終着点は何時も幸せ
 

 

「にぃにぃ、にぃにぃ、にぃにぃ」

 

お前は猫か、と言いたくなる程に。にーにーにーにー呼んでくる小娘を一瞥して、無愛想に返事を返す。

どれだけ愛想なく接した所で、一向に懲りる気配はないが。

相も変わらず、一国の王だと言うのに、そんな素振りを微塵も見せずに。

小娘は手を顔の前でひっしと組み合わせ、ほんの少し首を傾げて。

とても解りやすい『お願いポーズ』で俺を見上げていた。

 

「…何だ?」

 

嫌な予感がする。

といっても、ヒュンを筆頭に。俺の元に持ち込まれる事は、大概が面倒でイヤなことだったりするけれど。

 

「あのね、あのね。にぃにぃ。

 私、ちょっと料理を教えて欲しいんだけど」

「断る」

 

なんで俺が、料理を教えなければならないのか。

意味が解らない。

 

「ちょっとくらい考えてくれてもいいじゃない!」

「考える必要なんてない。というか、いくら考えても答えは変わらない。嫌だ」

「なんでよ?」

「なんでも糞もねぇよ。なんで俺が、お前に料理を教えてやんなきゃなんねぇんだ?」

「なんでって…」

 

小娘は少し考える素振りを見せて。

そしてにんまり、と笑みを浮かべた。

 

「だってそうじゃないと、ダイ君はバレンタインデーにとんでもないものを食べさせられちゃうからよ」

 

……バレンタインデー。

 

言われて、かけてあるカレンダーを見る。

確かに。もうそんな季節か。

 

だが、それとこれとは関係ない。

バレンタインだからと言って、世の中の女がみんな手造りしてるわけじゃあるまい。

菓子メーカーや、パティシエがなんの為に存在すると思ってんだ。

使え。金あるんだから。

 

口にすることなく、目で訴えてみた。

 

「だって手造りの方が嬉しいでしょ?」

「…別に」

 

手造りの菓子を貰って嬉しい★とか言ってるのは、どっかの青臭いガキくらいだろう。

不味い手造りと、旨い既製品だったら、旨い既製品がいい。

 

「にぃにぃはどうしてそんなに汚れちゃったの?」

「普通だ。普通」

「気持ちを込めて作るのよ?嬉しいでしょ?手造りチョコ、貰った事ないの?」

「あるけど捨てた」

「腐れ外道か!あんたは!!」

 

魔界には金髪が存在しない。そして、存在しない筈の金髪は、それはそれは高値で取引される。

だから魔界に住んでる間、俺がかどわかされるのはしょっちゅうで。

それこそ。薬を盛られることもしょっちゅうで。

自然と。良く知らない奴+何が入ってるか解らない物は口に入れない習慣が根付いた。

それを『腐れ外道』と罵られようが、こっちだって命がけだ。

流石に人身売買、オークションやなんかに出品されたくはない。

 

だが、そんな事情を知る筈もない小娘は(そして説明する気もない俺)暫く、散々俺のことを悪し様に罵ってくれたが。

自分が教えて貰おうとしていたことを思い出したのか、目を見張るほどの変わり身の早さでころりと。

さっきまで見せていた、お願いポーズへと移行する。

 

「まぁそれは置いといて。

 ね?にぃにぃ。きっとダイ君はにぃにぃと違って外道じゃないから、手造り、喜んでくれると思うの」

 

いや。変わり身は、変わりきってなかったようだ。

 

「だから。ね?教えてちょーーーーーだい」

「断る」

 

はっきりきっぱり。

二の句も告げない程にバッサリと。

 

しかしそれでも、小娘は懲りない。

 

「ねぇねぇねぇねぇ、にぃにぃ、にぃにぃ、にぃにぃ、にぃにぃ」

 

その内、服の裾を掴んで引っ張り始める。

 

「ねぇねぇねぇねぇ、にぃにぃ、にぃにぃ、にぃにぃ、にぃにぃ」

「……」

「ねぇねぇねぇねぇ、にぃにぃ、にぃにぃ、にぃにぃ、にぃにぃ」

「……」

「ねぇねぇねぇねぇ、にぃにぃ、にぃにぃ、にぃにぃ、にぃにぃ」

「……」

「ねぇねぇねぇねぇ、にぃにぃ、にぃにぃ、にぃにぃ、にぃにぃ」

「……」

「ねぇねぇねぇね…」

 

「五月蠅いわ!!!!」

 

鬱陶しいこと、この上ない。

 

「そもそも、俺でなくても城にはいくらだって料理人くらいいるだろう?

