蝋の翼(8)

  

 硝子に石が投げつけられて。破片が散らばる。
 こんなことは日常茶飯事で、すっかり慣れてしまった。
 
 元はワインセラーに使っていた半地下の部屋からラーハルトが心配そうに覗いている。


 この子を人目に晒すわけにはいかなかった。
 多少窮屈でも、この子に危害が及ぶことを思えば。

 この薄暗い部屋に閉じ込めていることが正しいとは思わない。
 小さな明かり取りの窓から差し込む日光だけでは足りないことも重々承知している。


 それでも。

 それでもこの子を。

 少しでも危険に晒したくはなかった。

 

 「・・・・大丈夫?母さん」

 「大丈夫よ、ラー。吃驚させちゃったわね?ごめんね」

 

 笑顔を絶やしてはならない。

 笑って。

 笑って。

 この子が少しでも楽しいと思えるように。

 

 私が出来ることは限られている。
 だから、笑うの。

 この子を守るのだから。

 

§§§§

  

 人気のない深夜に、私達は時々。夜の散歩をする。
 ラーハルトと私は手を繋いで、影から影を移動するように、こっそり、こっそり、クスクス笑いながら夜を歩いた。
 日中閉じ込められているから。その鬱憤を晴らすように。 

 天使は ふわり  とジャンプ。

 村の中央にある大きな教会の、屋根の上に聳える十字架の先に。
 産まれて暫くは人間と変わらなかった子供の能力は、年を重ねるごとに父親の才能を開花させて。 

 私は下から見上げながら、月を背中に笑う貴方の。
 あどけなくも美しい、その姿に目を奪われていたの。

 月光が貴方の金髪に反射して、キラキラと輝いて。
 パパと一緒。猫の瞳が私を捕らえて、嬉しそうに笑うから。


 私も嬉しくなるのよ。

 

 ねぇ?
 そこから何が見えるの?
 そこからは何が見えないの?
 貴方を狙う酷い人達は、そこからなら見ないで済む? 

 貴方の瞳に写るものが、全て美しく楽しいものであればいいのに。

 せめて。
 せめて私だけでも。
 貴方の心が穏やかであるように。


 

 微笑み続けるわ。

  

§§§§

 

 ずっと面倒を見てくれていた、メイドの彼女が病でこの世を去った。

 ラーを連れてくるわけにいかず、葬儀に参列することも叶わず、私は泣きながら一人離れて、葬儀を見ていた。
 身寄りのなかった彼女の葬儀は、うちの父が喪主を勤めていたが、いかにも御座成りで。
 私達に肩入れしていたばっかりに、村からも、家人からも辛い仕打ちを受けていたのだろう。

 そのことを微塵も感じさせなかった彼女。
 そのことを今頃気が付いた、愚かな私。

 それなのに、参列すら叶わない。
 歯痒さと悔しさで、身体が震えそうだった。

 

 私の産まれた時には既に働いてくれていた彼女。
 私にとっては実母より母のような人で、ラーにとっては本当の祖母のような人。

 愛して止まない人。

 あの笑顔。
 あの腕の暖かさ。

 今でもすぐに、目の前にあるように思い描けるのに。

 

 参列者が一人、また一人と去って行って。とうとう誰もいなくなった。
 私はそれを確認して、やっと。彼女の墓の前に辿り着いた。


 この土の下に彼女は眠っているのだ。
 最期に一目、会うことが叶わなかった。

 
 

 『お嬢様、強くおなりなさい』

 
  

 彼女の声が聞こえた気がして。私は顔をあげる。

  

 わかってる。
 わかってるわ。

 私はあの子を守ってみせる。


 だから。

 だから貴方もあの子を見守っていてね。

  

 

お願いね、ママ・・・・・・・・・・・・・

 

 







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