蝋の翼(4)

 

 早く出たいの?
 ああ、早くパパに会いたいのね。
 私も会いたいわ。
 二人とも、抱きしめて貰いましょうね。
 キスの雨を降らせて貰わないと。
 別れる時、あれだけ泣かされたのだもの。
 それくらいしてもらわないと、割りに合わないわよね?
 貴方にはママもキスの雨を降らしてあげる。
 傘なんか役にたたないくらい、土砂降りよ?

 愛してるわ。 

  2人とも。

 

§§§§

   

 出産はまるで戦場のよう。
 父も母も、何かに祈っている。
 神父様まで来てるなんて、いったい どうゆうこと?

 痛みで朦朧としながら、私はただ、この手に我が子を抱くことだけを意識する。
 余計なことなど、考える余裕なんてない。 

  等間隔で襲い来る痛みに。私は一番側にいて欲しい人の名前を無意識に呼んでいた。

 

 手を握って。
 繋いでいて。
 貴方と私。
 この世界と、あの世界を。

 ねぇ。

 迷子になりそうよ。

 

  永遠に続くような。
 濃厚で粘り着くような時間の後。

 全てを切り裂いて。

 浄化するような

 

   

 ----------------------------------産声が響いた。                                      

  

§§§§

   

 母の悲鳴。
 父の怒号。
 他にも。
 メイドや、看護婦、神父や医者の様々な…。

 何をしているの?
 私の赤ちゃんは?

 泣いているじゃない!

 早く!

 早く 抱かせてちょうだい!!!!

 

  出産直後の自由の効かない身体で。それでも泣き声の方へと手を伸ばす。

 

けれども私の手を取ったのは、 貴方でも、 あの子でもなく、 母親で。

   

 振り払う。

  

 「私の・・・・・っ・・・・・赤ちゃんを何処に連れていくの?!

 

  私の乳母でもある、長年住み込んでいるメイドがちらり、と私の方を振り返った。


 その腕の中に。

 

  そして無情に。
 扉は閉められる。

  

 



 

 私は絶叫した。

   

§§§§

   

 気がつくと、母が私の髪を撫でていた。穏やかな顔で。
 気持ちの悪い何かが、胸の中でざわめく。

 

  「・・・・赤ちゃんは?」


 

  母はほんの少し、悲しそうな表情を作って。
 分かりきった嘘を。

 


  「・・・・・・・死産だったの」


 

  私に触れている手を振り払い、上体を起こす。
 どす黒い何かが、私の中に噴出する。

 心臓が。
 痛みを覚えるほど。脈を早める。


 

 「生きていたわ!泣いてたじゃないの!」


 

 私の声は、悲鳴じみてまるで気でも狂ったように。

 

 「産みたい想いが幻聴を聞かせたのね」   

 

  「巫山戯ないで!!!!!

  

 


  叫んで。


 そして。

 

  

 

  私は気付いた。

 

 

 

  気付いてしまった。

 

 

 

                            「・・・・・・・・殺したのね?」

 

 

 

 

 

あの後。

 部屋の外で。


 

 母の顔が歪む。

 歪む。

 歪む。

 

 耳障りな音が、自分の喉から出ているものだ、と気がついた。
 喉の奥から血の味がする。


 それでも。


 私は叫び続けて。
 ぎりぎり、と爪は自分の手の甲に食い込んで。


 抉る。


 痛みが熱を。

 だけど身体は寒くて堪らない。
 ガクガクと震えが止まらない。

 

 

 殺された。

 殺されてしまった。

 私達の。

 私達の宝物が。

 

  

 

                    「仕方がなかったのよ!!!!

 

    

 

  仕方がない?


 
 母の悲鳴のような声が。
  私を酷く冷静にさせて。

 

  私は無意識のうちに
 ベッドサイドに置かれた、分厚い聖書を振り上げて。

 

  

 世界は酷く残酷で。
 楽園から追放された者には罰を与える。



 

  打ち据えて、倒れた母を見下ろしながら、私は無意識に。
 無意識にお腹を撫でた。

 いつも癒して、幸せな気分にしてくれる存在はそこには。

 

 

 もう そこには。

 




 私の手から。

 母を殴った『世界の説明書』が落ちた。

 

 

  酷く。

 大きな音が………

 

 







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