金糸雀の憂鬱




(一)

 

はぁ。

 

女は何度目かもわからない溜息を落とした。
視線の先には、紙の束。

そこに書かれていることは、何度も読み過ぎて暗記してしまっている。
というよりも、毎回殆ど書かれていることは同じなのだ。

だから、今更目を通さなくとも解っている。

 

しかし。

解っていながらも尚。

手を伸ばしてその紙の束を手繰り寄せて。
女は再び、そこに書かれている文字に目を通す。

書いてある内容に変化は。勿論ない。
そこには何の変化もない。

こなさなければならない、顧客の要望が書き連ねてあるだけ。

 

「姉御〜」

 

情けない声を上げて、窓が叩かれる。

確認するまでもなく。そして、その男の言いたいことの内容も聞くまでも無く解っている。

 

「今日はダメっすよ〜。安定しちゃってますもん」

 

そんなことは言われなくても解っている。
そんなことは、聞かされなくとも空気で感じる。

無理なことも。
どうしようもないことも解っている。

だけど。

 

期限は待ってくれない。

 

 

§§§§§§§§§§

 

「お、フラッシュ。今日は随分と早いじゃねぇか」

 

ギルドに顔を出したついでに、馴染みの酒屋へと向かえば。
顔馴染みがこんな時間から呑んでいた。

 

「それはこっちの台詞だよ。腐ってるねぇ」

 

勧められる同席をやんわりと断って、女はカウンターに向かう。
マスターと一言、二言何か交わしてさっきまで見ていた紙の束を再び眺める。
何度目かも馬鹿馬鹿しい溜息は、打ち止めをしらないかのように落ち続けている。

 

「どうしたよ?不景気かい?」

 

机からこっちに移動してきた男は、彼女の持ってる紙を覗きこんで肩を竦めた。

 

「俺のとこのリストと大して変わんないな」

 

出された酒を一口呑んで、彼女、フラッシュは男に手を伸ばした。

 

「あんたんとこのリスト、見せてよ」

 

男は少しだけ困った顔をしたけれど、
「まぁいいか」と嘯いて、その懐から彼女が持っているのと同じような紙のリストを取り出して、手渡した。

フラッシュはそのリストに目を通して、「はっ」と一回。失笑する。

そこに書かれている顧客の要望は、確かに違いはあるものの。共通する個所も多い。
金を持て余した連中が欲しがるものなんて、何処も大して変わらないのだ。

 

 

「本当に。どいつもこいつも。
 そんなに金髪がいいのかねぇ?」

 

 

 

フラッシュはギルドに属するシーフだ。

そして、その盗む専門は生き物。

人身売買を生業としている。

どこかのコレクターが珍しいモンスターを欲しがれば捕まえに行き、戦力を欲しがっていれば傭兵等の斡旋もする。
人出が足りない娼館の為に女を用立てすることもあれば(合法、非合法、それは聞くだけ野暮な話)それこそ駆け落ちの手伝いだってする。

勿論誘拐も仕事のうちだ。

 

彼女の持っているリストはギルドより発行された、それぞれのレベルや活躍、得意分野によって分けられた顧客からの要望だ。
そこに書かれている要望は、勿論反吐が出る類のものもあるけれど。

それでも。

仕事は仕事。


割り切っている。

 

そんなリストに。いつも必ず載っている要望がある。
多くの顧客が望んでいるが、手に入ることは滅多にない。

結果、手に入ればオークションとなる。


それが、『金髪』だ。

 


魔族には金髪は存在しない。
金髪とは天界の者にしか与えられていない要素だ。
また金髪は太陽を連想させるので、太陽のない魔界からすればそれもまた惹かれる要素の一つだ。
貴重性と、潜在的な憧憬と、そして自分達をこんな太陽のない世界に閉じ込めている天界(神)への当てつけ。
金髪を支配することによって得られる諧謔的な欲求。

そんな色々なモノが混じり合って、金髪は常に。リストの最上部に乗っている。

 

しかし魔界には金髪は存在しないのだ。
手に入れる方法は、偶然か、生み出すか。

時々、空気が騒ぐ時がある。
天界や地上、魔界のバランスが崩れるのか、歪むのか。
何点かあるポイントで観測されやすいが、そこに天界の者が落ちてくることがある。

これが偶然。

天界でも、基本的にエルフ族は髪が碧な為、落ちてくるのは大概がこの碧髪だ。
(エルフもリストには度々登場する希少種なのでまぁそこは困らない)

だが、本当に時々。数百年に一度。金髪の天界人が落ちてくることがある。

 

またたまに、神によって魔界に落とされる者もいる。

罪を犯したか、怒りに触れたか。
なんにせよ、そうやって落とされた天界人、エルフは運が悪ければモンスターに食われ、
更に運が悪ければフラッシュ達のような者達に見つかって、一生を檻の中で過ごすことになる。

 

生み出す場合。

これはホムンクルスだ。

禁呪法の一種ではあるが、時々、金髪のホムンクルスを生み出せることがある。
実際、今のところ一体どうやって誕生するのか、まだ解明されていないのだ。

全くの偶発的に、誕生するもの。

それが金髪のホムンクルスである。
だが、この人造人間は寿命が悉く短い。他のモノに比べて圧倒的に弱いようで、数年でダメになってしまう。

だがそれでも、一体生み出すことが出来れば暫くは研究にも、暮らしにも困らないだけの金が入る。
その為、金髪のホムンクルスを生み出そうと躍起になっている科学者は多い。

