完全敗北

 

 

竜と人間と魔族。

その特性を併せ持った最強の生物、竜の騎士。

竜であり、人間であり、魔族である。

しかし、そのどれでもない。

 

竜の騎士が生物学的に(?)何に近いかと言えば、その身体は精霊に近い。

 

精霊。大雑把に一言で呼び表しているが、その存在はピンからキリまで。

空気中、至る所に存在する目にも見えない矮小で脆弱な精霊もいれば、天界を拠点にそれこそ天地を震わせかねない程の力をもった精霊もいる。

人間や魔族の扱う『魔法』も精霊の力を借りて行われる事象で、MPと呼ばれる『気力』を精霊に食べさせる、またはそれを捧げることによって、炎なら炎の精霊を呼び出して効果を発揮する、というのが仕組みだ。

食べさせるMPの量が多くなれば、それだけ強大な魔法になる。

 

しかし、実際には同じ魔法でも術者の能力によって効果もまちまちで、それこそたかがメラでも大火災を起こす化け物も存在する。

 

それは純粋に、その術者の気(MP)の質の問題だ。

同じ重さの金でも、不純物を多く含んでいれば価値は下がる。

同じ重さの金でも、不純物が少なければ価値は上がる。

 

魔法使いや、賢者などの術者の修行とは、まさに己が精霊に差し出せる金の純度をどれだけ高めることが出来るか、なのだ。

 

 

また場所もある。

魔法などに消費される目に見えない精霊は、感情などの目に見えない流れにも左右されやすい。

そこに存在する感情や、想い、祈りによって、普段より純度を増すことが出来たり、また下がったりすることがある。

例で言えば、教会などで回復魔法をかければ他の場所などでかけるよりも回復率が高い。

また逆に、墓場や戦場跡地などでは回復率が落ちる。

 

士気の高い戦場で、戦闘能力をあげる補助呪文をかけることは利に叶って効果も期待できる。

攻撃魔法なども、その土地によって効果に影響がある。

 

また、自分のテリトリー(普段生活している場所など)でも効果は高まる。

それは、その場所の精霊の感覚を術者が掴みやすい為、と考えられている。

 

何処にいるか解らない存在に餌を放り投げるのと、何処にいるか解っていてソコに餌を放るのとの違いと言おうか。

 

実際、今の技術ではここまで理解されていない。

これは私が竜の騎士だから、体感として知っていることだ。

 

 

そう。話を元に戻そう。

 

竜の騎士は精霊に近い。

 

だから、感情の影響を受ける。

 

この能力は戦闘時に於いて、戦場に赴いた場合、その戦場に溢れる『戦気』や『士気』を吸収して純粋に力に変える、といった戦い方にも応用が利く。

戦っている相手自身が竜の騎士に力を貸しているようなものである。

戦いに昂じれば昂じる程、強くなっていく。

これは相手にしてみれば、絶望と呼べる現象だろう。

 

だが逆に、その戦場が。その敵によって虐殺された跡地であったりすれば。

そこには恐怖が渦巻いている。

それを吸収してしまえば、能力は下がるだろう。

そういった時の為に、影響を受けなくすることも勿論可能なのだが。

 

それは、潜る時に息を止めるようなもので。

勿論、短時間で苦しくなったりするようなものではないが、それでも。

それでも、四六時中行っておくようなものではない。

日常、常に気を張っていられないのと同じ理屈。

 

だから、街を歩いていたり

それこそ戦場跡に踏み込んだ瞬間に、『ソレ』に襲われることがある。

 

感情が。

残留思念が流れ込む。

 

それは決して気持ちの良い感覚ではないし、それこそ勘弁願いたいような感覚なのだが。

まぁ、それでも支障はない。

 

人間が幽霊と呼ぶ存在を見ることもある。

あまりにハッキリしすぎていて、生きているモノと区別がつかないことすらある。

 

そういった残留思念は、時間と共に薄れていくものだが。それでも中には、何年も、何十年も色濃いままの残留思念を持ったモノもいて、時々気まぐれに耳を傾けたりもする。

(それだけ強烈に残された想いとはいったいどんなものなのか、興味がある)

