02  暗い道




 

日中でさえ薄暗い道がある。

周りの建物の立地条件や、色々な要素が重なってどうしても陽が射さない場所がある。

私の歩んでる道も、きっとそのようなものだろう。

色々な要素が絡み合った結果、陽が射さないようになったのだ。

 

かと言って、常に暗いか、と言われればそうでもない気もする。

確かに過酷ではあるが、弟を含め、何ものよりも大事だと思えるものもちゃんと持っている。

陽に背を向けて生きて行かざるを得ない環境だ、としても。それでも私は恵まれているのだろう。

 

 

学園から弟のマンションに向かう途中に、そんな道がある。

その前を通りかかった時に、ふと、そんなくだらないことを考えた。

 

どうしてもジメジメとしてしまうそんな場所でも、それでも芽吹く植物があるから、そんな連想をしたのかもしれない。

陽も射さず、空気もあまり動かない、風も通り抜けないような路地。

どうやってそんな場所に種が辿りついたのかは解らないが、それでも芽吹き、花を咲かせている野花は、ちり、と心を焼いた。

健気だからだろうか。

それとも、無駄に自分と重ね合わせてしまったからだろうか。

どちらにしても、くだらないことだ。

 

 

思考を振り切って、弟のマンションに到着すると、そんなことはすっかり忘れてしまっていた。

 

忘れてしまっていたのだが、どうやら思考回路は働き続けていたらしい。

 

 

 

 

私はただ、何処まで続くのかも解らないような。

それでいて、何処まで行っても街灯ひとつないような真っ暗な道を歩いている。

空には細い月が。灯りと呼ぶには儚すぎる光を放っているが、その光量だけでは全く足りない。

自分の足元さえも見えない。そんな闇の中を、それでも私は迷うことなく真っ直ぐに歩き続ける。

何があるか解らない道を。それでも微塵も不安に駆られることなく、真っ直ぐに。

 

心は酷く平穏だった。

穏やかなわけではないが、落ち着いていた。

それこそ、自分が選んで、決めた道だから。

迷う必要などない、と。

迷っている時間はとうに通り過ぎたのだ、ということを知っている。自覚している。

 

どれだけ暗くて、先行きが見えなかろうとも。

 

ふ、と風が吹いた気がした。

顔を上げると、ずっと続いた暗い道の向こうに、微かな灯りが見えた。

 

真っ暗闇で見る、その微かな灯りは、微かながらも暗闇が深すぎてとても眩しく見えた。

知らず、足はそちらに向く。

歩き始めて初めて、迷いを覚える。

それでも、足は先程までと同じく迷いなく。真っ直ぐにその明かりを目指し始める。

暗闇ではなく、灯りの方へと。

 

徐々に。徐々にではあるが大きくなっていく灯りの向こうに、人影が動いている。

近づいて、それが細い街頭で、その下に誰かが立っているのだ、ということが解った。

 

足は早足になる。

気持ちは歯止めをかける。

 

しかし距離は少しずつ、少しずつ。もどかしくなる程に微々たる量ではあったけれど、確実に縮まって。

 

 

そして、ついに。

 

 

灯りの下で、人影は振り返る。

 

 

ここまでくれば、振り返らなくても、それが誰かは容易に解った。

 

 

街灯の下で。

そこだけぽっかりと闇から切り取られるように浮かびあがった光の輪の中で。

 

 

弟は、いつもと同じ。

自分には決して出来ない、満面の笑みを浮かべて。

 

 

「兄さん、遅いよ」と。

 

 

今日、自分を迎え入れた時同様の台詞を吐いて。

 

そして、そっと手を伸ばす。

 

その手を取ることに逡巡はなかった。

まるで、そうすることが定められていたかのように自然にその手を取る。

 

 

どれだけ暗闇であろうとも、この存在が私の灯りなのだ。

どれだけ暗かろうとも、これがあれば進んでいけるのだ。

 

そう、この灯りを護る為に。

私はこの闇をきひとり突き進むのだ。

 

 

繋いだ手に、温もりを覚える。

そして、その手をぐい、と引っ張られる。

 

その瞬間、光が満ちた。

 

 

 

 

「ちょっと。こんな所で寝たら風邪ひくよ?」

 

顔を覗きこむ弟の顔と、背後の電気が眩しくて目がくらむ。

どうやら、夕飯後うとうととソファで寝入ってしまったらしい。

 

「寝るならちゃんと寝室で寝てよね?」

 

私の腕を引っ張り上げて上体を起こさせると、弟は「困った人だなぁ」とまるで子供に言い聞かすような口調で呟く。

その様がどうにも可笑しくて、私はつい、笑ってしまう。

 

「何が可笑しいのさ?」

「いや、何時もお前は私が何処に堕ち込もうとも、救いあげてくれるのだな、と思ってな」

 

どれだけ暗闇だろうとも。

この手は、決して私を見捨てず、繋いだまま。

 

それは震える程に有難く、そして、凍えるほどの罪悪感を催させるが。

 

それでも、今はこの甘美な温もりに浸ろうと、繋いだ手に力を込める。

 

弟はきょとんとした顔で、私を見返し。

その後、夢の中で見た、いつもの笑みを浮かべて「当然だよ」と言い切った。

 

 

どれだけ暗かろうとも。

どれだけ深かろうとも。

 

その弟の言葉には、何処にも微塵の迷いも嘘もないのだろう。

それが解っているだけに、私は小さく頷いて。

 

そっと。

繋いだ手を解いた。

 

 

 






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