 そいつに教えて貰えばいいだろうが!」

「ダメなのよ。

 確かにお城にはコックもパティシエもいるけど、みんな私に教えるとなると奥歯に物が挟まったみたいになっちゃうの」

「……」

 

まぁ。

確かに。

それも解らないでもないが。

 

「じゃあ、ピンクとか。占い師とか。いくらでもいるじゃねぇか。一緒に作ってくれそうな奴」

「そこなのよ!!」

 

ビシ!と指さして。

何が其処なのか解らず、とりあえず指された方向を見るが。

其処には、勿論何もなく。俺が掃除をした埃、染みひとつない天井があるだけだった。

 

「あの二人が楽しそうに『どんなの作る〜〜??』とか話してるんだもん。

 さも、作れること前提で『レオナは何作るの?』とか聞くんだもん。

 作ったことない、なんて言えないじゃない!言えないもん。いーーえーーなーーいーーもーーーんーーー」

「………馬鹿?」

「乙女心よ!」

 

激しく違うと思ったが。

まあ…

そうゆうこともあるのかなぁ…と思ったりもした。

いや、思ってやることにした。

 

ある意味、それだけピンクや占い師(いや、占い師は微妙)にとって、小娘は『普通』の友達で。

きっとその発言に、王女だから料理とかしないんだろうな、とか。

お菓子作りをしたことがないんだろうな、みたいな。

そんな庶民では考えられないことに、考えが至らなかったのだろう。

そこに嫌味や、深い思想は存在なく。ただ純粋に。普通の会話の流れでさらりと言ったのだろう。

 

 

はぁ。

 

溜息。

きっとさっき言った様に、城の料理人は遠慮してしまって教えて貰う方も大変、ということも勿論あるだろうか。

きっと。城の人間に教わったら、あの二人にバレる、という危惧もあるのだろう。

だから同じ理由で、カール王の所にも行けないのだ。

 

「小娘。お前にしちゃ珍しいな」

 

普段なら、自分の弱みだろうがベロリと吐き出すのに。

小娘は下唇を少し噛んで、不貞腐れた顔をしながら。

 

「私だって普通の女の子だもん」と。

なんとも滑稽且つ、普通の女の子であったなら言わない言葉を。

 

小娘にとって、普通の女の子扱いしてくれるピンク達は、大事な友人なのだろう。

その友人と一緒に、少しでも『国王』を忘れる時間は貴重なのだろう。

全然立場も、存在も違うが。俺が迫害され続けた日々の中で。母と二人だけで過ごす時間。自分が周りとは違うことを意識せずに済む、あの僅かな時間が酷く大事だった。

その感覚に似ているのかもしれない。

そう思えば、理解出来なくもない。

だが。

 

「それ。ディーノ様、二の次だろ?てめぇ」

 

此処は譲れない。

 

小娘は はっ!とした顔をして。

誤魔化す様に、わたわたと手を振りながら。

 

「違うの!違うのよ!

 二人とも、手造りするって言いながら凄いキラキラしてるの。作る前から、色々想いがあるの。

 で、それを込めて作るわけでしょ??

 私もダイ君にいっぱい伝えたいことがあって。いっぱい想ってることがあって。

 二人見てたら、『ああ、手造りはそうゆう想いもちゃんと込めれるんだなぁ、伝わりそうだなぁ』って思うわけよ!

 だから、まず『作ってみたい』有りき、じゃなくて『ダイ君』有りき なの!」

「………」

「ダイ君にあげたいけど、作れないから悔しいって思ったのーーーーー!」

「…………」

「好きな人に手造りチョコ…、渡す気持ちを知りたいの!」

「…………」

「みんなと『どんなの作った?』とか『こんな反応だった〜』とか言いたいんだもんーーー」

 

大分、素直になってきたようだ。

 

「にぃにぃーーーーー」

 

手足をバタバタさせて。

ぴょんぴょん、その場で飛び跳ねて。

 

はぁ。

 

本日二度目の溜息。

なんだかんだ言って、結局は厄介事を受けてやるから調子に乗ってまたやってくるのだろう。

ヒュンも。小娘も。

頭の片隅で、そんなぼやきを。

 

「作って、ディーノ様に食わせられないレベルだと判断したら容赦なく捨てるからな」 

 

「にぃにぃ、大好き!」

 

…俺は残念ながらあんまり好きじゃねぇよ…

 

 

 




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