蝋の翼(4.5) 【父の章】

 

 10代以上続く、由緒正しい家柄。
 口賢しい者達は没落貴族などという。

 没落?


 見当違いも甚だしい。

 私達はまだ、生きている。まだ続いている。


 血脈は途絶えていない。


 その血統も。 

  財力などなんだというのだ?
 そんなものいくらあったとしても、血の正統性にと敵わない。
 私達のもつ、血統には敵わない。

 


 そう、それは。

 何よりも 『尊い』 もの。

  


ある王族や、法王庁の一部の貴族。先を辿ればソレは同じ所に辿り着く。


  それは『天』 


 最も尊き血として受け継がれる血脈。

 その最も顕著な身体的特徴が『金髪』。

 今の王族では、カール国のフローラ姫が、後は次期法王と名高いクラフ卿がこの特徴を引き継いでいる。
 それだけで 自分の身の高貴さを証明するに足る、その 『正統なる神聖』

 

 そして我が一族もその血脈を継いでいる。
 神聖なる、その血脈を。

  

§§§§  


  失踪した一人娘が妊娠して帰ってきた。

  
 狭い村、噂はすぐに広まるだろう。
 何処の誰とも解らない男の種を宿した、薄汚い娘。
 それでも。唯一の子供なのだ。
 血を絶やすわけにはいかない。

 血脈を絶つわけには。 

 

 愚かな娘は「産む」という。
 醜悪に膨れ上がる腹を見て医者は「中絶するには遅すぎる」と決断を下した。
 残された道は限られている。
 そう、残された道など 限られているのだ。


§§§§

 

 娘が産み落としたのは『化け物』だった。

 

  醜い青い肌に、尖った耳。
 愚かな、愚かな娘は、化け物の子を身籠っていた。

  

 
 しかし何よりも。
 何よりも許せないのは。

  

  私達一族が待ちに待った、正統性の顕著な証明をこの化け物が。よりにもよってこの化け物が総て。
 今まで長い年月をかけて、どの当主も生み出せなかった外見的特徴を総て。

 

  総て引き継いで産まれてきたこと。

 

 

  近親婚を繰り返し、血脈が薄れないことに従事し続け、正統性を保ち続けたのに。それでも劣性遺伝である金の髪をもった子供は産まれなかった。
 何年。
 何代。
 私達は待ったのだろう?

 

  そして待ちに待った結果が。

 

 この化け物だ。
 悪夢以外の何者でもない存在。

 娘が化け物に辱めを受けたというだけでも充分なのに、化け物を産み落としたなどと。
 そしてその化け物がよりにもよって『正統たる神聖』を受け継いでいるなど。


 

 そんなこと、許せるはずがない。

 

 許せるはずなど。





                         ない。

   

§§§§ 

 

  血は ────────────────────── 穢された。

  

§§§§ 

 

  私は泣く赤子の首に手を伸ばす。
 触れた瞬間、赤子は泣くのを止めて。

 

   

  閉じられていた瞳が、開いた。

   

§§§§

 

 そこにあったのは、終焉すら見えない悪夢。
 絶対的で。
 破壊的。
 悪趣味極まりなく。
 醜悪で残酷な。 


  そこにあったのは。
 
 娘と同じ。

 
 翠の瞳。

 

 私達一族が受け継いでいる、もう一つの正統性。

 

 

金の髪に翠の瞳など。

  それはまさしく。

 

 

 

             -----------------------------天の者の特徴。                                          

 

 

 

  何故。
 何故この子は。

 

 人間では なかったのだろう。
 人間で あったならば。

 人間で あったならば。

 

 

 

  見つめ返す瞳。

 私は、一族が待ち望んだ 『化け物』 を

 

 

 

 

処分する。

 

 

 







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