その想いに共感出来るかどうかは別問題で。

中には、何故そんなくだらないことでこんなにも長い間、意思が残っているのか理解出来ないことも多々あった。

(借金のことだったり、いなくなった猫のことだったり)

 

そういった存在に対して、人間のように恐怖を抱いたりすることはない。

勿論、敏感な人間はそういった残留思念に反応して体調を崩したり、それこそ気が触れたりもしてしまうので恐怖を抱く気持ちが解らなくもなかったが。

竜の騎士として生を受けた私は、それくらいでどうにかなることもなく。

対処方もいくらでもあるので、恐怖を感じる必要などないのだ。

 

 

はぁ。

 

 

溜息をひとつ。

視線を西の稜線へと動かせば、赤く燃える夕日が半分程沈んで、その残光で空を真っ赤に染めあげている。

視線を戻せば、目の前には廃墟のような家が一軒。

 

扉は斧か何かで破壊したのだろう。

自然に朽ちた、というには些か乱暴にささくれだって、外れかけている。

石で造られた頑丈そうな壁は、それでも雑草の生命力に逆らうことが出来なかったようで、微かな隙間を埋めるように緑が芽吹いていた。

家、と呼ぶより頑丈な物置きと呼ぶほうが正しい気がする。

外から見て、奇妙に低い位置にある窓は、そこの部分が半地下になっている為だろう。

石造りで、気温の変化に乏しい環境なら、そこは立派な倉庫になる。

 

 

はぁ。

 

 

私はもう一度、溜息をついた。

勿論、その溜息に応える者はいない。

風すらも吹かない。

 

だが此処でずっと突っ立っているワケにはいかない。

じきに陽も沈む。

腹だって減ってきた。

 

仕方がない。

どう考えたところで、行くしかないのだ。

 

そう決意して。

しかしそれでも、微妙に諦めの悪い性根が、もう一度だけ。溜息を落とさせた。

 

 

§§§§§§§§§§§§§§§

 

 

「バラン様、バラン様」

 

ソファで本を読んでいた私の元にラーハルトが駆けてくる。

そしてペタリと地べたに座り込んで、首を膝に預けた。

 

「どうした?」

 

撫でやすい位置に頭を持ってくる、犬か猫のようだ、と思いながら。

掌の上で転がされてる気もするが、それでも条件反射のようにその小さな頭を撫でてやりながら声をかけると。

頭を擡げて、「お願いがあるんです」と。

 

普段、滅多に「お願い」など言わない子なので面食らうが。

その私の一瞬の沈黙を拒絶と判断したのか、しゅん、と耳が下を向いた。

 

「言ってみなさい」

 

言葉よりも雄弁な耳に苦笑しながら、言葉を促せば。

 

それはなんてことはない。

『母親の墓参りに行きたい』という、ただそれだけの願いだった。

 

 

それを拒否しようはずもなく、二つ返事で承諾すると。いつもの、蕩けるような笑顔を浮かべる。

現金なもので、下を向いていた耳は嬉しそうにリズムを刻むようにパタパタと動いていた。

 

 

ただ問題は、この子はまだルーラが使えない、ということ。

勿論送っていっても良いのだけれど、墓参りくらいゆっくりしたいだろう。

帰りの問題がある。

その時間待っていたら、きっとこの子は気を使うだろうし。帰りを急かしたくはない。

 

なので、結局行きは送り、気の済むまで墓参りをしたらキメラの翼で帰ってくる、ということで合意に達した。

 

 

無くさないように、といっても無くす程の大きさではないキメラの翼を大事に鞄に仕舞うと、ラーハルトは準備を整えて私の前に来る。

 

「気の済むまで、と言いたいところだが。とりあえず陽が沈む前には帰りなさい」

 

ラーハルトの母親が埋葬されている辺りは、人気はないとはいえ、それでも油断はならなかった。

だからとりあえず、陽が沈むまでには戻ってくるように釘を刺せば。

ラーハルトは笑いながら、「まだ今、朝の10時ですよ。陽が沈むまでどれだけあるんですか。それまでには戻ってきますよ」と。

どれだけ墓参りに時間がかかろうとも、そんな長居はしない、と。

言ってることは至極真っ当で、私は頷いて。

 

