悔恨 | |
ジャスティス学園炎上。 その報告が届き、それ以降の連絡が一切途絶えてから一週間になる。 だが、肝心の報はそんな一般メディアからは回収できない。
全く・・・・何をしているんだか・・・・ 月明かりに生える日本庭園を眺めながら、忌野霧幻は苛立だし気に猪口に注いだ酒を呷った。 内部分裂。 自分が家を取り仕切っていたときから燻っていた火種を数え、歯噛みする。 自分が復権した暁には、全部滅してしまおう。 ただ、気がかりなのは、事件後一切連絡が取れない燦斬のことだった。それは即ち、雹の動向が知れないということだ。 自然、奥歯に力が入る。
全く・・・・何やってんだか・・・・
何度目かの台詞を独りごちて、空になった猪口に酒を注ごうと手を伸ばす。が、猪口は真っ二つに割れてそこにあった。 そう、真っ二つに。 合わせればくっつきそうなほど、見事な切り口で。
瞬間。 首筋に酷く冷たい感触が通り過ぎる。 斬られた、と認識するより早く体は動き、意識した時には既に抜き身の刀を構えて、その男を凝視していた。
男は月明かりの下、庭石の上に、まるで最初からそこに存在していたかのように立っていた。 疾風迅雷。 それが男に与えられた、否、自分が与えた名称。 「・・・・俺の首は落ちてねぇぞ?腕が落ちたか。燦斬」 後半歩、踏み込んでいれば斬られていただろう頸動脈。そしてあの隙ならば首を胴体から落とすことも可能だったはずだ。 「貴方を殺すことは、あの子が望まないので」 俺と同等のカリスマ性、忌野歴代最高の潜在能力と肉体能力を兼ね揃えながらも、何処までも非情にはなれない、洗脳してでしか使いものにならない馬鹿息子。 「で?刺客と裏社会の動き、雹の状態は?」 ぴくり、と燦斬の肩が動いた。 俺から目を反らすことなく、燦斬は少し唇を歪めた。
「雹さんは・・・・御子息は・・・・ ----------------------お隠れ遊ばされました・・・・・・・・・」
周りの温度がその瞬間、一気に下がったように感じた。
『お隠れ遊ばされました』 『お隠れ遊ばされました』 『お隠れ遊ばされました』 『お隠れ遊ばされました』
言葉がぐるぐる頭を回る。 しかし燦斬はそれだけ言うと、黙り込んでしまった。
「・・・・死んだ、のか?」
言葉の意味を問いかける。 それ以外あるはずなどないのに。 そしてその沈黙が、何よりもそれが真実だと告げていた。
瞬きを忘れていた眼球が乾いて痛みを覚えた。 構えていたはずの刀が、いつの間にか床に落ちていた。 とうとう耐えられなくなって、俺は燦斬から目を反らした。
「・・・・遺体は?」 「火傷の損傷が著しく、周囲に見せられる状態ではなかったので私が判断して埋葬しました。 瞬間、自分が記憶に留めている最後のあの子の姿が浮かぶ。
「・・・・燦斬・・・・」 「貴方を殺せるのならば殺してますよ。 それに、貴方をあの子の元に送るようなこともしたくない」
何の感情も籠らない、冷ややかな声。 俺がしてやれなかった、『保護者』としての顔を全て補ってくれた男は、俺が感じる以上に喪失感に打ちのめされているのだろう。
「・・・・そうか・・・・」
俺が答えてやれるのは、返事を返すことくらいだ。
ぐらりと揺れる視界を、瞼を閉じることで封じ込めて俺は現実の直視を束の間だけ逃れる。
「今までご苦労。愚息が世話をかけた。
語尾が微かに震えた。 瞳を閉じたままの瞼の向こうで、燦斬の気配が消えた。
月に淡く照らされた日本庭園を眺める。 喪ってしまった。 失ってしまった。 もう取り戻すことの出来ない、喪失感。 そう、何をしても、もう遅いのだ。 もう、何もかも終わってしまっている。 自分がしてきたことに後悔はない。 後悔しても、悔やんでも、憎まれても、嘆かれても、喪っても。 俺は変わらない。 俺は、変われない。 「・・・・雹・・・・」
ぽつり、と名前が口から零れた。 「雹・・・・雹・・・・雹・・・・雹・・・・雹・・・・」
一度口に出してしまうと止まらなくなる。 もう決して、その名前に返事を返す人間が存在しないことを、必死で否定するように。 ただ、ひたすら誰もいない虚空に名前を呼び続ける。 呼び続け、呼び続け、仕舞にやっと返ってこない沈黙を飲み込んだ。 応える者のない現実を飲み込んだ。 その瞬間、意識せぬうちに、音もなく涙が頬を伝った。 声を殺して、喪った息子のために最初で最後の悔恨の涙を俺は流した。 |
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