 

 

結局。

リストに書かれている金髪を用立てすることは、実際かなりの難しさと、天文学的な運の良さが必要となる、というわけだが。

いい加減。

ここ最近、ホムンクルスにしろ、なんにしろ。

金髪があまりにも市場に出ていないので、ギルドでも、顧客でも、ぴりぴりしているのだ。

 

中には金髪を所有している相手から盗め、という依頼まである。

 

また中には、偽の金髪が出回ることもある。

そう。

偽の金髪。

 

 

フラッシュはぐるり、と店内を見渡した。

薄暗い店内には、これから仕事なのだろうけばけばしい化粧をした金髪や、過度な露出な金髪女がいっぱいいた。

 

金髪は高い。

だからこそ、娼婦達はみんな金髪に髪を染める。
本物の金髪など買えるはずもない男達は、それが嘘だと解っていながらも金髪の女を求める。

そして女は金髪の男を。

歓楽街に出てしまえば、そこはフェイクの金髪が溢れかえっている。
どうせ、たかが髪なのだ。

金持ち連中も、フェイクで我慢すればいい。

しかし不思議な話。

高級娼婦になると一気に、金髪率は低くなる。

金髪=安物。

それは現実に対するアンチテーゼ。

 

フラッシュは馬鹿馬鹿しくなって、額のゴーグルを下げる。
このゴーグルはフェイク防止ゴーグルだ。
かければそれが嘘か本当かわかる、という代物。

流石にこの仕事をやっていて、偽物を掴まされるわけにはいかない。

また、依頼主に偽物を渡すようなことのなったら、こっちの信用問題。

下手をすればギルドからも見限られてしまう。

 

 

ゴーグルをかけた視界に入ってきたものは、当たり前の嘘、嘘、嘘。

 

解ってはいるけれど、それでも。

 

 

「あたしには絶対に解らないよ。なんでそんなにみんな、金髪がいいんだい?」

 

男は答えを持ち合わせていない、と両手を広げて。

 

「まぁ、人の趣味なんてわからないものさ」とおどけて見せた。

 

 

§§§§§§§§§§

 

 

「それよりフラッシュ。ずっと東のドラゴン領付近のギルド。壊滅したらしいが、聞いたか?」

「あそこはそんなことがあっても可笑しくないさ。ドラゴンにでも手を出したんだろう?」

 

その話は、さっきギルドに寄った時に聞いた。
顧客の中には珍しいモンスターとして、ドラゴンを所望する者もいる。
しかしドラゴンは普通のモンスターとは違う。知能、魔力、力、全て、桁が一個二個、外れているのだ。
中には比較的大人しいもの、ドラゴンと呼ぶよりかはモンスターに毛が生えた程度の種族もいる。
だから専ら、狩るとなればそういったドラゴンを選ぶのだけれど。

面倒はドラゴンが、ドラゴン領と呼ばれる地域(といっても広大な魔界の一角だ。その規模も恐ろしい広さになるけれど)に生息しているということ。
(これは、魔族、人間、竜の神が世界を分けた時に区分された、と言われている)
だから、そのドラゴンを狩る為にも、結局ドラゴン領に潜入しなければならないということだ。

追っている最中に、他のドラゴンに見つかったら。

ドラゴンに仲間意識はあまりないが、他の生物への蔑視は激しい。
その為、迎撃される可能性は極めて高い。

 

そして、ドラゴン領にはドラゴンライダー達がいる。

ドラゴンではないが、ドラゴンの一族として唯一ドラゴン領に住まうことを許された魔族、モンスター達。
彼らはドラゴン領に住まう代わりに、ドラゴン領に持ち込まれる面倒事は率先して片付ける。

ドラゴンの密猟がバレれば、彼らは容赦なく襲ってくるだろう。

 

ドラゴン領の近くにあるギルドは、立地的にも。ドラゴン密猟が主な仕事になる。
だから遅かれ早かれ、ドラゴンにか、ドラゴンライダーにか、壊滅される運命だったのだろう。

それは充分予想される未来で、そこに驚きはない。

 

「まぁ、そう言われればそうかもしれねぇけど。
 なんせ、跡形もなく、だぜ?

 調査に行った奴が言ってたけど、でっかいクレーターみたいなんがあるだけで。
 ギルドだけじゃなく、その街そのものがなくなってたってよ。信じられるか?」

 

それは初耳で。

その様子を想像しようとしたけれど。

 

「…話をオーバーにしたんだろう?
 ドラゴンの群れで一斉に押し潰したんじゃないのか?」

 

上手く想像することは出来なかった。

 

「まぁ、だけど壊滅させられる前に、何匹かのドラゴンをこっちに搬送することに成功したみたいだぜ?
 明後日のオークション、目玉のひとつだってよ」

 

そう。

明後日のオークション。

 

そこまで言って、男も現実に引き戻された。

 

「そうなんだよなぁ…俺達も目玉、用意しなきゃよう」

「言われなくても解ってる」

 

金髪。

とにかく金髪。

 

とにかく。

とにかく金髪を用立てなければ、信用問題。商売あがったりだ。

 

フラッシュは全てを振り払うように、持っていた酒を一気に煽った。



 








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