 

私はあの子を、私が吹き飛ばした村の跡地へと運んだ。

 

 

§§§§§§§§§§§§§§§

 

 

ラーハルトの母親の墓は、一目では墓とは解らない。

というより、一目ではそこにあるのかどうかも解らない。

 

この子を保護して直ぐ、一度この場所に来たことがある。

その時に、つい。

あまりにも私が想定している墓とは違うもので、問うたことがある。

 

私が妻に用意した墓は、それこそ人が辿りつける場所ではないが、それでも見晴らしの良いとても景色の美しい場所で。

かたや、ラーハルトが用意した墓は森の木々の根に隠れるように、見晴らしも何もない、そんな場所だった。

子供の力ではこうゆう場所にしか墓を用意出来なかったのだろうか、と。また作り直すのなら協力をする旨を伝えれば。

この子は言った。

 

 

「そんな場所にいたら、母は落ち着いて眠ってなんかいられません」

 

 

それは、親子共々、長い年月を迫害を受けて育った故の悲しい答え。

人の目に触れる可能性のある場所では、穏やかに生活することなど出来ない、と。

穏やかに眠ってなどいられないのだ、という答え。

 

その言葉に、つい感情が顔に出てしまったのだろう。

ラーハルトはそんな私を不思議そうに見て、そしてまだ出会ってすぐの、ぎこちない関係ながらも笑顔を浮かべて。

 

「それに母は森に帰りたがってました。

 森に抱かれて眠るのが、幸せなんです」

 

言われれば。

確かにその墓は、まるで森と一体化するように。

森に抱かれているように見えた。

 

人それぞれに、違う価値観がある。

 

確かにその墓は、墓にも見えず、見晴らしも良くはなく、華美た装飾も、綺麗な花もない。

だがそれでも、その自然と一体となった姿は、美しかった。

綺麗な花はなくとも、春にはこの辺りに小さく可憐な花が咲くだろう。

そして夏には、根元を借りているこの樹が可愛らしい黄色い花を咲かせるだろう。

秋には、様々な色の葉が世界を染め上げて

冬は横の茂みに赤い実が成る。

 

きっと、この子の母親は世界のそんな当たり前の変化を愛した女性だったのだろう。

 

この子の満足そうな顔を眺めて、私はそう思った。

 

 

 

 

そして、今。

久しぶりにその墓の前に立ち、初めて来た時よりも更に緑が濃くなった場所を眺める。

 

ラーハルトは嬉しそうに墓に駆け寄って、そして振り返った。

 

「ありがとうございます」

 

その笑顔は森に差し込む木漏れ日に照らされて、とても生える。

普段は魔界で生活をしているが、やはりこの子は地上に生まれ落ちた子供なのだな、と。こうゆう時に痛感する。

金の髪も、碧の瞳も、太陽の下、青い月光の下の方が相応しい。

 

地上に住もうか、と案を出せばきっと嫌がることは解っているのだが。それでも、その景色は失うには勿体ないと思う程に美しかった。

 

 

「じゃあ、ラー。陽が沈むまでに」

「わかってますよぅ」

 

何度も言うな、と膨れて見せる子供らしさに堪え切れず笑みを落として。

私はもう少し眺めていたい衝動を抑えて、そのまま背を向けた。

 

 

 

帰る間際。一度だけ振り返れば。

ラーハルトは墓に落ちた枯葉を掃除しながら、何かを頻りに話しかけていた。

 

その風景に、微笑みながら。

私はルーラを唱えた。

 

 

§§§§§§§§§§§§§§§

 

 

一人、ラーハルトが用意して行った昼食をとり。

久々に子供もいない休日。のんびりと溜まっていた書物に目を通す。

 

実際、小さな(というとラーハルトはむきになって否定するが)子供が家にいると、なかなか自分の時間は取れない。

勉強も見てやらなければならないし、留守にしがちな分、穴埋めとして話を聞いてやらなければならない。

それはどれも決して不快ではないし、楽しいのだけれど。

久々に、しんと静まり返った家で本を読むのは楽しかった。

普段も本を読んでいれば、ラーハルトは邪魔をする子ではないので静かにしているのだけれど、居れば構ってやりたくなる。

それで結局、読書を切り上げて相手をしてやってしまうのだ。

 

これを甘やかしている、というのだろうか?

