彼が酒を止めた理由



「ヒュン坊、酒、呑みに行くか?」

 部屋を覗いて声をかけると、ヒュンケルは少し笑って首を横に振る。

「おまえ、 最近付き合い悪くないか?」

 ただでさえ糞真面目で面白みのカケラもないのだ。そんな中、魔族と対等に呑める、そのザル具合は唯一の長所といっても過言ではないだろう。

 ソレを放棄しておまえになんの価値があるよ?

 口に出して言うと、「兄ちゃん…言い過ぎだろ…」と苦笑を零す。

 言い過ぎも何も…思ったことの半分も言っとらん。

 「なんだ?肝臓でも痛めたか?」

  「いや…体調とかじゃなくて…」

 歯切れの悪い言葉。

 ん?と促す様に小首を傾げてみせると、言いにくそうに言葉を続けた。

 

 「マアムが心配するから」

 

 「……………」

 

 阿呆らしい。

 一瞬でも、この糞餓鬼の体調を心配しかけた自分が馬鹿らしくなって俺はくるりと背を向ける。

 あまりに馬鹿馬鹿しいので、今日はもう幼い主の寝顔でも見て、とっとと寝てしまおう。

 俺は毒気にあてられないうちに退散を決めた。

 

 「ご馳走さん」

 

 背中越しにヒラヒラと手を振って、欠伸を噛み殺す。

 ああ、馬鹿らしい、馬鹿らしい。

 

 そして俺は少し笑った。





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