魂の行方




「そういえば、真魔剛竜剣、てどうなったんだ?」

 

 疑問は何気ないポップの一言。

 

 「…さぁ?バーンとの戦いで折れちゃって…どうなったんだろ?」

 

 聞かれたダイも、今まで気にしたことがなかったようで首を傾げる。

 

 「でもよ、アレもダイの剣とかみたいに勝手に治るんだろ?

 じゃあどっかで復活してんじゃねぇの?」

 

 「そっかなぁ?

 どう思う?ヒュンケル」

 

 話を振られ、耳だけ傾けていたのを視線をあげて応える。

 

 「無い話では無いな」

 

 「そっか…じゃあずっと放りっぱなしで可哀相なことしたかな?」

 

 そのダイの言いようが可笑しくて、俺は少し笑ってしまった。

 

 「呼んでみたらどうだ?」

 

 「呼ぶ?」

 

 「応えて飛んでくるだろう? 魔槍とか」

 

 「ダイの剣と鉢合わせしたりな」

 

 ポップが笑いながら、指でバツを作る。飛んできた剣同士が空中でぶつかった様を表しているらしい。

 

 「でも…そっか。

 やってみよっかな…」

 

 

 ガチャン。

 

 

 耳障りな金属音。

 振り返るとトレイにティーセットを載せたラーハルトが立っていた。

 

 「…失礼」

 

 眉間に皺を寄せ、トレイの上に少し零してしまった紅茶を拭き取る。

 

 「ラーハルト?」

 

 らしくない態度だ。

 いつものラーハルトなら、そんな粗相はしない。

 

 「なぁ、ラーハルトはどう思う?」

 

 「…さあな…」

 

 ポップの問いに素っ気なく応え、ダイの前に茶を運ぶ。

 明らかに態度がおかしい。

 ダイも気付いたようで、ラーハルトを心配そうに見ていた。

 そして俺に、どうしたんだろう?と視線を寄越してくる。

 

 「ラーハルト?」

 

 もう一度、名前を呼ぶ。

 返事はない。

 酷く不機嫌な視線で一瞥。ソレのみ。

 やれやれだ。

 

 一体何だというのだろう?

 今までのやりとりを回想してみる。

 

 そして、はた、と思考が止まった。

 

 真魔剛竜剣。

 竜の騎士の正統たる武器。

 バランの剣。

 そう、『バラン』の剣。

 

 

 俺は溜息を零した。

 

 その溜息で俺が感づいたことに気付いたラーハルトは、一瞬だけその瞳に怯えの色を覗かせて、ソレ以上悟られまいとするように視線を反らせた。

 

 付き合いもそれなりな時間になるが、バランのことに関しては自分の無力を痛感する。

 ドコまでも届かないのだ。

 無力感は苛立ちに通じ、いい加減腹もたつ。

 こいつはいつまで捕われ続けるのだろう?

 

 

 

 

 夜、ダイが珍しく訪ねてきた。

 

 「昼間のことか?」

 

 こくり、と頷く。

 その素直な姿に、ラーハルトへの苛立ちを抱く。

 主にこんな顔をさせて、何が忠臣だ、と吐き捨てたくなる。

 

 「ラーハルト、どうしたんだろう?俺、何かした?」

 

 不安げに。そして心配そうに首を傾けるダイに、俺は答えを。

 「…あいつはまだバランを待ってるのさ」

 

 ミルクを多めに入れたコーヒーを作ってやりながら、自嘲気味な音の滲む声音を意識した。

 

 「父さん?」

 

 「真魔剛竜剣はバランの剣だ。

 ソレをお前が呼んで、もし来てしまったら…

 正統な持ち主がお前に代わってしまったことを…

 バランがもういないことを…

 あいつは見たくないんだよ…

 現実を認めたくナイんだろうな」

 

 出されたコーヒーに息を吹きかけ、冷ましながらダイは「そっか…」と消え入りそうな声を落とした。

 ダイは馬鹿ではない。

 だからラーハルトの忠誠が自分を通り越した向こうに向いてることくらい気付いているだろう。

 

 「俺…どうしたらいいのかなぁ?」

 

 「お前はそのままでいいさ」

 

 変わらなければならないのは、あの馬鹿兄貴だ。

 故人を偲ぶな、とは言わない。だが、あいつの中では故人ですらないのだ。

 未だに圧倒的なまでの存在感で支配している御主人様。

 馬鹿らしい。

 

 顔に苛立ちが出てしまったらしい。ダイの視線がソレを物語る。

 

 「ラーハルトは、本当に父さんが大好きだったんだね」

 

 「…そうだな」

 

 大好き。

 存在理由。

 全て。

 それこそ、まさに神の如く。

 

 俺は心配そうなダイを撫でてやりながら、醒めない苛立ちを噛み殺す。

 

 

 

 今日も。

 今も。

 あいつは帰らぬ主人を待っているのだろう。

 ダイの中にある竜を探して、その向こうに想いを馳せるのだろう。

 いつまで?

 どこまで?

 

 終わりのない悪夢のようだ。

 

 

 

 

 「 …馬鹿兄貴が… 」

 

 思った以上に情けない音で、言葉はぽとりと零れ落ちて消えた。

 






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