 

考え、失笑する。

竜の騎士が甘やかすなど。

 

まるで、天変地異だ。

 

 

途中、何度か珈琲を淹れに立つくらいで、他に何に煩わせられることなく読書を続け。

気がついて時計を見れば、16時を少し回っている。

ラーハルトを送っていって、六時間。

墓参りにかかる時間としては随分と長い気がするが、それでもまだ陽が沈む時間ではない。

久々の地上を満喫しているのかもしれない。

 

そう思って、とりあえず読書を再開する。

が。

暫くして、結局。本を閉じた。

 

集中出来ない。

 

時計を見る。

時計は1640分を指していた。

 

逡巡した時間は僅か。

 

私は立ちあがって、ソファに放り投げていたマントを羽織った。

 

 

§§§§§§§§§§§§§§§

 

 

そして結局、迎えに。

朝と同じく墓の前に立って、その景色を眺めた。

 

人の手が入ったと解らない程度に、それでいてちゃんと手入れされた場所。

それは確かに、あの子がさっきしたものだろう。

 

だが、当然だが。

その墓には、もう誰もいなかった。

 

こんな小さな墓の前で7時間も居続けることはないだろう。

当たり前だ。

 

頭で解っていながらも、それでも姿が見えないことに不安に駆られる。

 

 

此処はあの子が生まれ育った場所だから、見て回りたいトコロも沢山あるさ、と頭の中で自分に言い聞かすが。

その半面、見て回りたい所も何も、全て私自身が吹っ飛ばしたことも承知していて。

 

それでもとりあえず、私は森から、村があった方向へと足を進めた。

 

 

 

森と村を仕切るように、川が流れている。

この川の向こうが、『元』村があった場所だ。

 

そこは、私が言うのもおかしな話だが。ただ一面の何もない場所だった。

遠く、向こうの森が見える程に何もない。

 

いや、村の中心にあったであろう、こんな田舎の辺鄙な村には不釣り合いな程豪奢な教会が、その一部を微かに。

元の形より歪んでしまってはいるが、それでも確かにそこにあったことを無言で訴えていた。

 

 

とりあえず、行く場所がないのでそこまで歩いた。

吹っ飛ばした当初は荒野だったのだが、今では草が生い茂り、一面の原っぱと化している。

そんな原っぱの、少しだけ盛り上がった場所に、四方のうち、二面を失った石壁が今にも崩れ落ちそうな角度にひん曲がった十字架を頂きに乗せている屋根を辛うじて支えている。

他には、この石壁の影にあたるのだろう。

懺悔室と思わしい木製の箱(部屋と呼ぶには小さすぎる)が、浸食された緑の中、まるで私の懺悔を聞きたがっているように口を開けていた。

床の石組も少し残っている。

柱の一部も二か所、緑の隙間から覗いていた。

 

随分と派手にやらかしたものだ、と。

 

まるで他人事のように感心して。

微かに残っているとはいえ、それでも視界を遮る程ではない残骸を見渡して。

結局、そこにあの子の痕跡を見付けることは出来なかった。

 

 

全く、何処に行ったのか。

 

 

自然と溜息が落ちる。

困った子だ、と思うことで不安から目を反らす。

 

そして、その瞬間。昔あの子と一緒に墓参りした時のことを思い出した。

 

墓参りを終えた後、あの子は行きたい所があると言って、村の外れまで行った。

そこまで行けば私の爆発の被害も殆どなく、家畜用の柵や、石畳も残っていた。

そして、そこに。その家はあった。

 

家と呼ぶには、語弊があるような。

そんな建物だったが。

 

ラーはそれを指して、「俺の家です」と言ったのだ。

 

 

あそこか………

 

思い出せば、ソコ以外にあり得ない気がした。

 

村を外れた、本当に辺鄙な場所だった。

それはまさにこの親子が村という集合体から弾かれていたことを物語るに十分な場所だった。

 

