早く出たいの?
ああ、早くパパに会いたいのね。
私も会いたいわ。
二人とも、抱きしめて貰いましょうね。
キスの雨を降らせて貰わないと。
別れる時、あれだけ泣かされたのだもの。
それくらいしてもらわないと、割りに合わないわよね?
貴方にはママもキスの雨を降らしてあげる。
傘なんか役にたたないくらい、土砂降りよ?
愛してるわ。
2人とも。
§§§§
出産はまるで戦場のよう。
父も母も、何かに祈っている。
神父様まで来てるなんて、いったい どうゆうこと?
痛みで朦朧としながら、私はただ、この手に我が子を抱くことだけを意識する。
余計なことなど、考える余裕なんてない。
等間隔で襲い来る痛みに。私は一番側にいて欲しい人の名前を無意識に呼んでいた。
手を握って。
繋いでいて。
貴方と私。
この世界と、あの世界を。
ねぇ。
迷子になりそうよ。
永遠に続くような。
濃厚で粘り着くような時間の後。
全てを切り裂いて。
浄化するような
----------------------------------産声が響いた。
§§§§
母の悲鳴。
父の怒号。
他にも。
メイドや、看護婦、神父や医者の様々な…。
何をしているの?
私の赤ちゃんは?
泣いているじゃない!
早く!
早く 抱かせてちょうだい!!!!
出産直後の自由の効かない身体で。それでも泣き声の方へと手を伸ばす。
けれども私の手を取ったのは、 貴方でも、 あの子でもなく、 母親で。
振り払う。
「私の・・・・・っ・・・・・赤ちゃんを何処に連れていくの?!」
私の乳母でもある、長年住み込んでいるメイドがちらり、と私の方を振り返った。
その腕の中に。
そして無情に。
扉は閉められる。
私は絶叫した。
§§§§
気がつくと、母が私の髪を撫でていた。穏やかな顔で。
気持ちの悪い何かが、胸の中でざわめく。
「・・・・赤ちゃんは?」
母はほんの少し、悲しそうな表情を作って。
分かりきった嘘を。
「・・・・・・・死産だったの」
私に触れている手を振り払い、上体を起こす。
どす黒い何かが、私の中に噴出する。
心臓が。
痛みを覚えるほど。脈を早める。
「生きていたわ!泣いてたじゃないの!」
私の声は、悲鳴じみてまるで気でも狂ったように。
「産みたい想いが幻聴を聞かせたのね」
「巫山戯ないで!!!!!」
叫んで。
そして。
私は気付いた。
気付いてしまった。
「・・・・・・・・殺したのね?」
あの後。
部屋の外で。
母の顔が歪む。
歪む。
歪む。
耳障りな音が、自分の喉から出ているものだ、と気がついた。
喉の奥から血の味がする。
それでも。
私は叫び続けて。
ぎりぎり、と爪は自分の手の甲に食い込んで。
抉る。
痛みが熱を。
だけど身体は寒くて堪らない。
ガクガクと震えが止まらない。
殺された。
殺されてしまった。
私達の。
私達の宝物が。
「仕方がなかったのよ!!!!」
仕方がない?
母の悲鳴のような声が。
私を酷く冷静にさせて。
私は無意識のうちに
ベッドサイドに置かれた、分厚い聖書を振り上げて。
世界は酷く残酷で。
楽園から追放された者には罰を与える。
打ち据えて、倒れた母を見下ろしながら、私は無意識に。
無意識にお腹を撫でた。
いつも癒して、幸せな気分にしてくれる存在はそこには。
もう そこには。
私の手から。
母を殴った『世界の説明書』が落ちた。
酷く。
大きな音が………
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