無意識意識 | |
鼓動が高鳴る。 息が届く距離に、碧の綺麗な翡翠の瞳。 柔らかい、その笑顔はいつもの嫌味なモノじゃなくて、ただただ優しく甘く。 そして、またそっと唇に指が触れる。 唇に、触れるか触れないかくらいの感触。子供のファーストキスのようにすぐ離れてしまう、その刹那の接触。 そしてすぐ、唇は瞼に。そして頬に。 二回目のキスはさっきより長く。それでも物足りない程に優しく。 つい、せがむように。 私は相手の唇を舐めた。 「………なんて……夢…………」 がっくりとうなだれて、朝から押し寄せる疲れに私は頭を抱えた。 欲求不満なのかしら? いやに生々しい夢だった。まだ唇に感触が残っている。 思い出してしまって、いたたまれなくて、今まで眠っていた枕にダイブ。 「…どんな顔して会えばいいのよ…」 久々に城に顔を出すと聞いたのが昨日。だから?意識したっていうの? ありえない。 ありえない。
「エイミ…どーしたの?」 姫の声で我に返る。 「…全部あいつの所為だわ」 一種、八つ当たりとも取れる溜息を大仰に一回。気分転換に珈琲を入れに行こう。 給湯室で珈琲を入れながら、その香に少しずつ落ち着いてきた。 意識しすぎなのよ。 「どんな夢?」 背後からかけられた声。それは夢で見た、あの男の声で。慌てて振り返ると入れた珈琲が零れた。 「…珈琲、零れてるぞ」 「わかってるわよ…」 呆れたような視線。見兼ねたように伸ばされた手を制して「大丈夫よ」と。可愛いげのない返事。可愛いげのない態度。 「機嫌悪いな…ストレスか?」 あんたの夢の所為とは言えずに、曖昧に頷いてみせて珈琲を入れ直す。 「あんたも飲む?」 「自分で入れる」 ばっさり、と断って。 ああ、こうゆうところが腹が立つ。 「…なんだ?さっきからジロジロ見て」 「っ……見てないわよ」 ああ、もう!意識するな、て言う方が無理よ。 とりあえず目を反らせて、シンクにもたれながら珈琲を飲む。 時々盗むようにちらり、と見て。 長い指や、目に眩しい金髪や、新緑を連想させる鮮やかな碧の瞳や、魔族特有の青い肌を。 「…おい。本当にさっきからなんなんだ?」 不機嫌な声音。 「別に…なんでもないわ」 なんでもない。なんでもないはず。 私はこの話はコレで終わりだ、と両手をあげて示す。 「本当に疲れてるみたいだな。宮仕えも大変だな」 見当違いの答えに、内心満足しながら。
「ああ、そうだ」 思い出したように。 「何?」 「カヌレ。お前、チョコレート好きだろう? ほんのり、まだ温かい。覗くと甘くて幸せになる匂いが。 「ま、疲れてんなら ちょうどいいだろ」 嫌味な笑みのまま。 ああ、意識しちゃダメ。ダメなのよ。ダメ。 けど紙袋から滲み出した温もりがほんのりと。甘い匂いが。 こんなに混乱させておいて、当の本人は用は済んだとばかりにくるり、と背を向けて。 「じゃあな」 ひらひらと背中越しに手を振って。振り返りもしやしない。 私はその背中を見ながら、自分がどうしようもない場所に足を踏み入れていることに気付いて。 少し、泣きたくなった。 |
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