでの痕跡は一切消え失せて。

そこにいるのは、本当にいつもの。

いつもの貴方で。

 

 

 

 

本当の貴方は、どっち?

 

 

 

 

苦しくなる程に。

呼吸の仕方を忘れてしまうが程に切なくなるこの感情を持て余す。

どうすることも出来ない。

どうすることも。

 

 

 

出来ることは、貴方がそんな顔をしなくてもいいように。

ただ祈ることだけ。

 

 

 

ただ。

祈ることだけ。

 

 








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