一目で粗末と解るようなそんな場所で。

それでも、その残った家を見て嬉しそうな顔をしたラーハルトは忘れられない。

 

 

 

記憶を手繰り、どっちの方向だったかをぼんやりと思い出して歩き出す。

あの廃屋はまだあそこに立っているだろう。

しかし、随分と痛んでしまっているハズで、それこそ崩れてしまうかもしれない。

そう考えると、自然と足は速くなる。

 

頭の中では瓦礫に潰された子供の姿が過っては消えた。

 

 

 

 

早足で進んで30分程。

見えてきたその場所は、不安に反して崩れることもなく、そこにあった。

 

もうその段階で、あの子が此処にいることを疑う要因は何もなく。

確信に近い思いを抱いて。

 

 

生い茂る草の中、鎮座するようにそこにある建物は。

元が朽ちかけて見えた分、前見た時とあまりに変わっていなかった。

もしかすれば、あの子がここに生活していた時とも大して変っていなのかもしれない。

 

 

そして私は。

 

 

その、まるで斧か何かで壊されたような半壊した扉をそっと、引いた。

 

 

§§§§§§§§§§§§§§§

 

 

瞬間。

頭を叩きつけるかのような思考が流れ込んでくる。

 

全く予想していなかった事態に、激しい頭痛と衝撃に三半規管が悲鳴をあげて視界を歪ませた。

ぐらぐらと揺れる。

ぐるぐると回る世界に、知らず壁に手をつく。

 

そしてその壁から、まるで体内に侵入してこようとするように、感情の触手が触れた個所を絞めつけてくる。

 

慌ててその場所から手をひき剥がして、辺りを見遣る。

 

誰かが乱暴に踏み込んだのだろう。倒れた椅子の足は折れてしまっている。

床に落ちた食器は割れている。

誰も住まなくなった為に痛んだのとは違う、人工的な荒廃が至る所に見てとれた。

柱の傷、修復した家具、踏み荒らされた無数の足跡、天井や壁に染み付いた血液。

 

そして、辺りに満ちていた残留思念が像を結んだ。

 

ゆっくりと、霧が集まるように。

 

未だにぐらぐらする視界の向こうで、その像が女の姿になる。

 

キツく睨み据えた双眸。

鼻と口元は、あの子と良く似ている。

 

何より似ているのは、その気位の高さを滲ませる、あの子と同じ皇帝緑の鮮やかな瞳。

 

疑問を挟む余地がない程に、これはあの子の母親だろう。

 

 

『私の天使ちゃんに危害を加えて御覧なさい。

 どんな手段を使ってでも、皆殺しにしてやるわ』

 

 

女が発した声に、ぞくりと背筋が泡立った。

残留思念特有の、純粋なまでに特化した意思は。

竜の騎士にも匹敵する程の純然たる『殺気』を放っていた。

 

母親としての、母性と。

子供を守るために放たれる敵意。

 

ここまではっきりと像を結ぶことが出来る程の思念はいか程のものだろう。

 

子を遺した母親とは、皆こうなのだろうか。

 

そこまで考えて、自分の妻にもそんな部分があったのかと訝しむ。

想像することは出来なかった。

 

だが、その思考逡巡がダメだった。

 

衝撃の第二派が来る。

 

ある一定の場所ではなく、この『家』に付いているだろう女の残留思念は、室内にいる限り360度、至る所からその意識をぶつけてくる。

 

酷い頭痛と、痺れるような痛みが指先に走った。

知らず、後ろに下がり

そのままよろける様に半分開いたままの扉より外に出た。

 

 

扉の隙間より見える女の姿は、凛とした怒りをその瞳に讃えて。

そのか細い身体とは裏腹に、雄々しくも見えた。

 

あの子の物より遥かに薄いヘーゼルの色をした髪は靡き、彼女がまるで獅子のような印象を与える。

 

 

 

 

 

「…全く…なんて女だ…」

 

家から出たことで止んだ衝撃と、治まってきた頭痛を振り払い。

私は舌打ちを。

 

 

正直。

この手のタイプの女とは、絶対に関わり合いになりたくはなかった。

 

 






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