蝋の翼(5) エピソード【パパ】


 

 らしくない。 
 言われなくともそんなことは自分が一番解っている。
 だけど仕方がない。
 愛した女の腹の中に宿る生命が日に日に大きくなっていき、とうとう。

 

 弱音を吐いた。

  

  女を実家に帰し、俺はその日を指折り数え。
 月が満ちるのを。
 その奇跡の時を。



 待ちわびる。


 

 しかし結局。
 堪え性がないと揶揄されようが。
 待っていることなど出来なくなり。

 

  森と村との境界線。

 俺はそこでじっと女の家を見る。
 見ているだけで何が変わるわけでもないけれど。


 それでも、ただ。

 

 その日まで。

  

 そして。

 月だけが空に。
 空気が騒ぐ夜。

 引き寄せられるように、境界線を飛び越えて。

  

 こんな夜には不釣り合いな喧騒。
 女と男の言い争う声。
 興味などなかったが、場所が場所だけに。
 そこが女の実家だった為に。

 俺はつい、と覗き込み。

 

 

  男の手の中には赤ん坊が。
 そしてそれを取り上げようと女が。

 微かな月明かりでも充分な、俺の瞳は。
 その赤ん坊が 自分と同じ 青い肌をしていることに気がついて。 

 2人の前に姿を表すと、決まった反応。

 嫌悪と恐怖。
 そしてその後、2人とも合点がいったのか赤ん坊に視線を這わせて、「父親か?」と問いた。
 意外にも女は(引きつってはいたが)笑みを浮かべ、「可愛い男の子ですよ」と。  

 男の子。
 男の子。  

  手を伸ばすと、応えるように。
 柔らかい感触と体温が手渡される。

  


 男は姿を消し、女は俺に赤ん坊の抱き方を教えながら。
 「お嬢様をお願いしますね」 と小さな声で。
 彼女の母親だと予想していたのだが違っていたらしい。
 俺は腕の中に我が子を抱きながら。


 その当然過ぎる願いに頷いて見せる。

  

 魔族に金髪は存在しない。
 魔族に翠の瞳は存在しない。


 この子は誕生も、存在も総て奇跡。

 

  母親に似た口元に唇を寄せて、俺は総てに感謝する。 

 感謝。
 感謝。  

 それ以外に何が出来る?

 

  俺は自然に綻ぶ頬を止めることが出来ず、簡単に壊れてしまいそうな、あまりにも小さくて柔らかい我が子を ただただ。
 ただただ。 


  慈しむ。

 

 





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