蝋の翼(3)


 もし、誰かを愛することが罪だと言うのなら。
 私はその罪の業火で 焼き死のう。

 そして高らかに叫ぶのだ。

 貴方を愛し抜いたことを。

 それが、私の尊厳なのだ、と。

  

§§§§   

 

  目立つ腹は誤魔化しようがない。誤魔化すつもりもない。
 私は村に帰って、一年半ぶりに両親の顔を見ながら、無意識に自分のお腹を撫でていた。
 調子が良いときは動くのに。母胎の緊張を感じているのか、今日は全然動かない。
 両親は青い顔。
 拐かされた娘が孕んで帰ってきたことがショックだったようだ。
 答えなど知っているくせに、矢継ぎ早に繰り出される質問に私は早くもウンザリしてしまう。 


 相手は誰?

 今まで何処に?



 私は無意識にお腹を撫でる。

 大丈夫。
 大丈夫。
 何も怖いことなんてないのよ?
 貴方は私達の宝物。
 何があっても、守ってみせるわ。 

 
 応えるように、今日初めて。お腹の中で動く気配。
 つい、顔が綻ぶ。
 幸せな気配。  


 その気配を壊すように、ずっと続いている父の言葉を聞いているのも、応えるのも億劫で。
 父の後ろにある窓から見える、私の森をぼんやりと眺める。

 私の世界。
 私の居場所。 

 しかしそんな現実逃避は、父の意味不明な言葉で引き戻された。

    
   

  「おまえ、産む気じゃないだろうな?」

 

  
 ぽかん、と口が開く。
 何を言っているのか。 


 「・・・・・・・・当たり前でしょう?」 

  応えるのも馬鹿馬鹿しい質問。
 しかしその答えに母は半狂乱。
 父は怒鳴り散らして。
 私は何一つ変わらない実家に辟易。

 

 大丈夫。
 大丈夫よ。
 何も怖いことなんてないわ。

 私とパパがついているから。  

  

§§§§

  

 人間の出産などわからない、と。彼は思い詰めた顔で告白した。
 もし万が一、何かあったら自分一人ではどうしてやることも出来ない、と。私のお腹を撫でながら。
 いつもの貴方は何処に行ったの?
 泣きそうな顔で言うんだもの。 


 「帰るわ」


 言うしかないじゃない。
 今の私達には、お互い以外にも大事なものがあるのだもの。
 全てはこの子の為に。

 この子が無事、誕生する為に。 

 必ず帰ってくるわ。
 だから迎えに来てね。
 産まれたらすぐ。
 私を褒めて?
 良く頑張った、て。
 私も褒めてあげるわ。
 私達がいない間、寂しいの我慢出来たのね、て。
 この子も褒めてあげてね。
 一番頑張らなきゃならないのはこの子なんだから。

 そして抱いてあげてね。
 私も抱いてね。
 おざなりじゃ駄目よ?

 ちゃんと。

 ちゃんと。

 名前も考えておいて。
 素敵な名前を。

 だって私達の宝物ですもの。
 素敵な名前じゃないと絶対に嫌よ。

  

  止まない言葉。


 言い足りないのよ。
 どれだけ紡いでも。
 貴方の側を離れるなんて想定してなかったのだもの。

 まだまだ。

 言わなきゃならないことがあるわ。

  まだまだ。

 

 だけど。

 貴方がキスをして言おうとしていた言葉を全て飲み込んでしまったから。
 私は言葉を失って。

 

 お腹の子供が不安になっちゃうくらい。

 

  

  ・・・・・・・・・・・・・・・・・泣いたの。

  

 








背景素材提供 flower&clover