蝋の翼(9)

 

 襲撃があったのは、冬の頭.。
 男たちがそれぞれ武器を手に、家に押し入った。


 子供部屋に通じる扉の前に立ち、私は男達に対峙する。
 後ろの若い馬鹿達は、ただの憂さ晴らしなのだろう。悪戯にそこらにある家具を破壊して、下品に笑っていた。

  

 「おい、化け物を出せよ」

 

 開口。
 そして汚い手が伸びてくる。
 
 それを叩き落として、すぐ取れる所に常備してある、女でも扱い易い片手斧を手に取った。 




 瞬間、空気が変わる。 


 

  「化け物?なんのことかしら。
    
 ここにいるのは、私の可愛い天使ちゃんよ」

  

 足が震えているのを悟られないように。私は尊大に笑ってみせる。

 弱みを見せては駄目。
 弱いと思われては駄目。

 笑うのよ。
 いつだって。

 

 「ははっ、やっぱり気が触れてるようだな」

  

嘲笑には嘲笑を。


 「あら。こんな夜分に女と子供しかいない家に、しかもこんなに大勢で押し入ることは正常なのかしら?
                         
   私にはそっちの方が よっぽど気が触れているように思えるわ」

 

 じりじり、と。
 間合いが狭まる。



 絶対にこの子には手を出させない。

 近寄らせない。

 その為なら、この場で強姦されようとも。
 最悪この子さえ守れるなら 殺されたって構わない。

 

 私は片手斧を振りおろす。
 私に触ろうとしていた手が、びくりと引っ込んだ。

 

 「覚悟してきたのでしょう?
       
 それとも、覚悟もないくせに来たの?」

 

 絶対に ここは引かない。
 絶対にあの子は守って見せる。

   


 

 「あの子に手、出す気なら。
      
  どんな手段を使ってでも

 
                 あんた達… ───────────────── 皆殺しにしてやるから 」

  

§§§§

 

 髪を掴まれ、引き釣り倒される。無我夢中で斧を振り回し、手当たりしだいに噛み付いて、暴れ狂った。
 それでも押さえ込まれて。
 ビリビリと力任せに服を破られる。


 彼以外に見せたことのない肌が、ひやりと空気に触れて、鳥肌が立つ。 

 

 私の上に乗ろうとしている男を。

 私はその瞳をじっと覗き込んだ。


  

 「覚悟、出来ているのね?
        
 私の誇りを蹂躙する覚悟が。

            ・・・・・・・・・人から獣に堕ちる覚悟が 」

 

 一瞬、男がびくり、と震えた。

  

§§§§

  

 直後に悲鳴が。
 そして怒号が。

 生臭い血の臭いが。

 何が起こったのか解らず、確認するにも私を押さえつけている男が邪魔で。 
 抜け出そうと身体を捻った途端に。体中に温かい液体が。 

 それが、自分を襲おうとしていた男の身体から噴出しているものだ、と。
 目の前の、首のなくなった男の姿を見ても理解できなくて。

 

 私は暫く、その場で動けなかった。

 

 べろり、と顔を舐められて。

 私は、視界で唯一動いている、その生き物。キラーパンサーに気が付いた。 

 

 「・・・・・・・貴方・・・・・・
      
    彼のお友達ね・・・・・?」

    

 昔、森で生活していた時に、何度も見かけた。
 ラーが小さい頃、よく背中に乗せて遊んで貰った。


 応えるように、またべろり、と舐められて。
 私はやっと、自分が血塗れだと気が付いた。

 部屋の中には死体が五体。

 首を撥ねられたヤツ。
 牙で刺し貫かれたヤツ。
 爪で引き裂かれたヤツ・・・・

 その壮絶な地獄絵図と臭いに頭痛を覚えながら、それでも背後の扉が無傷なことを確認して、肩の力を抜いた。

  

「ありがとう・・・・ 護ってくれたのね
                   彼に頼まれたの?」

  

 べろべろ、と血を舐め取ってくれているその首に抱きついて、今はいない彼を想う。

 

 あの子を護ってるのは、私だけじゃない。

 

 それがどれだけ心強いか。
 ぎゅう、と抱きしめて、血の臭いのする毛に顔を埋める。


 ラーが見ていない少しの間。
 ほんの少しでいいから。


 私は泣いた。

  

 あの子の前で、いつも通りに笑えるように。

   

§§§§

   

 部屋を何とか片づけて、服を着替えて、死体は外に放り出した。
 他にしようがないから。
 逃げたヤツもいるから、誰かがそのうち回収に来るだろう。その時話も聞かれるだろうけど、そんなことは後回し。
 今は考えたくない。 

 家具は破壊されて、床は多少拭いたとはいえ血塗れ。
 天井まで付着している血は、もう諦めた。

 これ以上、ラーハルトを部屋に閉じ込めてはいられない。
 不安できっと堪らないだろうから。 


 

 私は鍵を外して、そっと中を覗く。

 

  「・・・・・・ラー?」

   


 瞬間。

 私の腕の中に天使が飛び込んできた。
 その小さな身体をガクガク震わせて、小さな嗚咽が。

 

  「ラー、ごめんね?もう大丈夫よ・・・・・」

 

 上を向かせようとしても、泣き顔を見られたくないのかイヤイヤをして。その代わり私の胸に頬を更に擦り寄せた。
 小さな頭を抱きながら。私も震えていることに。
 この子の無事な姿を見たことで、一気に。


 かくん、と腰が抜けた。

  

 吃驚したラーが顔をあげて、その可愛らしい顔をやっと見れた。
 涙でぐしゃぐしゃだけど。


 やっぱり貴方は、本当に可愛いわ。

 

 私はキスの雨を降らせながら、腕の中の天使に微笑みかける。
 放っておかれたキラーパンサーが、構って欲しいというように、その巨体を擦り寄せてきた。

 

 私達は久々に。

 こんな地獄絵図の中だけど。

 久々に穏やかに気分になれたの。

 

  







背景素材提供 Miracle Page